Ⅲ年 「女の子たち」 (6)私には似合わない

【ここまでの粗筋】

 主人公「駿河轟」は、かなり天然な中学三年生。

 目下、応援団の同期「ベーデ」と追いコンでペアとしてダンス披露するために特訓中。

 一方で、駿河には一筋縄ではいかない様々な特長があり、それ故、周囲の女子にも心配と世話を焼かれる日々。

 数学だけ得点が伸びない原因をヨーサンに指摘されたものの、その本質的なところが分かっていない様子にヨーサンは。

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「どうした? 頭痛い?」

「違うの。当の本人がこれじゃあ、確かに、先生も匙を投げるわ。」


「何だよ?」

「良い? もうラストチャンスだと思って聞いてよ。」

「ん?」


「君が特別席だったのは、君に落ち着きが無かったから。授業中に消しゴムを拾おうとして椅子から転げ落ちたり、筆箱や答案用紙を落としたり、問題用紙を風に飛ばされて了ったり、それはそれは私たちから見ていても、もう手に負えないほど落ち着きが無くて騒々しかったから。」

「言われれば、其様なことも…。」

「そうなの!」

「…はい。」


「だから、ジージョさんが『お前は此処に来い!』って特別席にされたんじゃないの。それなのに駿河君ったら嬉しそうに、まるで自慢のように得意にしてて、何様な時間でも先生が話している間は一瞬として落ち着くことがないし、それでいて指名されれば答えてるし、私、オカシナ奴だと思ってた。」

「あらら。」


「最初のうちは、リーダーの練習がきついから動いてないと寝ちゃうのか知ら、とか思っていたんだけど、三条さんベーデに忘れ物を借りまくってるのを見た辺りから、どうも全然関係ないらしいって判って。余計にオッカシナ奴だなって。」


「俺は気にしてないけど、言われていることを客観的に考えると、笑い事じゃないぞ…。」

「ほら、其処も可笑しいでしょ? 自分のことなのに他人事みたいに聞いている。よくリーダーやってこられたわね?」


「…何でだろ?」

「知らないわよ。さあ、話題を元に戻して。屹度きっと答案にも何度も、今日、私が言ったような指摘が書いてあった筈よ。最初のうちは…。」

「ほお…。」


 其処にブッサンからコーヒー牛乳の差入れがあった。


「解決したか?」

「ええ、今までの先生方のご指導を思い出させました。」

「一年半掛けても駄目だったというのに三十分で思い出させたか!?」

「何せ本人は気付いてなかったそうですから。」

「一年半気付かなかったか…。これは此方の予想を遙かに上回ってたんだなぁ。」

 喜んでか呆れてか、ブッサンは笑顔の儘、教室を出ていった。


*    *    *


「戴きましょ。」

 もう牛乳瓶の蓋を開けている。


三島さんヨーサン何処どこ受けるの?」

併設校うえの選抜と、他にはK女。両方受かったらどっちに行くか迷ってる。」


三島さんヨーサンがK女に抜けちゃったら、所謂いわゆる三女子が欠けちゃうなぁ。」

「何? 三女子って?」

三島さんヨーサン内村さんコーコ三条さんベーデ。男子が勝手に自他共に認める一中の三大美人。俺は寂しいなぁ。」

「私が居なくったって、駿河君ゴーチン常時いつも内村さんコーコ三条さんベーデと一緒だから良いじゃない。」


「あれは一緒なんじゃなくて、付きまとわれてるの。」

「傍から見たら一緒よ。仲が良さそうで羨ましいわ。」

三島さんヨーサンくらいの才色兼備じゃあ、三大美人の中でも格が上。近づき難くて畏れ多い。」

駿河君ゴーチンでも、其様そんな言い方するんだ?」

「俺は三島さんヨーサンみたいな良い子じゃあないもの、俗物、俗物。」

「私だって、駿河君ゴーチンが勘違いしているような良い子じゃないかもよ?」

「いやぁ、品行方正。内村さんコーコ三条さんベーデとは大違いだ。立てば芍薬座れば牡丹、歩く姿は百合の花、ってやつだろう。」

「違う、違う。私は内村さんコーコ三条さんベーデと違って要領が悪いから時間がなくて、チャンスをものにするのが下手なだけ。チャンスさえあれば、エイと勇気を出して、此様こんなことだって出来る…。」


 彼女は、机の上に出していた僕の左手の上に、右手を乗せ、ギュッと握った。

 こちらは突然のことに固まって動けなくなって了った。


「あ、私の勝ちね。」

「何? 何?」

「だって、駿河君ゴーチン、赤くなってる、耳たぶまで真っ赤。」

「そりゃ誰だって…。」


「えーっ? 内村さんコーコ三条さんベーデになら抱きつかれても平然としていられる駿河君ゴーチンが?」

「あれは『慣れ』だ『慣れ』。それに奴らは、もう男でも女でもない。」

「私は? 私は女の子だから赤くなった?」

「え…? あ…、そう、かな。」

「半分嬉しくて、半分残念ね。」

「ん?」

内村さんコーコ三条さんベーデほど親しくはないけど、望みは薄くないのかな…って。……!!」


 彼女が話している隙に、下敷きになっていた自分の手をクルリとひっくり返して彼女の手を握り返した。


「はい、同点! 三島さんヨーサン、赤くなった!」

「ばかっ…。」


*    *    *


 其の帰り道。


三島さんヨーサンにも何か御礼をしなきゃね。」

「ううん。先刻さっきも言ったけど、充実した団生活のお礼だから。」

「それは、皆、夫々のものでしょ。」

「じゃあ、何をして貰おうか知ら?」

「どうぞ、何なりと。お姫様。」


「あ、そうだ。それにもお世話になったよねぇ。」

 御側役を思い出したらしい。


「じゃあ…、普通なら、もう此様こんなことも出来ない時期だし。」

 彼女は僕の左腕に手を絡ませてきた。


「えぇ?」

「一度こういうことをしてみたかったの。」

「…そう?」


「私も内村さんコーコ三条さんベーデのように、わだかまりなく一緒にじゃれていれば良かったのかな。」

何時いつでも相手したのに?」

「駄目よ、私には似合わない。」

「そうかなぁ。」


駿河君ゴーチンが団務にストイックだったのと同じように、私が男女関係にストイックだったのは知っているでしょう?」

「まあね。」

「だから、中学校を思い出した時に、一度だけこういうこともあったなぁ、っていうことをしてみたかったの。有り難う。」


「良いのか? 俺なんかで?」

駿河君ゴーチンだから安心なんじゃない。」

「複雑な表現だな。」

「あ、赤くなってる。私のサヨナラ勝ちぃ!」

 彼女は身を寄せて無邪気にはしゃいでいる。


「それだけ出来れば、立派に内村さんコーコ三条さんベーデと一緒だよ。」

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