Ⅲ年 「女の子たち」 (3)一つだけにしなさい
【ここまでの粗筋】
主人公「駿河轟」は、かなり天然な中学三年生。
応援団の同期「ベーデ」の家に「お呼ばれ」した駿河は、ダンスが出来なかった自分の不甲斐なさが気になり、捲土重来を誓う。
顧問の華和先生によるダンス指導も取付け、ベーデには追いコンでペアとしてダンス披露することを確約させるが、駿河には一筋縄ではいかない特長があった。
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そうかと思えば最後の定期戦の前日。
「
明日の搬入荷物を覗いている僕の頭上からコーコの声がした。
「ん? 器材の確認。」
「
「
「駄目だよ。
コーコは僕の襟首を掴んで、引っ張った。
「分かった、分かった。あぁ、そうだな。」
「それに
「そうだっけ?」
「・・んっとに、
「自分の頭で考えていることだけは確かなんだけどな。」
「これで自分の頭で考えてなかったら、どうかしてるよ。アブナイって。」
* * *
三年の時は兎に角頻繁にベーデの学級を訪ねていた。別に恋しいからではない。止むに止まれぬ事情があってのことだ。
後ろの扉を開けて、少し前に居る彼女の後ろから、怒られない程度の声を掛ける。
「ベ~デ~?」
「何よ、間の抜けた声で呼ばないで頂戴。
「お前はベ平連か?」
「関係ないわよ! 何?」
「数学の教科書、貸して呉れぇ。」
「シィッ! 大きな声で言わないでよ。見つかったら私まで叱られるでしょ!」
そうは言っても、三年にもなれば闇での貸し借りは横行する。なぜ、わざわざベーデの学級に行くかと言えば、彼女は僕とは「重ならない」時間割の構成、それだけのことだ。
「…貸して呉れぇ…。」
「…今頃小声で言っても遅いわよ!…ほら。」
「…ありがと…。」
目立たないように僕の学生服の中に数学の教科書を押し込んでくる。
「あとね、もう一つ…。」
「何よ! まだ何か忘れたの?」
「学年章…。」
「はぁ?! 馬っっ鹿じゃないの? 何だって襟にネジで付いてるような
「学校に来たら無かったんだ。」
「今日、貴男達はいつ服装検査なの? 『朝』?じゃあ終わったらちゃんと、昼休みまでに返してよ!」
「勿論。」
セーラー服の襟からⅢの数字を外して呉れる。彼女は時間割の構成同様、服装検査は僕と違い、午後の遅い時間と決まっていた。
「ほら! これって購買で買うと高いんだから。失くさないでよ!」
昼休みが終わる直前の予鈴が鳴った時、
「駿河ッ!」
僕の学級の前扉が開くと同時にベーデが顔を出して叫んでいる。
「あ?」
「早く返しなさいよ!」
「ん?」
「
「あ、そうそう、数学の教科書だったな…。アタタ!」
「…だから大きな声で言わないで頂戴!…もう一つ!」
「え? アタタ。」
「思い出した?」
「えっと。」
「もう、良い!」
「あ、こら…。」
ベーデが僕の学生服の襟ホックを乱暴に外し、第一ボタンも外しにかかる。
「アラアラ。」
一番前の席に座っているヨーサンが笑っている。
「コレよ! コレ! 貴男、人にものを頼む時も一つだけにしなさいよ!」
「アイタタタ!」
ベーデは僕のおでこにグイイイッと学年章を押しつけ、ピシャンと扉を締めて走って行った。
「駄目だよ、
「あはは。」
「アハハは其のおでこだよ。くっきりⅢの跡が付いてるよ」
ヨーサンはお腹を押さえていた。
* * *
「ベ~デ~?」
「厭よ!」
「コ~コ~?」
「居ないわよ。」
「イチ~?」
「コーコと一緒よ。」
「ベ~デ~?」
「
「体育で着替え中だった。」
「…何よ?」
ベーデが嘆息を
「英語の教科書を貸して呉れぇ。」
「お客様、どちらに致しましょう。New Horizon, New Prince, New Crown, Total English, Oxford Elementaryと御座居ますが?」
「Oxfordを一つ。」
「一つしか無いわよ!」
英語では毎年、教科書を五種類使っていた。表向きというか最初に始めるのはNew Horizonで,これは夏休み前までに終わって了い、其の後、順次四つの教科書を使う。
「ハイ!」
「顔に押し付けんなよぉ! 鼻が痛いだろ?」
「これくらいのインパクトで貸してあげれば忘れないでしょ? 手を出しなさい! 良いから早く! 出さないと顔に書くわよ!」
ベーデから物を借りる時、依頼事を受ける時は、必ず
「うわ、ひでぇ!」
「何よ! それなら忘れ物癖を治しなさいよ! まったく一年の時から全然治ってないじゃないの!」
ベーデと一緒の学級だった一年生の時は、まだ要領が悪くて忘れ物が全て露呈し、其の度に正座か拳骨、ビンタが日常茶飯事で、ベーデに呆れられていた。
「駿河って、授業で叩かれて、練習で叩かれて、よく平気で居られるわね?」
「叩かれ続けてる方が途中に『休み』が入るよりきつくないかも…。」
「馬鹿なこと言ってないで、ちゃんとしなさいよ!」
三年になっても彼女の言う通りにはなれない僕の右手には、英語の教科書を借りた証として「FOOL《ばかもの》!」と書かれていた。
「あとね、此の間みたいに書き込みをして返すのは止して頂戴! 先生の指示で止むを得ず書き込む時はちゃんとノートに書き写して、教科書の分は消してから返して!」
「他のところまで消すかも知れないぞ。」
「…前言撤回、良い、其の儘で返していいわ。そうよ! 此の数学の教科書は何?!」
「ああ、此の間、ありがと。アイタタ!」
彼女は教科書の背で思い切り、ガツンと僕の頭を叩いた。
「ありがとじゃないわよ! これを見なさいよ!」
「ああ、そうそう、よく出来てるだろ?」
「何故『
「これってプラスチック消しゴムで簡単に消えるって知らなかった?」
「
「
「そう思ったら裏返して名前を見なさいよ!」
「…ごめんなさい。」
「良いわよ…。授業中、然もブッサンの時にこれを成し遂げたバカさ加減に免じて今回は許してあげる。」
「ありがと。」
「一度で良いから、貴男にこういうこと以外で御礼を言われてみ
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