Ⅲ年 「伝心」 (3)私には分かる
【ここまでの粗筋】
主人公「駿河轟」は、かなり天然な中学三年生。
波乱づくめの「応援団」活動も、ドタバタしていた日常も思い出となり、卒業間近で少しの寂しさが募る三月。
最後のイベントに向けてベーデとダンスの練習が続く中、彼女は振り返り話を始めた。
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「
「だろうな。」
「思わず、後ろから一緒に祈っていたわ、ドアの外で。『素直に救いを求める者に力を与えたまえ』、とね。駿河はクリスチャンなの?」
「否、そういう訳じゃない。」
「そう、でも、
「…。」
「それは恥ずかしいことじゃないと思う。然も、あなたは団長だから、誰にも軽々しく相談することを許されていない。自分の力で何とも仕様がないものに当たった時に、正直に心を開いて救いを求めることは、みな弱い人間として当然のことよ。」
「俺は何かに縋ったのかな。」
「ううん。昔から皆、ただ只管に祈るけれど、結局、行きつく先は「自分」なんだと思う。悩んで、苦しんで、自分で凝り固めたものを目の前に向き合い続けた時、ある瞬間に、全てが整理・解決された『ような』気になる瞬間が訪れる。それが『救い』というものの正体じゃないか知ら。」
「お前でも、そう思うんだ?」
「ええ。貴男も結局、そうしたことで、答を自らの手で掴んで乗り越えられたんじゃない?」
「ああ、自分の言葉で変革を押し切った手前、自分に託された責任くらい全うしたかったからなぁ。これまでの人生の中で一番、必死に考えたかもなあ。」
「駿河って、そうやって
「団長は、一人でなければ出来ない仕事なんだ。仕方ないさ。」
「ううん、違う。団長という役割上の独立性だけじゃない。頼まれ事を引き受ける時や、リーダーとして盛り上げる時や、ダンスの時は明るいフリをしているけれど。本当は人として
紅茶を一口飲んで彼女は続けた。
「私には分かる。同じだから…。」
何か、自分でも今まで気付かなかったことを言い当てられたような気がして、僕は彼女を改めて見つめた。
「…同じだから、ダンスをしていて一体感を感じられた時が嬉しい。」
「息が合う…てこと?」
「そう、息の合わない相手とはダンスは出来ない。ダンスが出来ない相手とは付き合えない。」
以前、ダンスの指南を願い出たとき、エビさんが言っていたことが思い出された。
「…私が何故、ベルナデートというセカンド・ネームを持っているか、
「聞いていなかったな。」
「スペインとの国境に近いフランスに、ルルドの泉というキリスト教の聖地があるわ。」
「うん。」
「其処は、貧しい牧童の娘・聖ベルナデートが、降臨したマリア様に導かれて発見した奇跡の泉なの。」
ベーデは、ティーカップの中に視線を落としながら語り続けた。
「其の泉のお蔭で不治の病や怪我が治ったという人々が沢山居て、毎年、何万人という人が世界各地から巡礼に訪れるのよ。」
「凄いな。」
「聖ベルナデートは、マリア様に来世での幸福を約束されて若くして夭逝したけれど、其の遺体は決して腐らず、今も其の儘の姿で泉の前で眠っているわ。」
今迄、宗教とは殆ど縁も無くて、其様な奇跡の話も初めて聞いた僕でさえも、普段はクルスを付けているほかは、宗教の「し」の字も口にせず、冷静な彼女が至極真面目にそれを話していることに、ある種畏敬の念を感じた。
そして、彼女を含めて、信仰という精神の力を持っている人々には、少なくとも科学や人智というものを超えた何かしらの支柱があるような気がして、黙りこんで了った。
「私の名、ベルナデートは、人に救いを与えられる人となるように、奇跡をも起こせる強い愛の力を持てるように、と両親が付けて呉れたもの。」
「そうなんだ。」
「…私は
彼女は、自分の行動に対する評価を求めていた。
それは、『私って頑張っていると思う?』という程度の《褒めて欲しい》という
「俺が苦悩と向き合っていた最後の日…、あのとき、解決の光を見いだすことが出来て、今年、全ての理屈が現実となって大きく動いたのは、
預言者としては余りにも不信心で貧粗なことは承知の上で、僕は精一杯彼女が求めているらしいことに答えた。
「そう思って呉れるの? 有り難う。実は私、肌身離さずクルスまでしている信徒のくせに、真面目に一生懸命祈ったのは、生まれて初めてだったから…。」
彼女はティーカップの中を見た
彼女はゆっくりと此方を向き、僕と目があった。
(私には分かる。同じだから…。)
先刻のベーデの言葉が頭の中に響いた。
深い緑色の瞳で僕をじっと見つめ、それからゆっくりと瞼を閉じた。
それは何かを考えている、というより、何かを待っていた。
僕は其の表情が、吸い込まれるように純粋に美しいと思った。
そっと両肩に手を置き、ゆっくりと顔を近づけ、優しく右の頬に口づけをした。
彼女は目を開き、少し寂しそうに笑みを浮かべた。
「有り難う。…でも、何故頬なの?」
「今日は、ブランデーの力があったからマイナス1ポイント。」
僕は、自分自身にもアルコールの力があったことをはっきり認識していた。
其の力を借りてでも互いに心が通っていることを伝えたかった(のかも知れない)彼女の気持ちを考えても、本当の口づけは、アルコールの力を借りてはならないと思っていた。
「駿河の、其の筋の通し方。嫌いじゃないけど、時として迷惑だわ。」
「それで結構。それが俺だもの。」
「そうね、それもよく分かってる
僕は彼女の本当の笑顔を、久しぶりに見た。
「お前、どうして
「私は生粋の日本人じゃないからか知ら。チアという立場を除いて、自分の心に嘘をついてまで笑うお愛想とか、笑顔で誤魔化すなんてことは出来ないの。」
「そっか…。今日の笑顔は自然で綺麗だったよ。」
「当たり前よ…。ブランデーの力じゃなくて、心からの笑顔だったんだから…。馬鹿っ。」
彼女は僕の背中を強く叩いて、更に真っ赤な顔になっていた。
其の後、レモネードをぐいぐい飲まされて酔いが覚めた頃、彼女の家を後にした。
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