Ⅲ年 「伝心」 (5)サイド・バイ・サイド

【ここまでの粗筋】

 主人公「駿河轟」は、かなり天然な中学三年生。

 波乱づくめの「応援団」、ドタバタしていた日常も思い出となりつつある三月。

 卒業イベントでのダンス練習でベーデと急接近。

 いよいよその集大成を発表する幕が開けた。

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 僕らは、拍手で迎えられるなか、講堂内に一歩、歩みを進めて会釈をした。

 教会式の構造になっている小講堂の中央を、僕らはまるで結婚式の新婦が入場する時のような歩みで、ゆっくりと、両脇のギャラリーの間を進んでいった。


「凄ぇ、軍服みたいだ。」

「ベーデさん、綺麗…」

「え、何、結婚式?」


 言われるとは思っていたが、余計な一言も混じる下級生の声の中、幹部からは半ば下品な指笛が響きわたった。

 真っ直ぐ進み、小講堂のアリーナ中央まで歩み出ると、丁度天井のシャンデリアの明かりがベーデの衣装を照らし出した。


 横には、一旦演奏が終わって席に戻っていた吹奏楽部がまた控えていて呉れた。カーサマがゆっくりと近づいて指揮に立つと同時に、僕らは、今度はギャラリーに向かってまた一礼した。

 拍手が鳴り終わったところで、カーサマが僕にアイ・コンタクトを呉れた。


(良いかい?)


 向き合って会釈、一礼する。それが合図だった。カーサマの腕が振り下ろされ、『美しく青きドナウ』が始まった。

 手を取り、ゆっくりと踊り始める。踊り始めてしまえば不思議と緊張感は無くなり、身体が自然と音楽に合わせて動くようになった。

 彼女も最初は緊張していたようだが、直ぐに普段通りの完璧な笑顔とダンスで、(隠れつつ)リードして呉れた。

 僕等は、自身でも楽しみながら、アリーナ狭しと踊り続けた。ゆっくり、そしてはやく、またゆっくり、細かなステップとターンも間違えずに踊っているうちに、身体の中から何かが漲ってくる気持ちがした。


(ああ気持ち良い。)


 息の合った相手とダンスをするということが、此様なに気持ちが良いことだとは思わなかった。

 僕は其の場で密かにベーデに感謝した。当のベーデも、気持ち良さを堪能しているらしく、少し紅潮した頬で僕を見ている。


(ほうら、私の言った通りでしょう。)


 そうとでも言い出さん許りの自信満面の笑みを浮かべ、最後のフレーズへと誘っていった。


(もう少しだけ踊って居度い。)


 と思ったところで、余興の持ち時間に合わせたハーフ・ヴァージョンの『美しき青きドナウ』は幕を閉じた。


「ブラヴォー!」 

 パヤさんの声と共に拍手が起こった。


 僕らは一礼し、僕はベーデの前に軽く跪き、彼女の手を取りキスをした。

 ギャラリーは収集のつかない拍手になっていた。下級生は大喜びで、幹部は皆下品な指笛の嵐である。それが止まない。ブッサンが何かネギに言っている。


「それでは、アンコールをお願い致しましょうか?」

 司会のネギが一言を加えた。


「え?」

 僕は、もう精魂使い果たしたとまではいかないが、緊張の糸は切れそうになっていた。が、もう少し踊り度いという気持ちも残っていた。


「どうする?」

「良いわよ。同じ曲じゃなくても良いんじゃないか知ら?」

「じゃあ、最初のアレにしようか。」

「サイド・バイ・サイドね。良いわ。」


 カーサマにジャズのスタンダードナンバー「サイド・バイ・サイド」をお願いした。カーサマは、ニコリとして吹奏楽部に指示を出した。


「鳥渡待って…」

 ベーデは、ティアラを外してエビさんに渡し、長い黒髪をスラリと肩まで落とした。


「此の方が、此の曲には合うの。」

 囁くように僕に言うと、準備OKのサインでスカートを摘んで会釈をした。それを合図にカーサマが指揮棒を振り下ろし、演奏が始まった。


 今度は、彼女のドレスの裾を踏まないようにするのが大変だったが、軽いジャズのリズムに乗って、楽しむダンスを堪能できた。

 下級生たちは手拍子でリズムを取り、幹部たちがリズムに身体を揺らしながらいつの間にか合唱するなか、僕とベーデは最後のダンスを楽しんだ。

 彼女が僕に身体を預けると黒髪は大きく後ろに流れ、ターンの時には、サラリと綺麗に身にまとわりつく。

 彼女の言の通り、此の曲に合った身のこなしで踊るテクニックの素晴らしさに僕はただただ助けられているだけだったが、それでも充分幸せな気分を味わうことが出来た。


「本人が幸せなら、それを見ている人間も幸せになれる。」


 団長に就任して、壁にぶち当たり、此の小講堂でグノーのアヴェ・マリアを何度も聴いて悩んでいたとき、パヤさんから聞いた言葉を思い出した。

 今、僕は、下級生たちを、仲間を、そしてベーデを幸せに出来ているだろうか。

きっと、大丈夫だろう。ベーデも其の名に恥じず、今まで応援の時にすら見せたことのないような真の笑顔で確実に皆に愛を分け与えていた。


 余興が終わり、僕とベーデは楽屋の教室へと戻った。


「有り難う。」

 ベーデは、普段では考えられないことに自分から礼の言葉を口にした。


「否、それを言うのは俺の方だ。それに…。」

「何?」


「此様なことを言うのも変だけれど、今日のベーデは普段よりずっとずっと綺麗だと思う。」

「女性を褒めるのは少しも変なことじゃないわ。それに、綺麗にしているのだから当たり前よ。でも、敢えて普段より、と言うのなら、あなたの御蔭だわ。有り難う。嬉しいわ。此様なに楽しいダンスは久しぶりだった。」

「俺も此様なに楽しいとは思わなかった。」

「これで、いつでも私と一緒に踊って呉れるわね。」

 其の言葉を残して、ベーデは自分の楽屋の教室へと入っていった。


「…凄ぉい、駿河、合格じゃない。やったわね。」

 エビさんはそう囁くと親指をビッと立ててサインし、ベーデの付き添いで追っていった。

 ベーデの最後の言葉に多少戸惑いながら、白い学生服を汚さないよう、普段の学生服に着替えた。皺を作らないように学生服を仕舞っているうちに、彼女も着替え終わって現れた。


*    *    *


 二人して、小講堂に戻った時、また指笛や「アンコール!」の声が飛んだが、其処は司会のネギが上手く抑えて呉れた。僕には、最後の仕事が残っていた。


「それでは、最後に引退される幹部の方々を代表して駿河団長よりご挨拶を戴きます。」


 此の言葉を合図に第一応援歌が演奏され、三部全ての幹部がアリーナへと歩み出る。そして、僕は、幹部の中でも一列前に出て、先刻までダンスの舞台だったアリーナの中央に立った。中央に立つと、普段の通り、大きな音をさせて、全員が気をつけの姿勢をとった。


 先程までの騒々しさが嘘のようだ。僕は先ずゆっくり、小講堂の中を見渡した。這いつくばって頑張ってきた一年生、中間管理職として板挟みを耐えてきた二年生、そして、僕の後ろには共に運営の辛さを味わってきた同期の幹部たちが並んでいる。一息深呼吸をしてから話し始めた。

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