Ⅲ年 「恋三題」 (4)恋愛とは喜び事である

【ここまでの粗筋】

 主人公「駿河轟」は、だいぶ天然な中学三年生。

 周囲の人々の援け、特に周囲の女子達に心配と世話を焼かれる日々。

 後輩からの思わぬ告白、大荒れになったベーデの恋路。

 毎日が思春期の最上級生の日常は続く。

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「ゴーチンよぉ、鳥渡良いかな」


 『鳥渡』と呼ばれて、良いことはないに決まっている。

 それも女の子から呼ばれるならまだしも、男から呼ばれて良いことなどある訳が無い。


 廊下で待っていたのは、ケーテンだった。

「何? 駅伝用の企画費なら、もうカーチャンに交渉の余地はないぞ。俺ぁ、此の間お前に拝まれて交渉に行ったら、一円単位まで詰めて詰めて詰められて、何か自分が悪いことでもしたかのように自己嫌悪になっちまったんだから。」

「あれは、お礼言ったじゃーん。」

「追いコンの金も、ぎっちぎちだぞ。」

「今日は企画の話じゃねぇんだって。」


「お前の頭の中に『お祭り』以外のものなんかあんのか?」

「お、それは侮辱だな。これでも同じ十五歳の思春期の青年だぞ。」


 ケーテンは、実際、僕からそう言われても仕方ないほど、一年三六五日、企画のことだけを考えていた。


「ケーテン、勉強頑張らないと幹部になれないよ!」

 デンにあからさまに言われても、

「大丈夫、其の辺は計算してやってっから。」

と、実際、学年八〇番前後をずっと維持していた。


「あんまり勉強しすぎるとな、かえって順位が下がるんだ。調子が狂うんだろうな。」

 其の分、応援に関する企画については、『任せて』おいて間違いのないものだった。広報責任者のタイサン、吹奏楽部責任者のカーサマと三人で組ませておけば、自動的にオーソドックスなものでも、奇抜なものでも、何でもござれの企画が出て来るものだった。


 其のケーテンが、『お祭り』事以外で話があると言う。

「え? 何だよ。気持ち悪ぃなぁ。」

「そう言うなよ、あのな…。」


 ケーテンは、屋上まで来ると、二十分以上にわたって切々と恋の話をしたのだけれど、とても其のまま文章に出来るような日本語になったものではなかったので、此処には書けない。

 ただ、それだけ彼にとって、深刻かつ真面目に考えていたのだろうということは、僕には『気持ち』として、充分に伝わってきた。


「早い話が、生徒会のエリさんに、自分の思いを伝えて欲しい、ってことだな?」

「そうだ。流石、話の要約が上手いな。」

「誰が聞いてもそうだろ。お前の話の何処にそれ以外のことが出てきた?」

「そうか? …そうだ。」

 ケーテンは自分でも頷いていた。


「だったら自分で言え。」

「おーい、其様なこと言わずに、鳥渡助けて呉れって。」

「自分の気持ちだろうが? 自分で言え。」


「エリさんとはゴーチン、旧知の仲だろうがぁ。」

「ああ旧知の仲だ。お前ときっちり同じ二年と七か月だ。」

「いやいや、濃密度というかな、信頼度というか。ほら。」

「俺の方が親密度が高いというなら、俺がエリさんに告白して良いか?」

「否、何てこと言うんだろうな、此奴は!」

 ケーテンは、目を丸くしながら、困っていた。


 話が前後するが、エリさんは、生徒会の副会長で定期戦の全校応援練習のお膳立てや、団費の交付の件で、応援団とは切っても切れない縁だった。迚も穏やかで、冷静で、母親のような雰囲気をもった、僕らからしてみれば、二~三歳年上にも見える、そう僕らが新人の時に見た小林さんのような雰囲気を持った同期生だった。

 同期生にもかかわらず渾名に「さん」が付いているのも、そういう雰囲気からくる敬称代わりだった。


「だって、お前の想いは、俺には代言出来ないもの。」

「だから、俺が好きだと言っているということだけでも伝えて呉れれば。」

 ケーテンが拝んでいる。


「それだけ言って、何の意味があるんだ?」

「そう言えばそうだな…。」

「だから自分で言え。」

「そう言わずにな、何とか助けて呉れって。」


「お前、何か困ってんのか? 恋愛は困り事じゃねぇだろ? 喜びだろ?」

「あ、冷てぇなぁ。お前、男には冷てぇんだな。」

「当たり前だろ、男と女と一緒にして堪るか。同級生と下級生も別だ。」

「また、そういう屁理屈こねるう。」

「媚びるなっつうの。大体、自分で言わないと後悔するって、絶対。」


「自分で言えれば、此様なに困らないっつうの。」

「だから困るなら止めろ。好きなら思い切って言え。」

 ケーテンは、腕を組んで考え込んで了った。


「じゃ、良いな。俺は行くぞ。」

「いやいやいや…、鳥渡待った。」

「何だよ。結論出すのは俺じゃなくて、お前だろ?」

「そうなんだよな。そう。って、お前、サバサバしてんなぁ、恋愛で悩んだことないのか?」

「恋愛で悩むのに時間をとられてたら、今頃辞めてるわ。」

「そうだなぁ。お前の仕事、忙しいもんなぁ…。」


「じゃあ、百歩譲ってだ。手紙を渡すならしてやっても良いぞ。」

「手紙か? 俺に手紙を書けると思うか?」

「思わん。」

「だろう?」


「でも、好きなら書け。上手下手じゃなく、想いを伝えれば良いだろうに。」

「そうだなぁ。」

 ケーテンはまだ考えていた。


「お前が困っていること、当ててやろうか? 断られるのが怖いんだろ?」

「お? グサッとくるようなこと、真っ正面から言いやがるな、此奴は。」

「それ以外に何があるっつうんだ…。」


 屋上から、校庭を見渡した。

 中庭には、ベンチに座っているベーデとコーコが居た。見つかるとヤヤコシイので、視線を上げていくと、音楽室の屋根付き屋上で管楽器の練習をしている吹奏楽部の木管パートが居た。三島さんヨーサンが直ぐ此方に気付き、手を振って来たので、僕は手を振り返した。


「駿河ァーッ!」

 三島さんヨーサン吃驚びっくりして、普段いつものように目を丸くするほどの叫び声が中庭から上がってきた。僕は、彼女に向かって下を指さした。

(ベーデの馬鹿が居るんだよ…)


「なぁに、ニヤけて手なんか振ってんのーッ?」

 今度はコーコの声だった。


「何でもねぇよーッ! お前らに関係ないことーッ!」

「待ってて、今、其処行くからーッ!」

「来なくて良いって!」

 彼女たちにはそう叫んでおいて、ケーテンの横に座って警告した。


「お前な、自分できちんと告白出来る勇気を持たないと、ああいうのに弄ばれることになるぞ!」

「おぉ、そうだな、お前常時いつも大変だもんなぁ。」


 僕は別に誰かに告白する勇気が無かった訳でもなかったが、常時ベーデとコーコの悪戯の対象になっていた。勝手に名前を使って女性雑誌に投稿されたり、勝手に誰かに告白されていたり、それはもう学校内での出来事の場合、火を消すのが大変なほどの数で、『狼が来た』少年の話ではないが、『駿河絡みの話は信用しなくて良い』というところまで下級生を含めて皆分かって呉れているほどだった。


「ほら、どうすんだ、ぼやぼやしてっと、其の悪魔二人が来るぞ。」

「んじゃ、手紙書くわ。」

「分かった。自分で渡せなければ、俺の所持ってこい。」

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