Ⅲ年 「恋三題」 (3)此様な馬鹿真面目

【ここまでの粗筋】

 主人公「駿河轟」は、だいぶ天然な中学三年生。

 周囲の人々の援け、特に周囲の女子達に心配と世話を焼かれる日々。

 後輩から思いも寄らぬ告白に続いて、まだまだ何かが起こりそうな最上級生の日常は続く。

-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-



 一学期の中間考査も明けたばかりの頃、ベーデがうちの学級クラスにやって来た。


「駿河、鳥渡ちょっと良い?」

「お? 何?」

 彼女は、屋上に僕を連れて行く。


「どうした?」

 普段のような悪戯に騙されないように警戒しながら問いかけると、彼女は珍しく、少し詰まりながら話し始めた。


「…駿河、敷島ゴセンと仲良いでしょ?」

「まあ、同じ学級クラスだし、よく話もするなぁ。」

「彼にこれを渡して呉れないかな。」

 ベーデは、綺麗な封筒の手紙を差し出した。


「お前から、って言って渡すだけで良いのか?」

「…うん。」

「分かった。」


*    *    *


 教室に戻り、敷島ゴセンが一人になった時を見計らって、彼のノートの下に手紙を差し込み、ベーデからのものだ、ということを伝えた。


「七組の三条さん?」

 敷島ゴセンが確認してくる。


「そう。」

「ふーん。」

 彼は、手紙を鞄に入れ、何事もなかったように、他の男子と談笑し始めた。


*    *    *


 数日後、ベーデと廊下で出会うと、鳥渡来いと言う。

 また、屋上に行く。


「何? 手紙なら、もう其の日のうちに渡したぞ。」

「返事が来ないのよ…。」

「ん? あれからどれくらい立つ?」

「…一週間。」


「そうかぁ、…遅いな。」

「ちゃんと持って帰って呉れたのか知ら?」

「鞄に仕舞ってたぞ。」

「そう…。」


「忘れてないか俺が聞いてやろうか?」

「…んー、良いわ。」

「そうか。」


*    *    *


 それからまた数日が経った。

 敷島ゴセンを見ている限り、普段と変わったところもなかった。ベーデからも特に何も、それに関する話は無かった。


 週明けの月曜。練習の後、ベーデに呼ばれた。

「…無いの。返事が。」

「そりゃ何だな。渡した手前、俺も気になるから聞いてみようか?」

「…良い? 手間掛けてごめんね…」


 翌日の放課後、帰りがけの敷島ゴセンを呼び止めた。

敷島ゴセン、鳥渡良いかな。」

「お、何?」

「此の間、七組の三条さんから預かった手紙を渡しただろ?」

「ん? ああ。そう言えば、其様そんなことあったな。」


「返事してやって呉れたかな。」

いや。」

「…否、って。手紙は読んだのか?」

「ああ。」

「じゃあ、返事してやって呉れよ。」


「否、俺は彼女のこと何とも思ってないから。」

「じゃあ、そう返事すれば良いじゃないか。」

「何とも思ってないんだから、それで良いだろ。」


「返事をしないのがお前の返事か?」

「一々、何とも思ってない人間に丁寧に返事しなきゃ不可ないのか?」

「お前な、自分が何とも思ってなくても、相手がどれだけ気持ちを込めて手紙を書いているか考えたことあるのか?」

「其様なこと、そもそも駿河おまえには関係ないだろ。」


「関係なかないさ、手紙を預かったんだから。それに、たとえ、自分から相手にそういう気持ちは無いとしても、相手から思いを伝えられたら、きちんと返事をするのが思い遣りってものじゃないのか?」

「煩いな。向こうの勝手な感情で貰う手紙に一々返事を書いてたら身が持たないんだよ。読むだけでも大変なのに。」


「なんだ? 其の言い方は。」

 余りにも敷島ゴセンが告白を受け過ぎて感覚が麻痺して了っているのか、そういう物言いが信じられなかった。


「鬱陶しいって言ったんだよ。所詮、単なる自分の気持ちの押しつけじゃないか。」

「一言でも良いから返事してやることも出来ないのか?」

「其処まで言うなら、お前が代弁すれば良いだろ? 俺の気持ちは先刻の通りだ。」

 敷島ゴセンは鞄を持って其のまま帰ろうとした。


鳥渡ちょっと待て…」

「っせぇな!」

 |鞄の肩帯を掴んで止めようと手を掛けると、敷島ゴセンは振り返りざまに殴りかかってきた。


「一瞬でも、自分のために真剣に手紙に向かっている奴の気持ちになってみろ!」

 到頭掴み合いになって、僕は眼鏡が飛び、廊下に倒れての殴り合いになった。


 直ぐに担任のブッサンが飛んできて、問答無用で二人とも、文字通り首根っこを捕まれて職員室に連れて行かれた。


 先ず思い切り平手打ちで殴られる。

「其処に座って、頭を冷やしなさい!」

 僕らは並んで正座した。


 数分して、ブッサンも僕らの前に腰掛けた。

「で? 理由わけは?」

 僕は黙っていた。


「駿河が…、帰るのを邪魔しようとしたからです。」

「駿河は? 何故敷島を邪魔した?」

「彼が人の気持ちを踏み躙るようなことをしたので、意見をしていました。」


「敷島は? 駿河が言うようなことをしたのか?」

「貰った手紙に興味がなかったので返事を書かなかっただけです。」

「そうか。」


「…。」

「駿河は、其の内容が、返事を書くべきものだと思ったんだな。」

「…はい。」


「率直に言って、ラブレターだろう?」

「…。」

「図星か。」


「敷島、ラブレターや告白には、可能な限り、手紙でも口頭でも、返事はしてやれや。気持ちだ。」

「…はい。」


「駿河が敷島に意見した理由はそれだけか?」

「はい。」

「敷島は? 駿河と揉めたのは此の件だけだな?」

「そうです。」


「じゃあ、敷島は駿河とのいさかいは、これで和解しろ。分かったな。後は僕から駿河に話をする。」

「…はい。」

「よし。敷島はもう帰りなさい。」


 敷島ゴセンが職員室を出たのを見届けてから、ブッサンは僕の方を向き直った。


「さて。駿河、お前が敷島にラブレターを書いた訳じゃないよな?」

「違います。」


「それがどうして、其様な殴り合いになるまで敷島に意見する?」

「…。」

「ん?」


「如何に多くの手紙を貰おうとも、余りにも人の気持ちを軽んじるのは不可ないと思ったからです。」

「そうか、でも、普段のお前からして、其の怒り様は、一般論での話じゃないだろ?」

「…。」


「また図星だな。」

「自分の大切な友人が書いたものだからです。」

「団員か?」

「…。」


「まあ、良いや、誰かは言わなくても。プライベートなことだな、其処は。」

「…有り難う御座居ます。」


「友人を思う気持ちと、敷島をたしなめようとした気持ちは分かった。ただ、殴り掛かってこられたら、殴り返すな。事が大きくなる。お前なら、押さえ込めるだけの鍛錬はしているだろう?」

「…はい。」


其様そんなに腹が立ったのか。」

「…はい。」

「そうか。」


 ブッサンは、煙草に火をつけ、目を細めている。


「自分のことでもないっていうのに此様こんなに熱くなって、引き受けた相手思いで、おまけに口が堅いときている…、良い同期が居て良かったなぁ。三条。」

 其の言葉にギクッとした。


 ブッサンが目を細めて嬉しそうに見ている自分の後ろを振り返ると、ベーデが真っ赤な顔をして立っていた。


「お前さんたちが喧嘩して、職員室にしょっ引かれたと聞いて、呼び出すより早く当事者からすっ飛んで来たよ。」


(さては、ショコがご注進に走ったな…?)


 僕は瞬時に女子のネットワークの速さを思い起こした。ブッサンは、お茶に口を付けてから言った。


「まあ、そういうことだ。僕は別に駿河を罰しようとは思わん。ただ少し頭を冷やせ。身内のことで一々カッとなっているようじゃ、定期戦で、もたんぞ。」

「…はい。」


「三条。まぁ、長い中学校生活だ。男の多い学校だ。自分に合う相手を見つけてみろ。中には此様な馬鹿真面目も居るぞ。」

「…はい。」

 ベーデが力なく答えた。


「よし、二人とも、もう帰りなさい。」

「失礼しました。」


 二人して頭を下げ、職員室を出た途端、ベーデが僕の肩を強く叩いた。

「バカッ!」

「ってぇ。痛ぇじゃねぇか!」


「其処までして呉れって誰が頼んだのよ!」

「ごめん…。公になっちゃったな。」

「其様なことは…、どうでも良いけど、其様な怪我してまでってことよ…。」


 ベーデに言われて、職員・来客用玄関の姿見を見ると、確かに顔にアザが何カ所かあり、口元も切れている。


「あーあー、あらら、こりゃ、一年の時の定期戦の時以来だわ。」

「笑い事じゃないわよ。もう。」


「あ、あぁ、ごめんな。本当に。…橋渡ししなきゃ不可なかったのに、ぶち毀しちまった。」

「良いのよ。御蔭で彼がそれだけの男だったってことは充分に分かったから。」


「何時から、後ろに立ってたんだ?」

「貴男達が正座させられた時。」


「あらら、じゃあ全部聞いてたんだ。」

「そうよ、一部始終を聞かされている此方こそ針の筵よ。大体、三年にもなって職員室で正座って、馬鹿じゃないの!」


「済まなかったなぁ。」

「もう良いわよ。」


「ごめん…。」

「怪我、大丈夫?」

「ああ、まあ練習に比べれば。」

 ゆっくり歩きながら我に返れば、大分彼方此方あちこち痛いところがある。


 いつの間にか下校時間も過ぎ、校内には殆ど人影もなかった。ヒンヤリと薄暗い、もう人気もない昇降口の下駄箱で上履きから革靴に履き替えながら、ベーデは訊ねてきた。


「駿河はさ、私じゃなくて、コーコやデンから頼まれて同じことになったとしても、矢っ張り相手を殴ったと思う?」

「あ? それは、其の時次第だろ。」


「少なくとも今回は許せなかったってこと?」

「ま、そうかな。」

「それって、私だから?」

「そうだなぁ、…お前の性格からして、手紙一つ書くにしたって、可成りの勇気が必要だったんだろうな、と思ったから。」


「…。」

「待てよ…それを考えたら、俺がしたことは、やっぱり本当に申し訳なかったんだなぁ…。」

「ううん、良いわ。お蔭で実態が分かったんだもの。」

「まあ、次があれば、もう少しましに立ち回るわ。」


「有り難う…何ていうか…私のために。其様な怪我までして。…考えて呉れて…。」

「同ンなじ苦しみも楽しみも分かち合ってきた仲間だろう。それくらい出来ないでどうするよ。今回は失敗したけどな。お節介になっちまった。」

「いいえ、過ぎたお節介なんてことないわ。本当に有り難う…。」


 僕らは、何かすっきりした気持ちで学校を後にした。

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