Ⅲ年 「恋三題」 (2)誠意あるお答え
【ここまでの粗筋】
主人公「駿河轟」は、だいぶ天然な中学三年生。
周囲の人々の援けによって「応援団」と「学業」を何とか乗り越え、周囲の女子達に心配と世話を焼かれる日々。
そんな中、後輩から思いも寄らず突然の告白があった。
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彼女は、また、俯いて拳を握り締めて了った。それを見るだに、彼女は、きっともっと何かを言いたかった筈だと感じ、少しトーンを和らげて続けてみた。
「有り難う。言い度いことはよく分かったよ。もし、良ければ、僕の何処を気に入って呉れたのか、教えて?」
「あ…、私は、対面式での駿河先輩の校歌の歌い様に心を奪われました。そして、偶然にも、応援指導で私のクラスに入って戴いた時の保科先輩、岡山先輩と気の揃った心躍るような応援指導ぶりに、さらに心を惹かれました。ですから、自分の力を活かせる吹奏楽部に入り、幹部候補に名乗りを上げました。勿論、団長ご就任後は、我々下級生を三部共に分け隔て無く常に温かく見守って下さっているお姿を心から尊敬しております。」
「それだけ褒めて貰えると光栄だな。」
「いえぇ、褒めているのではなく、事実で御座居ます。」
「そうか。それなら、もっと嬉しい。」
彼女は、言い度いことを言って少し落ち着いたのか、漸く拳を解き、俯いた姿勢から前を向けるまでになった。
彼女を始めとして、
「はぁ、…
「まあ、そう答を急がないでさ。結婚とは違うんだから、務まるとか務まらないとか、そういうことじゃないだろう?」
「はい、失礼致しましたぁ。」
「君は、僕と付き合い度いって言うんだろう? それとも『彼女』っていう言葉が欲しいの?」
「あ…、う…、正直、違いが分かりません。」
「そうだなぁ。例えば、付き合い始めたとして、今と何処が変わる?」
「えっと、何処かに遊びに行ったり、お話しをしたり。そういう時間が増えると思います。」
「二人だけで過ごす時間だね。」
「はい、そうだと思います。」
「確かに、そういう時間を通して、付き合いを深めてお互いを知るというのは大事だと思う。最初に友人として付き合い始めたとしてもね。」
「はい。私は、今、こうしてお話し戴いているだけでも
「僕も、君のことは好きだよ。話していても楽しい。」
「有り難う御座居ます。えっと、それは、私だけということでしょうか。」
「うーん。突き詰めていけば、団員の一人として好きだというのではなく、一人の個人、田丸絵里として好きだ。」
「…。えーっと、…えーっと…。」
「まあ、まだ答を焦らないで。話し度いことは他にもあるんだ。」
「はい、失礼致しましたぁ。」
「君を団の下級生としてではなく、田丸絵里、個人として知り度い、そういう気持ちもあるよ。だから、二人で話す時間をとり度いという気持ちもある。」
「有り難う御座居ます。迚も嬉しいです。」
「でも一方で、僕には団長という皆から任された仕事もある。」
「はい、お忙しいことは存じております。」
「土曜、日曜は、三年だから学校の予習、復習、進学準備もあるんだ。」
「はい…。」
「時間には限りがあるだろう?」
「…はい…。」
話の行き先が見えてきたのか、彼女の声の調子が段々と低くなってきた。
「今の僕には、
「はい…。」
「でも、小さな時間、学校での休み時間、団の解散後の帰り道、そういう時間を見つけて、僕が空いている限り、田丸絵里という君の姿を知らせて呉れることは大歓迎する。団務があるときは、期待に応えられないことがあるかも知れないけれど。」
「…そう…ですね。私だけが独占するなどというのは無理でした。」
「残念ながら、今の僕には、其の条件が誰に対しても一緒なんだ。何様なに好きな女性に対しても。だから、もし、君の僕への気持ちが薄れないならば、今、お話しした範囲内で、精一杯の君を見せて欲しい。僕も其の範囲内で精一杯の僕を見せる。勿論、それは個人としてだ。」
「…はい。」
「ある意味、根気比べになって了うかも知れないけれど、それが今の僕に出来る最大限の答え、だな。これで良いかい?」
「はい…、分かりました。有り難う御座居ます。」
「一緒に駅まで行くかい?」
「いえ、有り難う御座居ます。此処で、少し頭を整理し度いと思います。」
「そう。じゃ。僕は先に。暗くならないうちにお帰りよ。」
「はい、本当に有り難う御座居ました。」
「此方こそ。」
僕は手を差し出し、コマルは両手で其の手を握ってきた。
「お忙しい中、本当に誠意あるお答えを戴き、有り難う御座居ました。」
「否、精一杯期待に応えることが出来なくてごめんな。」
「駿河先輩の精一杯は、今、団にとって必要なものですから。」
「有り難う。其処まで理解して呉れるのはお前だからこそだな。」
僕は、自身にとってもある種身勝手な「団務」という理由を、理屈で理解して感情を抑えて呉れるだけの彼女を事実、迚も愛惜しく感じたけれど、其処で折れれば彼女の理解が無駄になると思ってそれ以上を言えなかった。
しかし、其様な自分の出した結論に(どうして白黒はっきりつけない。俺はずるい、嫌な奴だな…)と、自己嫌悪になりながら一人で駅に向かった。
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