Ⅲ年 「伝心」 (1)私を馬鹿にしているの?
【ここまでの粗筋】
主人公「駿河轟」は、だいぶ天然な中学三年生。
波乱づくめだった「応援団」活動も、ドタバタしていた日常も、過ぎ去ってみれば良い思い出になりつつあるこの頃。
同期達の進路も決まり、少し寂しさも募る中、別れの季節「三月」がやってくる。
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中学校で最後の三月になった。
またもや渋谷の駅前のフローリストで、適当に花束を見繕って貰ってから、デパートの方に向かって歩き出した。入試も終わったことだし、ベーデが「よければ家に来い」というのだ。
正直、学生服姿で花束というのも、恥ずかしいと言えば恥ずかしいのだけれど、日頃の精進の御蔭か、周囲の視線を気にしない鍛錬は出来ていた筈だった。此の間の訪問時は夏服だったので、白が基調で花束も目立たなかったのが、今日はやけに目立って見える。
学生帽を成る可く目深に被り、(気にしない、気にしない…)と唱えながら、漸くデパートを抜け、人通りも少なくなり、顔を上げて歩けるようになった。
それにしても、ベーデの家の回りというのは、塀の高い家が多い。楼閣とでもいうのか、絶対に中は見せないぞ、という意気込みの表れというか、一体何台の車が入るのだろう、というガレージが続く。こちらのおどおどした様子を見られないのは幸いなのだが。
心の中で、ほーっと嘆息を
僕は、何故かもう一度、嘆息を吐きながらインターホンを押した。
「…はい。」
(これはベーデの声だよな)
と思いつつも、一応襟を正し、
「第一中学校で亜惟さんと同期の駿河と申します。」
「…見えているわよ。今、開けるから待っていて。」
(見えているなら、最初から「はい」なんて出なきゃ良いじゃんか…。)
と三度目の嘆息を吐きながら待つ身が緊張する。
玄関が開き、ゆったりとしたセーターにフレアスカート姿の彼女が現れた。
「いらっしゃい。」
「今度は、此の間のようなことはないんだろうな?」
「ええ、ないわよ。此の間とは違うわ。」
「それなら良いけど…。」
「お邪魔します。」
「どうぞ、お上がり下さいな。」
お宅に上がった僕は、確かに先日とは違った空気を感じた。それも、悪い方向に。
「あ、これお花。」
「有り難う。」
「お父さんか、お母さんにご挨拶しないと。」
「居ないわ。」
「へ? 直ぐに戻られるの?」
「居ないわよ、今日は。」
「…
「何が駄目なの? 父も母も、今日は昼間、駿河が来るからと言ったら、そう、お構い出来なくて申し訳ないけれど、宜敷く、と言っていたわ。」
「そういうことじゃなくてさ。然も、俺の他に誰も居ないのか?」
「座っていて、お花を生けてくるから。」
(
「ベーデ! 今日は出直すぞ。」
「あら、私に恥をかかせる気?」
「なんで?」
「きちんと両親に断って、承諾をとって、お客様を迎える用意をしていたのに、帰られて
「そうは言っても…。」
「それとも、あなた、何か
「否、全っ然、ないぞぉ。」
「ならば、ゆっくりしていらっしゃいよ。…
(本当に困った奴だなぁ…)
と思いつつ、居間のソファに腰掛けた。
「どうでも良いけど、何で、
「これが俺らの正装だろうが。」
「それはそうだとしても、少しはリラックスすることも考えたら?」
ベーデは、僕が持参した花を綺麗にアレンジして持ってきた。
「ほら、綺麗になった。有り難う。」
「どう致しまして。」
彼女は僕と直角方向のソファに、ゆっくり腰を掛ける、
「…親っていうのはね、敏感に娘の友達の中身をチェックするものなのよ。あれは天性というか本能ね。」
「ふーん。」
「駿河は、此の間、コーコと私、女性が二人居ても、ちゃんと二人と均等にお話しをしていたでしょ。それで、社交性がプラス1。きちんと父と母の目を見てお話しができたからプラス1。其の後、ピアノを弾いたでしょ。それで芸術性がプラス1。そうそう、糊が利いて、アイロンのかかった開襟シャツとズボンと制帽、きちんと磨いた革靴で清潔度プラス1ね。必ず部屋のドアを開けていたのもプラス1よ。お花も忘れなかったし、帰りの時にもきちんと両親に挨拶できた。
「へぇー…。」
彼女にしては珍しく、機嫌よく滔々とよく喋る。
「安心した?」
「安心とかいうより、何で嘘
「あら、人聞きの悪い。嘘なんか
「そもそも前提が違うだろ…。」
「騙されたと思ったのなら、それは謝るわよ。でもダンスの練習が必要だと思ったのよ。」
「え、学校でだけじゃ駄目なのか?」
「駿河の実力ゼロで、短期間の練習、然もエビさんとだけでしょう?」
「そう。」
「それで? 実際に踊る私とは
「事前に一、二回で良いかなと思って。」
「…貴男、私を馬鹿にしているの?」
「いやいや。」
「あのね、いいこと? 追いコンで皆の前で踊るからには、私は完璧なものを見せ度いの。少なくとも、私の実力を下回るものは見せ度くないのよ。分かる? 約束した筈よ、私が恥をかかないダンスにするって。」
「そう…だったかな。」
「かな、じゃないの。あなたには
「ダンスについては、日が浅いからなぁ。」
彼女は、ヤレヤレという
「良い? これから毎日、学校帰りウチに寄って頂戴。そして、最低でも一時間は練習して。」
「毎~日ぃ?」
「そう、毎日よ。それでも
「わかったよ…。」
* * *
学校は受験体制も終わり、三年は三時半には下校出来た。日によっては午前授業の日さえあった。
ブッサンの許可を取り、僕は放課後ベーデの家に寄り、日が落ちるまでダンスの練習に明け暮れた。
「ッタイ! …足踏まないでっ!」
「ごめん…」
「違う! ちゃんと支えて呉れないと倒れちゃう!」
「あああ。」
「そう、ゆっくり、呼吸を合わせて、顔を上げる! 笑顔忘れないで!」
「ん!」
「キャーッ、一緒に倒れてどうすんのよ!」
「すまん、腰が据わってなかった。」
「もう、しっかりしてよ! これじゃ当日踊るどころか、其の前に入院よ!」
* * *
毎日、怒鳴られながらの練習が続き、日によっては、ご両親のいずれかが、横で見物しながら半ば楽しんでいる様子だった。
「なかなか、上手になってきたわよ、駿河君。」
「そうですか、有り難う御座居ます。」
お母さんの声に返答した途端、足を踏んだ。
「っもう! 回りに気を取られている余裕なんかまだないでしょ!」
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