Ⅲ年 「お呼ばれ」 (5)偶像

【ここまでの粗筋】

 主人公「駿河轟」は「応援団」で活動する中学三年生。

 団長就任からの難局続きも、年間の最大イベント「定期戦」は全員の協力で無事終了。

 ベーデの家に「お呼ばれ」した駿河は、彼女とコーコの話術と策略に載せられ、続々と自己の経歴を白状させられることに。

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 お子様扱いの次は、二人して僕を馬鹿者呼ばわりしてご機嫌だ。


「で、其の後は…。」

「なぁに? 二年だけでまだあるの?」

「あんた、節操とか、限度とかって言葉知らないの?」

「…何だ? お前、これ、何か入れただろ?!」

 彼女達の言葉よりも、何か自分が妙に饒舌になっているのがオカシイと思っていたら、コーラの味が変だった。


「あら、分かった?」

 ベーデがサイドボードの上にある、ウィスキーの小瓶を指差した。


「あちゃー、どうして、お前たちは、いっつもそうなんだろうなぁ…」

「まぁ、まぁ、酔っぱらうほど入ってないって。」

「で、其の後は? どうなのよ?」

 コーコは僕の右腕を揺り動かすように急かす。僕は良いカモだ。


「二年はもう無くて、三年になってから…」

「から?」

「二年の女子部兼放送局後輩の細川ソワカと、吹奏楽部幹部候補兼生徒会の田丸コマル。」

「今度は二人同時かい?」

 コーコは口を開けたまま一瞬身を引き、信じられない、という顔で見ている。


細川ソワカは気になっていて、田丸コマルからは告白されて。」

「そうねぇ、細川ソワカは、キレ味鋭いもんね、駿河が気になるのも分かるかな。」

 個人的にソワカと親交のあるベーデが肩を持つ。


田丸コマルだって心遣い細やかだし、そりゃあ、良い女だよ。」

 今度は、コマルと親交のあるコーコが肩を持つ。


「それで、どうなったの。」

 コーコはメモでもしそうな勢いで訊ねてくる。


細川ソワカは、生徒会の男子が好きでさ。コーコが言うとおり田丸コマルは凄く良い娘だから嫌いじゃなかったんだけど、なんか、其の、同時にそういうことがゴチャゴチャ起きると、もう消化不良というか、結局、修学旅行の後くらいには全てリセット。」

「あちゃー…」

「目も当てられない惨状ね。」

「じたばたした割には、兎一羽獲れなかったってやつだ。」

 好き勝手なことを言っている。


「お前らさ、俺から此様こんななこと聞き出して。全部オフレコだぞ!」

「分かってるって、少なくとも卒業までは解禁にしないから。」

 コーコが胸に手を当てて誓っている。


「でさぁ、それから今まで、三~四か月ある訳じゃん。」

「まだ、あるんでしょう?」

「あ?」

 僕は、もう良いか、というか、ほろ酔いに押し流されていた。


「修学旅行の前くらいから…。」

「から?」

 また二人が身を乗り出す。


「吹奏楽部の三島さんヨーサンが、良いかな、とか。」

「今度は連合全体のマドンナ? 『良いかな』で済むような相手じゃ無いわよ? それにしても相手のスケールだけは順調に成長しているわね。」

「ここまで聞いていれば、駿河の場合、好きとか嫌いとかじゃなくて、単なるアイドルとかファンの場合が多いんじゃないの?」

「そうそう。まともな恋愛、っていうものに近かったのは半分にも満たないんじゃない?」

 二人とも身を引いて顔をしかめている。


「なーんだよ。お前ら、人の話聞いておいて、今度は説教かぁ?」

「で? 三島さんヨーサンには告白したの?」

「してないよ。」

「するの?」

「んなこと、わかんねーよ。」

「しなよ、しなよ、ほら、幹部選任の時、三島さんヨーサン、凄く駿河君ゴーチンのこと高く買ってたじゃん? 普通、吹奏楽部の人間が団長人事に口を挟まないよ。況してや彼処まで確定的に。」

 コーコが無責任に嗾ける。


「そう言えば、何かに付けて、三島さんヨーサンは駿河の肩を持つわよね。」

「あれは、違うって。違うんだよ…。」


 あの御側役おそばやく以来、他にも何回かの御側役おそばやくを務めたり、其のほか、吹奏楽部との調整で時折団内での相談事をしたり。

 彼女とはそういう少しだけ特別な関係としての信頼感もあり、確かに仲は良かった。それでも、彼女は常時いつも「団内で中立性を保っている駿河君に変な噂が立っちゃ不可いけないからね」と言いつつ、常時人の見ていない処でササッと用件を済ませるのが常だった。


「何? 怪しいぞぉ。」

「どう違うっていうのよ?」

「良いんだよ、それについては。兎に角恋愛とは別の問題なんだよっ。」

 両側からステレオで質問されて僕は、半ばぶっきらぼうに答えた。


「貴男はそう思っていても、向こうはそう思ってないかも知れないわよ?」

 ベーデが食い下がってくる。


「そうそう、駿河君、これまでの実績からみて鈍感の権化だから。」

 コーコが喜んで同意する。


「何だよ、お前ら、随分奥歯に物の挟まったような言い方するじゃないか?」

「い・い・え、何でもないわよ。貴男が恋愛とは別の問題と言うのなら、そうなんでしょう。」

 そう言い放った後で、ベーデはグイとグラスを干した。


 僕は、話し草臥くたびれてソファに身を沈め、コーラの中の氷を舐めて喉を潤している。


駿河君ゴーチンってさぁ、下級生にはファンが多いんだよ。何か、応援団の中の意外性って感じで。」

「そうそう、一年生の女子なんか、特に。信じられないことに、隠し撮りが出回ってるわよ。貴男でさえ。」

「人を珍しいモノみたいに言うなよ。それに、それって、それこそお前たちのいう『ファン』や『アイドル』だろ。団長ってもんは目立つから、下級生にとっては一番お手軽なミーハーの対象なんだよ。」

「何よ、それ?」

「八幡さんと、末長さんに釘を刺された。呉々も、ミーハーなことに心を動かされるな、それはお前という人間じゃなくて、『団長』に、『学生服』に恋をしているんだ、と。」

「アッハッハ…そうか、それで、八幡さんも末長さんも手紙待ちの列が無かったんだ。伝統なんだね。」

 二人して大笑いしている。


「それって、まあ、言い得て当たっていないこともないわ。そうね、そうかもね。」

「特に駿河の場合は、加えて『変わったモノ』としての人気だから要注意かも、だわ。」

「また、馬鹿にしてるだろ。」

「いやいや、貴男つくづく純情だわ。」

 ベーデが珍しく涙を流すほど笑っていた。

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