Ⅲ年 「女の子たち」 (7)天真爛漫な神々
【ここまでの粗筋】
主人公「駿河轟」は、かなり天然な中学三年生。
先輩や同期の援けによって「応援団」の活動は無事乗り越えてきたが、一筋縄ではいかない様々な特長があり、それ故、周囲の女子にも心配と世話を焼かれる日々。
そんな女子達の日常は、品行方正であったかというと…。
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ベーデは、気のおけないタイプというか、決して容易には人を近づけない其の外見や普段の言動とは裏腹に、自分から気に入った、或いは興味のある人間には男女全くのお構い無しで、
と同時に、其の時期の女の子によく有り勝ちな、男の子よりもマセた成長ぶりを遠慮なく表に出していた。
「駿河。」
「何?」
「○○に貴男の名前で投稿したから。」
○○というのは、今で言うレディス・コミックやボーイズ・ラブ雑誌の走りのようなもので、少女漫画のラブストーリーを美少年同士に置き換えたような作品
「…あんまりある名前じゃないんだからさぁ…。」
「だから投稿したんじゃないの。」
こういう時に、やり返すという手法を取り得なかったのは、矢張り男の子の方が遅れている証左だったと思う。
一年の時から
厳しい
願書を取りに行く、出願に行く、と届け出れば其の日はフリーパス。
受験時期なのだから無駄足喰っていないで勉強すれば良いだろうに、と今でこそ考えても、中三のお子様には「時間は無限にある」ような感覚で、不思議なほど切迫感というものが無かった。
とは言え、学校の周りでは監視の目が厳しい。また姉妹校の周囲でも、流石に喫茶店の立ち寄りは目につく。
だから、わざわざ遠い埼玉やら神奈川の高校に願書を取りに行く。
実際に進学する可能性は低くても、三年間のうちの希有な鳥渡した幸福感というか冒険をし
「ホットケーキっていうのは
ベーデは喫茶店に入ると必ずホットケーキを頼んだ。僕もつられて
「バターとシロップっていう組み合わせが日本人には思い付かないよね。」
コーコが喜々として三段重ねのケーキの上でシロップボトルを回している。
「お前掛け過ぎだって…。」
「良いのよ、これくらい掛けた方が大脳には!」
イチの忠告にも全く耳を貸さない。
「私たちは大抵喫茶店だけれど、男
「牛丼屋か立ち食い蕎麦屋だな。」
「此の間、ジージョさんに見つかった。」
「バカね。
「
「何、それ?」
「喫茶店は贅沢で享楽だけど、牛丼屋と蕎麦屋は何より空腹という側面が同情を誘う。」
「それじゃあ、わざわざ危険を冒す意味として哀しいじゃないの。」
「だって、俺たちには空腹の方が大事だもんなぁ。」
「これだから浪漫の解らない男は厭よ。」
「校則違反に浪漫も何もあるかい。」
「貴男達は、こうしてもう二度とない十五の季節に、見目も麗しいセーラー服の女の子と、
「一体何を言ってるんだ、此のオヤジ娘は?」
「成人雑誌の読み過ぎだ!
「あー、嫌だ嫌だ、付き合い甲斐のない男
後になってみれば、当時ベーデが言っていたことがよく分かる。が、だからこそ矢張り彼女はオヤジ感覚の持ち主だったと言って間違いないだろう。
コーコにしても悪戯で周囲を挑発することにかけては、抜群のセンスを持っていた。一体、何処からそういう技を仕入れて来るのか感心するほど、毎日周囲をからかってはケラケラと喜んでいた。
例えば、僕がヨーサンと正面向いて話しているところに、コーコが後ろから近付いてセーラーの後ろ襟から少しだけ覗いているネクタイ・スカーフを摘んでサッと引き抜いて
引き抜かれたヨーサンは、別に何が見える訳でもないのだけれど、真っ赤になって胸の辺りを両手で隠す。其の様子が余程楽しいのか、コーコは潜水艦のように女子に近付いては此の悪戯を繰り返していた。
かといって、縫い付けたりするようなことも出来ないから、女子としては潜水艦に気を付けるしかない。
一度、コーコがベーデに此の悪戯を試みた。
ベーデも其の名の知れ渡った恐い女子である。
洒落の通じない恐さで言えば、デンかベーデかという双璧だった。
コーコは其の前日にデンに近寄って爆雷を落とされていた。
デンは大柄ゆえに見通しが悪そうなのだが、それでいて敏捷さはピカ一だった。
コーコが近付いて来る気配をどういう理由かいち早く察知し、今しもコーコがスカーフを掴もうとした瞬間に振り返った。
固まったコーコは、「ヤァ…」と言うのが矢渡で、其の直後、デンの重量級の拳骨で撃沈されていた。
デン曰く、
「窓に映ったのよ。」
コーコはデンに敗れたとあっては、更に上位難度のベーデを攻略しなくては気が治まらない。
陽の当たり具合、周囲の状況などを充分に調査して出撃した(本人談)。
幸い攻撃対象は血圧を上げて僕と話している最中だ。コーコにしてみれば、それはベーデが最も油断しているように思えた。
後ろから近付きスカーフに手が掛かった。次の瞬間「ヒャァッ」という声と共に胸を押さえ、赤くなったベーデの姿を見られる筈だった。
が、聞こえたのは、
「グエッ! ヒヤァ!」
という声と、其の後の自分の脳天を直撃する二日連続での爆雷の音だった。コーコは水底深く沈んでいった。
何故コーコが失敗したか。
既にデンが前日攻撃を受けていれば、当然ベーデも感付く。
そこで彼女は小さな安全ピンでスカーフの胸元を裏から止めた。それを思い切り引っ張られれば胸元全体が引き上げられて首に引っ掛かる。
《グエッ》は首に引っ掛かって発した音。
ではスカーフは引き去られなかったのに
それは季節が夏ゆえの悲劇だった。夏服は冬服よりも若干丈が短い。
胸元が首まで引き上げられれば当然制服の正面全体が上がる。
ベーデは《グエッ》の声と共に「不成功、してやったり!」と思ったのは良いが、反射的に首を両手で保護したためにお腹が無防備な状態になり、スカーフを引き去られるよりも《痛い》結果になったのだ。
「…!」
ベーデが無言で繰り出す爆雷の嵐を受けて、コーコは対スカーフ作戦の中止を余儀なくされた。
しかし、コーコも面目を失って其の儘で居るような娘ではない。
ベーデが「次の
コーコは、再びベーデが僕と話している時を狙った。そして背後から静かに近づき、彼女が両足で立っていることを確かめ、作戦を実行に移した。
「ひいやぁぁぁっ!」
最早「其の声」だけで充分に仇を討ったかのような、まさにベーデとしては不覚の、他人には絶対に聞かせ度くないような声を出しつつ、彼女は僕の目の前から忽然と消えた。
それはまるで、下層階全体にダイナマイトを仕掛けられたビルディングが一瞬で爆破されたときのように、真っ直ぐ下へと座り込んで
小学生の女の子だってしないような恰好で、ベーデはスカートを翻してペタンと廊下に座り込んでいた。
そして一瞬の沈黙の後、
「ひぃっ!」
と、腰周りのスカートを押さえた。
別に何が見えているという訳でもなかったのだけれど、女の子の本能的な防衛行動なのだろう。
それを見ているコーコは静かだった。というよりも、声を出せなかった。
声にならない、否、息が出来ないくらいにお腹を押さえて笑い転げていた。そう、まさに立っていることも座っていることも出来ずに、お腹を押さえながら廊下で文字通り《笑い転げて》いた。
ベーデは、漸く落ち着きを取り戻して立ち上がると、まだ笑い転げているコーコを見下ろし、さも忌ま忌ましそうな様子を隠そうともせず、彼女をゴロリゴロリと蹴り転がしては何度か踏みつけ、「見世物じゃないわよ!」とでも言うようなえらい剣幕で立ち去った。
ベーデの不幸は、現場となった場所にもあった。
僕の
しかし、実際に見世物になっていたのは、気高く場を後にするベーデよりも、スカートに上履きの靴跡を幾つも付けた
コーコがベーデに何をしたかと言えば、何のことはない今で言う《膝かっくん》だった。
彼女の勝因は何より最初の獲物としてベーデを選んだことだろう。ベーデもコーコが何かを仕掛けてくるとは予測していても、《ひざかっくん》までは予測が付かなかったらしい。
僕を相手に、普段の通り、血圧最高潮で話をしている最中に膝の裏を押されれば脆くも其の場に崩れ落ちるしかなかった。
ベーデの不覚は思わぬ効果も呼んだ。あまりの見事な崩れ落ち方に、其の後コーコは膝かっくんを封印した。ベーデをして「恥ずかしくて、三日三晩は夜も眠れなかった」と言わしめた崩れ落ち方が気の毒だったからではない。「これは必ず報復される」危機感を持ったからである(本人談)。しかし、その用心も薄れた卒業間近の三月、予餞会という「全校生徒の目の前で」、コーコはベーデに同じ方法で報復を受けることになった。
* * *
こんなベーデもコーコもヨーサンも、凡そ僕と一定期間交流のあった女の子達は、必ずと言って良いほど辛抱強く、僕の「抜けている」部分を地味に地味に矯正、というか「日常生活に支障がないように」諭して呉れた。
其の甲斐があったのか否か、こうして今でも「そこそこ」の困らない生活をしていられるのだと、感謝している。
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