Ⅲ年 「女の子たち」 (5)気づくか否か
【ここまでの粗筋】
主人公「駿河轟」は、かなり天然な中学三年生。
目下、応援団の同期「ベーデ」と追いコンでペアとしてダンス披露するために特訓中。
一方で、駿河には一筋縄ではいかない様々な特長があり、それ故、ベーデにも心配と世話を焼かれる日々。ちらちらと本音を漏らす彼女の意図にも全く気付かないまま、月日は徒に過ぎていく。
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二学期の終業式まであと一週間となった日、二学期の期末というか、
朝の学活で、担任のブッサンが普段のように澄ました顔で教室に現れ、全員が礼を済ませて着席する。
「では、期末試験の採点答案と
「おぉ…。」
教室にどよめきが洩れる。
朝の学活はホームルーム。成績順のクラス編成ではない。一番から三百二十一番まで、ほぼ均等の成績でホームルームの級友は構成されている。
八クラスあるので、《十傑入り》は一クラスから一~二名出るのがほぼ確率的・統計的には順当なところだった。《十傑入り》とは、だからといって表彰されたりする手合いのものではなかったけれど、相撲で言えば、まあ《幕内上位》入りのようなもので、一つの『よくできました』の桜ハンコのようなものだった。勿論、普段の成績以外で、何らかの大会等で入賞した際も同様に発表される。
「前回は、三島だけでしたが、今回はもう一人。」
「おぉ…。」
ブッサンは、黒板に向かって数字の羅列を二行書いた。
94 98 92 90 94 98 94 88 92 840 93.3 ①
98 52 98 100 96 98 96 94 90 822 91.3 ⑨
ブッサン担当の数学を表す「52」の部分で失笑と拍手が洩れた。
「よくもまあ…、数学が52点なんかで十傑に入れたと思うんですが、他の八教科のうち七教科で第一位、総合で第九位ということで、目をつぶりましょう。二人のうち、一人は三島。」
「はい。」
ヨーサンは、二年生の頃から十傑から出たことがない。というか、総合順位はいつでも一位か二位だった。
「もう一人は、駿河。」
「はいぃ。」
「どちらがどちらの成績か、ということは言わないとしても、まあよく頑張った。ただ、数学52点は、もう少し何とかしなさい。」
「はいぃ!」
僕が大きな声で返事をしたことで、教室が沸いた。
「折角武士の情けで言わないでおいてやったのに…。」
「失礼致しましたぁ!」
「はい。それでは出席番号順に取りに来る。…」
* * *
昼休み、珍しくベーデもコーコも来ず、静かに過ごしていたら、ヨーサンが声を掛けてきた。
「ねえ
「
「
「実際、52点だもの。」
「
「ん~…。」
「よかったら答案見せて?」
「ほい…。」
渡した藁半紙の52点をヨーサンはじっと見ている。
「矢っ張りだ…。」
「何?」
「出来るのに出来てない。ケアレスばっかりじゃないの?」
「ん。あぁ、そうだね。よく言われる。」
「他の教科でケアレスが無いのに、数学だけっていうのは、数字の扱い方の
「ん?」
「ほら、此処の1と7とか、1と4とか、2と3とか、小さく、
「まあ、結果は結果だから。」
「治す努力もしないで結果を受け入れちゃあ駄目なんだよ!」
「…はい…ごめんなさい…。」
「これ、意外と簡単に治るから、今日の放課後に特訓してあげる。」
「良いよ、
「少し遅いけれど、定期戦を充実して終えられたことのお礼よ。それにちゃんと今度の選抜に通らないと一緒の高校に上がれないでしょ?」
「そうだねぇ…。」
「ブッサンに居残りをことわっておくから、逃げちゃ駄目よ!」
ヨーサンには珍しく強硬に決めつけ、さっさと出て行って
放課後、ベーデとコーコが覗きに来たけれども、
「今日は、三島さんに絞られるから一緒には帰れません!」
と追い払った。コーコは、なおも、
「何? 何のお勉強よ?」
と食い下がっていたけれど、ベーデが不機嫌そうに、
「駿河は私達なんかと遊んでる暇は無いんですって、行きましょ。」
とコーコの腕を掴んで連れて行って了った。
静かになった教室で、
「じゃ、これを五分で解いて。」
「
入試によくある四則計算の問題がずらりと並んでいる。
「
ヨーサンの合図で解き始める。二人一緒に解き始めた筈が、彼女はアッという間に終わっている。
「はい、終わり。」
答案に直ぐに○つけをするヨーサン。
「よく、
「私、
「へぇ…。」
「それより、此処の1、7、4、全部置き間違い、見間違い! ちゃんと書くなら書く、置き数字なら置き数字で分かるように書く。ごちゃごちゃゴマつぶみたいな数字を書かないの!」
「はい…。」
「じゃあ、次、スタート!」
それを五回くらい繰り返すうちに、点数は確かに満点に近付いてきた。
「ほら、直ぐに変わった。こうして自分で書き方を工夫して、下書きなのか清書なのかはっきりさせることに気をつけさえすれば、30~40点くらいじきに上がるわよ。」
「おぉ!」
「証明問題に強いんだから、左程配点の変わらない計算問題で得点を失っていたら勿体ないじゃない。」
「そうだな、でも
彼女は目を丸くして、其の後、椅子に座り直した。
「
「…はい。」
「二年生のとき、ジージョさんの数学、一番前の席だったよねぇ?」
「そうそう。」
「それも、皆と同じ向きじゃなくて、一人だけ、
「そうそう。よく覚えてるね?」
「
「何でだったかな? でも特別席だったんで嬉しかったのは覚えてる。」
「…。」
無言で考え込んだ僕の目の前で、彼女は額に手を当てて俯いている。
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