Ⅲ年 「伝心」 (6)馬上の美少女

【ここまでの粗筋】

 主人公「駿河轟」は、かなり天然な中学三年生。

 波乱づくめの「応援団」、ドタバタしていた日常も思い出となる三月。

 因縁のベーデとの距離を縮めた卒業イベントでのダンス披露も終え、愈々卒業も間近。

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「今日は、去りゆく僕等の為に楽しい会を催して呉れて有り難う。此の日を迎えることが出来たことを僕らは誇りに思う。そして君たちも充分誇りに感じて呉れていると思う。

 今日までの君たちの苦労は、今日の僕等の余興程度で癒されるものではなかったと思う。しかし、其の苦労は、必ず明日の糧になる。

 今日辞めてやる、明日辞めてやる、明後日辞めてやる、毎日其のことで頭が一杯だった一年生の時。

 いつかぶん殴ってやる、うして言う通りに出来ないんだ、俺が悪いのか、上を見て、下を見て、毎日が二重人格だった二年生の時。

 うしたら人の心に伝わる応援が出来るのか、そしてそれを皆と共有出来るのか、四六時中考えていた幹部の時。

 三年間、応援団で生活は、学業との両立の中で、苦しみに耐えること、悩みに悩むこと、それが九割九分だったと思う。しかし、それが一つ一つ達成され、残りの一分の何物かを感じ得た時の喜びが、幸せが、自分自身を成長させ、共にいる仲間を幸せにして呉れる。それこそが応援団としての唯一の遣り甲斐であると信じて止まない。

 これからの応援団は君らの手に掛かっている。どうか、此の糧を活かして、僕らを越える応援団となって欲しい。以上。」

「っしたーーーーーーーーーーーーーーーーぁっ!」

 吹奏楽部まで含めて、普段より、一層大きく長い挨拶の声が響いた。


 一歩前に出て、全団員を前にした最後の校歌指揮の態勢をとる。もう、後は、涙が流れて前が見えなかった。


*    *    *


 卒業式の日は、朝一番で団室に入り、次の幹部の為の幹部候補案を書くことにしていた。

 色々と考えてみたが、結局、和紙に

「自尊自立」

と一言だけ書いて折り畳んで封筒に入れ、自分の名で封緘した。

(手抜き・・・かな? まあ、困ったら、彼奴等なりに考えるだろう。それも幹部だな。)


 同期の皆がちらりほらりとやって来た。僕らは少しの間、朝早い団室で名残を惜しんでいた。


「もう、最後か…」

 ノスケが団旗ケースを撫でている。


「だから、『もう戻れないから、後悔しないようにしよう』、って最初に皆で誓ったんじゃない。」

 デンがバスドラのバチでノスケの頭を叩いていた。


「こら、下級生に見られたら示しがつかないぞ。」

 イチがやんわりと注意した。


「示しがつかないっていったら、駿河君、追いコンのラストテクで泣いたでしょ。」

 コーコが茶化すように言ってきた。僕は、少し照れ笑いをしながら黙っていた。


「此処近年じゃあまれだって、ブッサン言ってたよ。」

 まだ領収書の束を確認しながらカーチャンがご丁寧に報告して呉れた。


「下級生が泣くのは分かるけどねぇ。」

 ショコが今までのスナップ写真のアルバムをめくりながら言った。


「ケーテンもグシグシしてたの知ってんだ、あたし。」

 デンがばらしている。


「うっせぇな。お前には浪漫ってものがねぇのかよ。」

「あら、私は応援団の『忍』の一字で耐えたのよ。お家に帰ってから泣いたんだから。」

「其の方が余っ程可笑しいだろ?」

「なによ、おかしくないわよ。」

「俺も家に帰ってから、我慢出来なかったな…。」

 セージュンが中庭を見ながらポツリと言った。


 式の集合まではあと十数分あった。


「『解放』ていう感覚は、こういうのを言うのかな。」

 タイサンが中庭を見ながらポツリと言った。

「…かもね。」

 領収書からまだ解放されていないカーチャンが答えた。


「私さあ、鬼の目にも涙って初めて見ちゃった。」

 コーコが発見したように得意そうに言う。


「何? 別に駿河、鬼団長じゃなかったじゃん。」

 ヤーサンが斬り返す。


「違う、違う、…」

 場が静かになったのでコーコを見ると、顔で部屋の隅の方を指し示している。其の先にはベーデが座っていた。


鳥渡ちょっとぉ、何よぉ?」

「鬼の女子部責任者ガーリーの涙、とくと拝見致しました。」

「良いじゃないの、最後に泣くくらい。」

「いやぁ。何の涙なのかなぁ? て思ってさ。他人事ひとごとながら。」

「泣かないお守りをあげちゃったから泣いたのよ!」

「そう言えば三条さんベーデは、泣かないのと笑わないのが持ち前だったもんね。」

 デンが深く思い出すように言った。


「今年の定期戦、リーダー板で三条さんベーデがトップで学生注目やった時、あれは凄かった。」

 セージュンがリーダー部責任者リーチョーのお株を奪われたという言い方で続けた。


「これ以上の『強い』笑顔はない、と言わん許りの笑顔で、全校生徒釘付けにしてたよ。どういう心算つもりでみんな見てたかは別としてもだ。」

「さしずめ、馬上の美少女、ジャンヌ・ダルクって感じだったな。『皆、我に続けーっ!』てか。」

 確かに、ベーデの学生注目の姿は、全校の心を一つに掴みきった素晴らしいものだった。


何様どんなに持ち上げられても、其の後、火刑ひあぶりはごめんよ。」

 ベーデは窓の外を見ながら答えている。


火刑ひあぶりになるなら内村さんコーコだよな。預言者を騙ったんだから。」

 タイサンが指摘した。


「うちは敬虔な仏教徒だから関係ないよーっだ。」

 コーコが、全く関係ない、という平時いつもの笑顔とアカンベェで躱す。


「そうよ。クリスチャンなら、畏れ多くて、とても出来ないわよ。人が教えてあげたこと悪用して、全く油断ならないわ。」

 ベーデが皮肉たっぷりにコーコの方を向き直って指摘した。


「でも、三条さんベーデにせよ、内村さんコーコにせよ、凄いよな。俺なんか、大抵、其の場で閃いたことくらいしか言わないけど、学生注目のネタって、どれくらい前から仕込んでるんだ?」

 ヤーサンが謙虚に二人に問いかけた。


「私は当日のお昼過ぎよ。」

と、ベーデ。

「私は三条さんベーデのアレを見た後。着替えてくるの大変だった。」

と、コーコ。


「げ、本当か?」

 セージュンが本気で驚いている。

「だーから、言ったでしょ? 此処と此処の違いだって。」

 コーコが、また頭と、力瘤を指さした。

「まーだ言うか、コノヤロ!」

 セージュンが一瞬椅子を立つ所作を見せた。

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