Ⅲ年 「祈願」 (1)何分遅れても待っていられる?

【ここまでの粗筋】

 主人公「駿河轟」は、だいぶ天然な中学三年生。

 周囲の人々の援けあっての「応援団」活動も到頭峠を越え、周囲の女子達の心配、世話、悪戯の標的にされる日々。

 恋路の総括も済ませて、愈々中学校生活も最終コーナーに差し掛かる。

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 扨て、話のカレンダーを時の流れ通りに戻し、三年の大晦日の話。

 応援団の団長には、年末年始に一つの非公式の仕事があった。それが「越年祈願」と呼ばれるものだった。

 三年生全員の合格祈願のために、主な受験対象校のある一都三県(埼玉、千葉、神奈川)、の神社を大晦日から元旦にかけて、一つずつ回る。

 途中、同じ幹部の家の何軒かで休憩し、接待を受ける。今回の越年祈願での休憩先は、埼玉県はデンの家、千葉県はノスケの家、神奈川県はケーテンの家、そして東京はコーコの家となっていた。埼玉、千葉、神奈川、東京と回るスケジュールを立て、各休憩先の同期に行程表を渡す。

 お家の方々にも電話で事前にご挨拶を済ませ、健康状態も良好。準備万端で当日を迎えた。


*    *    *


 埼玉にあるデンの家では、一中の一年生に在学中の妹が居る。

 僕が来たと知ったデンの妹は、ひゃあひゃあ言いながらデンに何かを言っている。お茶を戴いていると、デンが戻って来た。


駿河あんた、一年の女子に人気があるんだって?」

「ん? そうなの?」

「妹が後で一緒に写真撮って呉れだって。年明けに学校で自慢出来るとかって騒いでたけど、世の中分からないわねぇ。」

「そうだねぇ。」


*    *    *


 本八幡にあるノスケの家では、デザイナーらしく年越しのホームパーティーの最中にお邪魔した。

 いかにもアーティスト、クリエイターというお父さんがとても歓待して下さって、危うく電車に乗り遅れそうになった僕を高級外車で駅まで送って下さった。


*    *    *


 ケーテンの家は、もう川崎大師が目と鼻の先。

 道に面した扉は全て開け放たれ、家の中までがお祭り騒ぎのよう。彼が天性の企画屋なのが、充分納得出来た。


*    *    *


 最後にコーコの家にお邪魔する頃には、もう夜も明けようかという頃だった。


「普段亮子がお世話になってます。」

「いえ、此方こそ、春は大人数で大変お世話になり、有り難う御座居ました。今日も、此様な時間にお休みのところお邪魔して、ご迷惑おかけします。」


 ご両親に迚も丁寧に出迎えて戴いて恐縮し、大店の奥の間に通され、既に新春の支度が調っている席で御膳を戴いた。


「こういうの堅っ苦しいでしょ?」

 コーコは言ったが、他にも次から次へと近所の人々が挨拶に訪れる中、皆、下町の気さくな人々で、最後で随分ゆっくりとさせて戴いた。


「でも、随分、渋い処を突いて来たね。よく知っていたね。薬研堀とか。」

 彼女がお屠蘇を勧めながら聞いてくる。流石晴れ着姿が板に付いている。


「ヤーサンの家から湯島天神、ていうのも考えたんだけどさ、コーコのお家には此の間の御礼も済んでいなかっただろう。」

「何だ、其様なの全然気にしないで良いのに。じゃ、そろそろお参り、一緒に行こうか。」

「お、良いかい? 振り袖のお嬢様とご一緒出来るのは光栄だね。」

「今更、なーに、言ってんのよ。」


僕等は、丁度二年参りと元朝参りの間で、比較的空いている薬研堀不動に詣でた後、ゆっくりと戻る。


「大丈夫? 階段ばかりで悪いな。着物って疲れるんじゃないの?」

「馬鹿ねぇ、呉服屋の私が着物で疲れてたら商売にならないでしょ。何でもござれよ。」

「そうだな、流石の身のこなしだ。」

「どうして副団長に立候補したか分かった?」

「そっか、応援でも着物で通したかったからだ。」

「ご名答。」

血というのは流石だな、と思った。



コーコをご自宅に送り届け、ご両親に再度のご挨拶を済ませ、僕は無事越年祈願を終えて自宅に戻った。


*    *    *


明くる二日、コーコから電話が架かってきた。


「越年祈願お疲れ様。私とベーデで、駿河君ゴーチンのための合格祈願に行ってあげる。明日出ていらっしゃいよ。」


 こういう決定調の傲慢な決め事はベーデが言い出したに決まっている。

 年明けの学校の補習は四日からだから、確かに三日は空いている。断れば、また何をしでかすか分からない二人組なので、僕は大人しく三日の朝、御茶ノ水駅で待ち合わせをした。


「二回目のおめでとう!」

 最初に現れたのは、また違った柄の晴れ着で着飾ったコーコだった。


「ほんと、お家が呉服屋とはいえ、毎度毎度凄いなお前も。」

「半分普段着みたいなもんだからね、全然疲れないから、お気遣いなくぅー。」

「ベーデはまだかよ。」

「女は男を待たせるものなのよ。」

 コーコは決まりきったように言う。


「ねぇ、駿河君ゴーチンはさ、女の子が何分遅れても待っていられる?」

「待ち合わせの時間から何分経って来なかったら帰るかってこと?」

「そうそう。」


「うーん、予定がなければ、ずっと待ってるかな。」

「ほーぅ。」

 コーコが目を丸くして感心している。


「…ベーデが言った通りだわ。」

「何? 其様なこと言ってたの、彼奴あいつ。」

「うん。『駿河はそういう男』だって。」

「そうかい。」


駿河君ゴーチン、育ったね…。」

「ん? 何だ? いきなり。」

「中学生の男の子は育つのが早いって、うちの母が言っていたけれど、本当だ。」

「何だか、よく分からないな。」

「そりゃ、自分の成長は自分じゃ分からないわよ。」

「ふーん。」


「見ているのは、自分の親と先生と、そして気にしていて呉れる人だけ。」

「成る程ね。」

「親と先生以外で、見ているのは、私たち同期同士くらいだね。」

「そうだなぁ。」


「幹部になってから、常時いつも彼女ベーデが言ってたよ。『駿河は一人っきりで耐えて皆を見渡しているんだから、私たちはせめて皆で駿河を支えないと』って。」

「うん。」


彼女ベーデには私が喋ったって言わないでね。『駿河は何も言わず、全てを自分に包み込む。だから例えば、待ち合わせなら何時いつまでも耐えて待つ。相談事や頼み事があれば決して嫌とは言わずに自分のこととして受け取る。問題が起これば長くとも短くとも与えられた時間をフルに使って自分で答を出す。トラブルに満ち溢れていた三部を一人で包み込んで耐え続けてきた彼奴は単なる馬鹿真面目だとしても立派だ。』って。」

「そうか? 褒められてんだかなんだか複雑だな。それに自分で自分を励ますしかねぇから、自分じゃよく分からねぇや。」


「私は総論で同感だった。だから今日も来てるんだよ?」

「ありがと。」


 常時いつもケラケラと笑っているばかりのコーコが、時折こうして真面目に語る時は、まるで別人のように大人びた雰囲気だった。

 事実、彼女は成績では僕など敵わないほどの才女であり、然も優しさと思いやりでも申し分のない淑女だった。

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