Ⅲ年 「恋三題」 (5)全治二週間くらい
【ここまでの粗筋】
主人公「駿河轟」は、だいぶ天然な中学三年生。
周囲の人々の援け、特に周囲の女子達に心配と世話を焼かれ、ついでに悪戯の標的にもされる日々。
今度は同期のケーテンから恋の相談が。
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ケーテンが其の場から逃げ出し、踊り場に消えた所で反対側の踊り場からベーデとコーコが出てきた。
「何してんの、此様なとこで?」
「あ、ヨーサンだ。ヨーサーン!」
コーコが手を振って、ヨーサンが振り返していた。
「鳥渡、風にな。」
「なにロマンチストぶってんのよ。なーに隠してんの?」
(どうして、此奴は一々突っ掛かるんだろうな…。)
「ヨーサン見てたんでしょ? 矢っ張り本命はヨーサンなんだ?」
コーコが息を切らしながら余計なことを言っている。
「本命なんて、居・な・い。お前ら、俺について何言っても良いけどな、ヨーサンの迷惑になるようなことは言うなよ。そうしたら俺が許さん。」
「はいはい、洒落にならないようなことは言わないわよ。」
「ベーデな、お前、そう言って洒落にならないようなこと、今まで幾つした?」
「あら、何より一番洒落にならないのは、貴男の例のアレの方よ!」
「何、何? アレって?」
コーコが首を突っ込んできた。
ベーデは勢いで言って了ってから、ハッとした顔を見せた。
(駄目だろ、お前がギクッとしてちゃ。)
此様なところで追いコンの演目の件がバレてしまっては、折角の血も滲むような練習が台無しだ。
「コーコには無関係だよ。」
ベーデが万事休すと、息を飲んでいるので、咄嗟に此方に呼び水を向ける。
「あ、そうやって二人だけの秘密にするんだ? 何? 最近、何だか可笑しいぞ? キスでもしたの?」
「違うわよ、失礼ねッ!」
「失礼とは何だ、お前。
「あー、分かった、分かった、何でも良いから、私には関係ないことね。はいはい。」
コーコが自分で幕を引いて其の場は収まり、今日のところは珍しく僕がベーデに貸しを作った。
* * *
翌日、ケーテンが目を真っ赤にして手紙を持ってきた。
「昨日、寝てねーよ…。」
「なんだ、それくらい。相手に想いを伝えられるんだから喜びに思えよ。」
「そうは、言ってもなぁ。企画のようにはいかんなぁ。」
「お前、他人のプロデュースは出来ても、自分のプロデュースは、からきし駄目な?」
「そういうもんだろ、人間って。」
「医者の不養生、紺屋の白袴、弘法も筆の誤り、猿も木から落ちる…。」
「なんか違うつうか、ガツンと気になるものもあったけど、其様なところだ。」
「じゃ、これをエリさんに、お前からだと言って渡せば良いんだな?」
「ん!」
「ちゃんと、返事貰えるような文章書いたのか?」
「んー、なってると思う。」
「んだよ、情けねぇな。」
「大丈夫。」
「じゃ、渡すぞ。」
「お願い!」
ケーテンは、拝んで戻っていった。
* * *
其の日の放課後、早速、僕は自治会室に顔を出した。
「エーリーさんっ、居るかなーぁ?」
顔だけ自治会室に突っ込んで見回す。
「はーぁーいっ。」
机に向かっていた顔を上げて此方を向いたエリさんが、ノリも良く、黒目がちな目を三日月型にさせて微笑んだ。
「やぁ、駿河君。お久し振りぃ、って今日の午後、数学で一緒だったか。」
「鳥渡時間あるぅ?」
「良いよぉ。此処? 外?」
「外ぉ。」
「ん。ちと待ってぇね。」
エリさんは、日誌を書き終え、鞄を持って出てきた。
「忙しいとこ、ごめんね。」
「いいえぇ、もう、帰れるところだったんだ。」
こういうエリさんの受け答えが、恐ろしく普通で安堵できるほど、応援団の世界に慣れて了った自分を呪った。
特に、ベーデ、コーコ、デンを中心とする男女関係なしの友情というのも悪くはないが、当たり前の男女の間柄というか距離というものを忘れて了うのも問題だなぁ、と思っていた。
「じゃあ、昇降口まで一緒の間に。」
「ん? 其様な短い間で良いの?」
「うん。時間はかからないんだ。」
「そう。ふーん。」
* * *
薄暗い北側校舎の廊下を歩きながら、人気の無くなった辺りで、ケーテンからの手紙を本に挟んで出した。
「エリさん…」
「ん?」
「これを、受け取って。」
「え?」
「ケーテンから。」
「…そう…。」
エリさんは、鞄を開けて、中に本もろとも手紙を素早く仕舞った。一旦、校舎から出て体育館の屋上トラックから昇降口に降りる階段への近道を歩きながら、暫く無言が続いた。
「最初、
エリさんは、鞄を両手で後ろに持ち、髪を風に靡かせていた。僕はケーテンのために、余計なことは言わなかった。
「自治会室で顔を上げて、
何も言わず、ただ頷いた。
「変だね。其様なこと感じたのって。」
「急に呼び出したからね…。」
「そうかもね。」
無言の儘、冷え切った昇降口で革靴に履き替えると、
「…お返事は
「…じゃあ、僕が渡したから僕に。」
「分かった。じゃあ、また明日。」
「明日…。」
* * *
翌朝、エリさんが僕の
「これは昨日の本。
「はい、確かに。どうも有り難う。」
「あと、これは
「え?」
僕が戸惑っている間に、エリさんは手紙を挟んだ二冊の本を僕の手の中にギュッと押しつけ、
本をそっと開いて確認すると、手紙には夫々の宛名が書かれていた。
次の休み時間、僕はケーテンのホームルームを訪ねた。
「おーい。」
ケーテンは、昨晩も寝ていないという目をしながら出てきた。
「昨日、確かに彼女に渡して、今朝、返事を受け取ってきたぞ。ほら。」
僕はケーテンあての手紙の挟まれた本を彼に渡した。
「おぃおぃ、頗る早ぇなぁ…。」
泣きそうな声を出しながらケーテンは、受け取った。
「何だろうが、自分の決心に対する誠意ある返事だろ。受け止めろよ。」
「おう。迷惑かけたな。」
「いや。」
* * *
午前中はエリさんからの手紙を開く暇が無かった。
午後には、英語の授業で彼女と教室が一緒になる。それまでには目を通しておかなければならないと思い、昼休みに屋上で封を切った。
薄紅の地に白く紅葉の透かしの入った綺麗な封筒だった。中には逆の色調の便箋が二枚。開けた瞬間、仄かに花の香が漂った。
内容はエリさんらしい手紙だった。立場は違えどこうして苦楽を共にできる親友が居て、日々感謝しているということを女性の感性で伝えるならば、凡そこういう書き方になるのだろうというものだった。僕は、エリさんからの便箋を封筒に戻して本に挟み、目をつぶって一礼した。
「ナーニ、本なんか拝んでんの?」
あまりに手紙に熱中していて、周囲への警戒感を失っていた僕は、ベーデとコーコが直ぐ近くに来ていたことにさえ気付いていなかった。
「あー、付け文貰ったんだぁ?」
コーコがニヤニヤしている。
「違う違う、伝達事項のまとめを書いて貰ったんだよ。」
「どなたから?」
ベーデが腕を組んで首を傾げ、本を覗き込んでいる。
「ん? エリさんから。」
「ふーん。」
生徒会副会長の名前が出たことで、誤魔化しが効いたのか、二人はそれ以上の詮索はしてこなかった。
「ほら、英語、もう始まるぞ。戻ろ、戻ろ。」
二人を促して僕は屋上からホームルームに戻り、教材を整え、英語の授業が行われる教室へと向かった。丁度、反対側からエリさんがやって来たので、僕は笑顔を見せた。
エリさんはそれで手紙が伝わったことを瞬時に理解したのだろう、普段の笑顔でハイタッチを求め、強くパチンと音をさせてから、二人して教室へと入った。
放課後、ケーテンがどんよりとした顔をして僕のホームルームにやってきた。
「分かった、分かったから何も言うな。」
「矢っ張り、自分で言葉で言った方が良かったのかな?」
「ちゃんと想いは伝わったって。其の上での返事だろう? 後悔するなよ。」
「橋渡しに慣れてる奴は、良いよなぁ…。イメージ・トレーニングできてるもんなぁ…。」
「いやあ、いざ自分のこととなればそうともいかんだろうと思うぞ。」
「そう言や、お前、ザワザワした人気がある割には、告白とか付け文とか、受けたっていう浮いた話は聞かないな。」
「ほら、俺は、偶像だから。団長「駿河轟」であって、人間「駿河轟」としての実体じゃないからさ。いざ、誰かが何かを書こうとか、言おうしても、具体例が出ないんだろ。実際は人気がないのと一緒だよ。『有名』なだけ。事を起こす前に、本気で好いた惚れたんじゃなかったって、気がつくんだろ。皆、賢明だ。」
「よく、其様なこと冷静に分析してられんな。此の時期に。」
「焦ってするもんでもないだろ、そういうことは。」
「まあなぁ…。」
「全治二週間くらいにしとけよ。次だ、次。」
ケーテンにはそう癒しつつも、実際、僕は、其の時点で特定の誰かを好きなのか、色々な顔が浮かんだが、はっきりしなかった。それが正常なのか、不感症なのか、それも分からなかった。ただ、皆のそうした、日々迫ってくる「受験」とは全く違った方向での心の落ち着きの無さが目立っていることには、気付いていた。
* * *
僕等は応援団以外の同級生からよく、「チアと恋仲になったりしないのか?」とか、「同期同士で好きになったりとかないのか?」と、
しかし、不思議と、小学校からの幼なじみ程度の仲の良さは別として、どの学年も同期同士での恋愛関係というものは、活動中には無かったように思う。
上級生と下級生ならば、畏敬や尊敬から発する疑似恋愛があるとしても、同期は何より《辛い練習を共に乗り切った仲間意識》=《男女を超越した同胞》の思いが強すぎて、現役活動中は恋愛感情に発展しないのが、至極当前の状況だった。
此の三年弱の期間を、男女を超越した仲間として、隠し事無く、腹を割って話ができた、というのは迚も貴重なことだったと思う。それだけに、現役活動が終了しつつある頃から始まる、男女が夫々を異性として意識する時の気恥ずかしさというか、衝撃は、他の生徒とはまた異なったものだったことを覚えている。
兎に角、卒業式、文字通り最終最後の儀式まで終えない限り、僕らは、少なくとも同期同士で恋愛どころではなかったのだ。
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