Ⅲ年 「恋三題」 (1)先輩におかれては…

【ここまでの粗筋】

 主人公「駿河轟」は、だいぶ天然な中学三年生。

 周囲の人々の援けによって「応援団」と「学業」を何とか乗り越えている始末。

 周囲の女子達に心配と世話を焼かれる日々でも、女子の中には、また異なった見方もあるようで…。

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 思春期の男子と女子が、殺風景ではあるが左程さほど広くもない空間の中で、一日の約三分の一を過ごしている。

 そういう状況で、好きだの嫌いだのという感情を生むなという方が無理である。

 三年目にもなれば、時として一時の感情が先走ったり、関心と恋心を早とちりしたり、周囲から見れば滑稽でも当人同士にとってみれば至って真面目な心情表現が真剣に取り交わされることだってないことはなかった。


*    *    *


 時は遡り、新年度の発足式も終わって、練習が順調に進んでいる五月下旬。

 練習の解散後、二年吹奏楽部幹部候補の田丸絵里がやって来た。


「失礼します。駿河先輩におかれては、此の後、お時間宜しいでしょうか?」

「ん? 相談事かい?」

「失礼します。ほんの少し、お時間を拝借致し度く、お願い致します。失礼します。」

「ああ、別に構わないよ。」

「失礼します。では、正門を出た処で、先にお待ち申し上げております。失礼します。」

「うん。」


 相談事ならば、あまり周囲に人が居ない方が良いだろうと、少しゆっくりめに歩き、昇降口から正門へと回る。

 其処そこで、彼女は鞄を両手で持ち、じっと前を凝視して待っていた。


「よう、お待たせ。」


 此方から声を掛けなければ気が付かないほど、前を凝視していた彼女は、驚いた風でもっと目を丸くして、


「失礼致しました。団務お忙しいところ、お時間お取り戴き有り難う御座居ます。」

其様そんな硬くならないで良いよ。校門出たら、『失礼します』は不要だって、言っただろ。」

「失礼します。それが急に言われましても…。」

「まあ、良いや。何だい、どうした?」

「失礼します。さらにお願いで大変恐縮で御座居ますが、明日の放課後、お時間とって戴けますでしょうか。失礼します。」

「明日? 今、此処では話せないことなの?」

「…。」


 彼女は唇をぐっと結んだまま、固まっていた。

 大体、彼女は自治会と応援団吹奏楽部の幹部候補を兼務するだけあって、根が真面目ときている。そして、努力家であることも、誰しも認めるところだった。

 ただ、鳥渡ちょっと感情を表した会話についてだけは不器用で、其処が欠点といえば欠点だった。

 面白いことに、理路整然とした理屈の会話では立て板に水の滑舌で語る一方で、自分の個人的な思いや情熱といったことを語り始めるや、途端に言葉に詰まって了う。

 身長も一六五センチの僕より高いくらいで、女子としては立派なスタイルなのに、妙に言動がちぐはぐで、それはまた愛らしく思われた。《アガリ性》で片付けて了えばそれまでだが。


 《コマル》という渾名も、新人の時に幹部にも同じ『田丸』さんがいらしたことで《小マル》という意味と、自分自身のことになって了うと《困る》癖がある双方の意味から付いたものだった。

 二年女子部の責任者であるソワカと、団の双璧を成しているコマルではあったが、ソワカが剃刀のような切れ味の『判断力』を特長とすれば、コマルはコツコツと努力し、理屈と、表には出ないが『心』で応援団を支えていた。


「明日の方が良いのかい?」

「失礼します。明日でお願い出来ましたら、明日でお願い致します。失礼します。」

「分かったよ。放課後だな。何処で話をすれば良い?」

「失礼します。中池公園までご足労戴けますでしょうか。失礼します。」

「中池? 学校じゃ駄目な話なのか。」

「…。」

 また、唇を結んでだんまりである。


「分かった、分かった。中池公園な。入口?」

「失礼します。入口を入りまして、直ぐ右の電話ボックスの横で四時にお待ちしております。」

「よし、分かった。今日は、それだけ?」

「はいぃ。有り難う御座居ましたーぁっ。失礼致しまーーぁっす。」

「気を付けて。」

「はいぃ。失礼します。」

 彼女は飛ぶように、駅の方に駆けだして行った。


*    *    *


 翌日、時間通りに中池公園に行くと、また、真ん前を凝視した儘の彼女が、両手で鞄を持って待って居た。


「やあ。お待たせ。」

「失礼致しましたぁ、気が付きませんでしたっ!」

「だからな、校門を出たら、それは良いって。それに此処は公園だから普通に話せって。」

「はい、失礼します。あっ…。」

「ま、良いや。で、どうする、どっかに座る?」

「はい、じゃあ、木陰のベンチでも。」


 小高い丘の上にある、木立の中にあるベンチに行くと、学校が終わって直ぐの時間だからか、誰も居なかった。

 僕はハンカチを出して、彼女の座る所に敷いてやった。一中うちではガチガチの礼節許りではなく、こういう方面の教育も可成り徹底されていた。


「お気遣い有り難う御座居ます。失礼します。」

「何? どうしたの。」

「はい。…。」

「さては、団のことじゃなくて、自分のことだな?」

「ひぃ、…どうしてお分かりになりますか?」


 コマルは目を丸くして驚き、此方を向いた。


「どうしてって、お前は自分の感情の事になると、常時いつも『困る』じゃないか。」

「…はい。あぁ。」

「さ、もうバレたから、肩の力抜いて、楽に話してみな。順序立ってなくても大丈夫だから。思いついた順に。」

「あ、申し訳ありません…、有り難う御座居ます。」

「何でも聞くよ。」

「はい、あの…、駿河先輩におかれましては、お付き合いされている方はいらっしゃいますでしょうか?」

「あ? …。」


 彼女の早口言葉のような発言に、今度は、僕が黙って了った。困っていたかと思ったら、今度はいきなりの剛速球が直球で飛び込んできたのだから。


「あ、否、…いえ…其の…申し訳御座居ません…。」


 彼女は俯いて膝の上に置いた鞄の上で拳を握り締めて困っている。

 突然のことで少し驚きながらも、まあ、聞かれただけなので、

「居ないよ。」

と静かに答えた。


「そう…、ですか。」

 困った沈黙が漂っている。


 無理して何かを聞き出すようなことをしても不可いけないと思い、僕はベンチの背に身をもたれて伸びをした。すると、


「失礼します。あの、あの、其の、…私では、不可ないでしょうか?」


 彼女の突然の告白に、此方が声を出さないようにするのが精一杯だった。吹奏楽部でも人気者で、かつ、仲の良い友人にも恵まれている彼女なら、てっきり同期の間での告白相談だと予測していたので、少し戸惑ったのだ。


「も、…申し訳御座居ません!」

「否、謝るなよ。個人的な話じゃないか。謝る必要なんかない…。」

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