Ⅲ年 「女の子たち」 (1)一矢報いるには
【ここまでの粗筋】
主人公「駿河轟」は「応援団」で活動する中学三年生。
年間の最大イベント「定期戦」も無事終了し、ベーデの家に「お呼ばれ」した駿河は、彼女にダンスに誘われるが、初心者であることをたてに何とか逃げ切る。
「お呼ばれ」企画の首謀者であるコーコは、その真意を駿河に告げるが、根っから天然の彼にはそれが伝わっている様子もない。
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自分の誕生日も近いというのに、其の日は朝から、妙に憤慨していた。
(大体、ダンスが踊れないから、何だっていうんだ。)
(西洋人じゃあるまいし。)
(和歌なら幾らでも詠んでやる。付け文だって幾らだってしてやる。必要なら、だ。)
(でも、どうしてダンスなんだ?)
(英語が共通語なら、ダンスは共通の意思表示か?)
(いやあ、知らん、知らん!…て、
* * *
正直、ベーデの家で彼女とコーコに言われたことは、著しく自分のプライドを傷つけた。(
其の憤慨に
まだ精神的な成長が女子に追い付いていない男子としては、愉快なことよりも、不愉快なことの方に許り気を取られて損許りするように出来ている。
「ピアノは弾けるのに、ダンスは出来ないの?」
「減点だよねぇ。」
彼女等にとっては、何気ない一言だったかも知れないが、僕には我慢がならなかった。放っておくとまた付け上がるから、何としても鼻をあかす、否、一矢を報いねばならない。
其処で体育科の教官室に相談に行った。すると思いも寄らない答が返ってきた。
「ああ、社交ダンスなら、此処より保健室だ。
(
もう幾度か登場しているが、エビさんとは勿論渾名だ。しかし、先生方の間でも通用しているので本名だと思っている人間も多い。
本当は「
何れにしても、ご本人が「エビさん」と呼ばれても怒らないので、それで通っている。医師免許を持ち、何を好きこのんでか、此の学校の保健室で一日中、生徒相手にくだをまいている養護・保健医担当の先生だ。
普通、保健医の先生と言えば優しいと相場が決まっているのに、此の男子校のような学校では、エビさんは誰よりも強く、かつ怖い、というか恐ろしい。まだ三十歳に届くか届かないか(正確に追及しようものなら無言で蹴り飛ばされる)の若さで、容姿は極めて端麗な半面、兎に角、厳しく・激しく・熱い。
保健室の扉を開けると、
「いらっしゃーい、あ? どうした?」
ここで鳥渡でも淀んだ申告でもしようものなら、「詐病」を疑われて叩き出される。
実際には、保健委員の女子生徒が、てきぱきと動いているので、
怪我の手当をして貰った後に、「しっかり歩きなさい、ぼーっとしているからよ」と頭を殴られるくらいは当たり前。少しでも馬鹿にした態度でもとろうものなら秒速で平手が飛んで来る。保健室に行く前よりも行った後の方が《痛む》箇所が増えているなんてことはざらだった。
筋肉痛や怪我の多い応援団の僕らにとって、専攻が整形外科だったエビさんは顧問として、直接のお世話になることも多かったが、「エビさんの所に行くくらいなら、オキシドールと絆創膏と湿布薬を常備しておいた方がましだ」と言うくらいに敬遠されていた。
団員が敬遠していても、団員の日常の健康管理も担当しているので、時折練習に抜き打ちで現れては、「此様な頭の悪い練習の仕方をしろと言ったのはどこの誰!」と、上級生の頭を男女おかまいなく片っ端から張り飛ばしていく。ここで当日の練習当番がすぐに出てこなければ、後々、団長が叱られる。
これを僕らは
勿論、
しかし、その現れ方と呼びつけ方を、通り掛かりの一般生徒が見るだけでは、そんなことが分かるわけもない。
そこで『親愛なる』『敬愛する』
其様なエビさんの牙城、保健室の扉を叩く。
「自分で開けて!」
「ちはっ! 失礼します。」
「あー、煩い、応援団ってどうして、そう不必要な声の大きさなのか知らね!」
其の声は僕らの数倍大きく通る。
声が小さければ小さいで「元気が足りない!」と叱られる。保健室に来るのだから、普通は「元気がない」と思うのだが、先の通り、団のOGでもあるから。何につけ、頭が上がらない。
「…失礼します。」
「分かったわよ。あぁ、駿河ね。頭痛薬か胃痛薬なら
いきなり「忌憚のない」「辛辣」のオンパレードであるが、全く悪気はなく、寧ろその言葉の裏の「心配」だけが本心である。
「あ、いえ…、今日は頭痛でも胃痛でもないです。」
「じゃあ、何?」
普段の通り、隙あらば叩いてやろうというくらいの眼力で、睨んでくる。
「あの、ダンスを…」
エビさんは、一体僕が何を言い出したのか、とでもいうように、呆けた顔に変わった。
「あ、
「
「えっと、そうではなくて、一矢を報いるというか、男のプライドというか。」
「何よ、はっきり言いなさいよ、じれったいわね。」
「彼女の家で、一緒に踊ろうと言われたんですが、僕は社交ダンスを知らなくて。」
エビさんが一瞬黙る。
「あーら…、もっと驚いたったらありゃしない。。敵の本丸まで招待されたの? 然も、大将直々のお誘いで?」
「あの…、先生、もう飽き飽きだというのなら、他に行きますので。」
「誰が教えないって言ったのよ。事情が違うみたいだから面白そうね。」
大変貴重なエビさんの笑顔が見えたが、それは笑顔というより不敵な笑いというか、此方の背筋がゾクっと来るような代物だ。
「教えて戴けるんですか?」
「事と次第によってはね。実際、これまでのダンスをどうして彼女が気に入らないのかよく分からないのよ。」
「はぁ…。では、宜しいのですか?」
「そうねぇ…。三条と貴男が踊る場面を見せて呉れるのならば教えてあげても良いわよ。」
「いやぁ。それは、ベーデ…いや三条がなんて言うか。」
「あぁ、そうだわ。そうよ、応援団の追いコンがあるじゃないの。あれで見せてよ。」
「げぇ! 追いコンでですか? 更に厳しいなぁ。」
「じゃあ、良いわよ、他を当たって頂戴。」
「分かりました。三条に聞いてみます。失礼しました。またご報告に来ます。」
「待ってるわよ!」
* * *
これは余計厄介なことになった。藪を突いて蛇を出す、とはまさにこのことだ。
確かに、追いコンでは幹部の余興がある。
エビさんにしてみれば、格好のテスト結果の発表場所というところだろう。幸か不幸か、彼女との余興ネタはまだ決めていない。
ただ、そういうことにこのダンスを使われることをベーデが了解するとは到底思えなかった。
(ま、いっか、当たって砕けろだ。)
僕は、其の足でベーデの学級に行き、コーコが居ないことを確認した上で、呼び出した。
「何よ、『ダンスのことなんだけど』って。踊れるようにでもなったの?」
「
「だから?」
「追いコンの演目にして良いかな。」
「…。」
ベーデは、
(不可いっ、雷が落ちるか…)
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