Ⅲ年 「伝心」 (2)キリストは三日目で復活した

【ここまでの粗筋】

 主人公「駿河轟」は、かなり天然な中学三年生。

 波乱づくめの「応援団」活動も、ドタバタしていた日常も、過ぎ去ってみれば良い思い出になりつつある三月。

 進路も決まり、少し寂しさも募る中、最後のイベントに向けてパートナーであるベーデとダンスの練習が続く。

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 美しく青きドナウ、サイド・バイ・サイド、そしてブルー・ヘブン。

 何とか三曲のレパートリーを持つことが出来たかな、と思え始めたのが、通って一週間め。


「明日、一回、先生エビサンに見て貰おうか?」

先生彼女は良いわよ。それより、私達のダンスを完成させるの。」

「そうか? まあ時間もないしな。」

「それはそうと、私はドレスで踊ることを許可して貰っているけれど、駿河はどうするの?」

「俺? 俺はコレ。」

「何? 学生服? 学生選手権じゃないんだから冗談は止して頂戴よ!」

「駄目か?」

「何か式服持ってないの?」

「無理言うなよ。まだ中学生だぞ。」

「そうね、仕方ないか。でも、きちんとクリーニング出して、ビシッとさせておいてよ。」

「分かったよ。」


*    *    *


 翌日の放課後、僕はブッサンに呼ばれた。


「此の間、…否、追いコンのネタのことなんだけどな。三条から…ドレスを着ても良いか…と聞かれたんだ。」

 妙に「ドレス…」のところで声を落としたのは、職員室内に他の団員も居たからだろう。

「本人も、そう言ってました。」


「それでな。『駿河と吊り合いがとれるのか?』って聞いたんだが、やっこサン譲らないんだわ。」

「そうでしょうねぇ…。学生服のクリーニングとアイロンがけを呉々も忘れるな、と昨日も言われました。」


「で、どうしたものかと考えたんだがな、ずっと以前に、団長用にって作った白い学生服があるんだ。」

「白! ですか?」


「ああ。結局は、定期戦後の渉外会議で『華美に走るものは駄目だ』ということで、一回しか世に出なかった代物だ。」

「それが、ダンスと何か?」

いや、見様によっちゃあ、これが海軍士官の礼服に見えないこともないんだ。」

「三条のドレスに吊り合うと?」

「どうだ、鳥渡ちょっと合わせてみるか。」

「お言葉とあれば。」


 団室の奥、僕等でさえ、開けた事の無いような奥の奥の長持ちの中を探していたブッサンが取り出してきたのは、紛れもない「純白」の学生服だった。


「一昔前のものだから、あまり大柄じゃないお前なら丁度良いんじゃないかと思ってな。」

 合わせてみると、これがあつらえたようにピタリとした。


「先生、明日から此方の方が着易いかもです。」

「馬鹿。…ま、そうか、じゃあこれにするか。クリーニングに出しておいてやるから。」

「有り難う御座居ます。」


 早速ベーデに其のことを報告だ。

「ふーん、海軍士官ねぇ、悪くはないわね。」

「普通の学生服よりはましだろ?」

「そうね。でも衣装負けしないように、気を抜かないでよ。」

「分かったって。さ、練習、練習。」


*    *    *


 ダンスの合わせも、其の日を含めてあと二日となった。

 足を踏まないことは当然として、彼女のご両親をしても「何とかサマにはなってきたねぇ」と言わしめるくらいまでには、仕上がってきた。


*    *    *


「どう? ネタ、仕上がってる?」

 幹部の間では、これが挨拶代わりのようなものだった。


 特に団長おだいりさま女子部責任者ガーリーは、出番が最終最後と決まっている。

 格別に素晴らしいか、格別に面白いか、其の何れかで毎年下級生への『示し』をつけてきた。

 八幡さんたちは、吹奏楽部の演奏をバックに正装(蝶ネクタイ姿のタキシードとドレス)で、フランク・シナトラのマイ・ウェイを、それはそれは流暢な英語でデュエットされた。

 末長さんたちは、保科さんたちと合同の四人組で、一部の下級生まで動員しての男女逆転してのチャンス・メドレー実演で大笑いをさせて下さった。

 彼女が拘る『プライド』も、逃げ場のない最期・・の本当の見せ場だからだ。


*    *    *


 最後の練習の日は、有り難いことに午前授業だった。

 彼女の家を訪れ、本番で踏まないよう、感触を探るために仮のドレスを着た彼女を相手に、最後の調整を何度も何度も繰り返す。

 日も落ちる頃、漸く一息ついてソファに座り込んだ。


「もう大丈夫よ、駿河。」

「本当かぁ? もう少し遣っておいた方が良いんじゃないか?」


「もう後は休んだ方が良い。足のために良くないわ。」

「成る程、それもあるな。」


「何か飲む?」

「あ、何でも、お構いなく。」


 彼女がお茶を入れて呉れた。

 ドレスの儘でやって来た彼女を見て、改めて、ああダンスを踊るのだなぁ、という感覚が訪れた。


「さ、どうぞ。」

「有り難う。」


 一口、飲んで「?」と思った。


「お前…、これ、また何か入れただろ?」

「ブランデーよ。」


「馬鹿、なんてものを入れるんだ。」

「あら、疲れを取るには丁度良いのよ。常識じゃないの。」

「そうは言ったって、俺はこれから帰るんだぞ。」

「大丈夫よ。駿河あなたの方には其様そんなに入れてないから。」

「俺のには、って、なんだ?」

 見れば彼女の紅茶は僕のものと少し色が違っている。


「お前、入れ過ぎだろ?」

「平気よ。平時のことだもの。」

「平時のことってさぁ、あらら…。」


 彼女は立ち上がり、レコードを選ぶとステレオにかけた。

 スピーカーから、グノーのアヴェ・マリアが流れてきた。


「…。」

「何で知ってるのか? って言い度いんでしょう?」

 黙っている僕を見ずに、彼女は紅茶を飲みながら訊ねてきた。


「団長が何を考えているかも分からないようで女子部責任者が務まると思う?」

「…見てたのか?」

「偶然だけどね。教会で祈っている何様な敬虔なクリスチャンの後ろ姿より美しく見えたわよ。」


「そう、か…。」

「キリストは三日目で復活したわ。貴男は自らで説き出した方針で団の運営の危機という十字架に架けられた。練習の最中に必死に考え始めてから答を出すといったのも三日目。あなたの苦悩と祈りが本当に真摯なものなら、三日目に何か少しでも奇跡が起きる。私は、其様な気がして後を連いて行った。」

 ベーデはティーカップに目を落とした儘、続けた。

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