Ⅲ年 「お呼ばれ」 (4)怪しい滑舌

【ここまでの粗筋】

 主人公「駿河轟」は「応援団」で活動する中学三年生。

 団長就任からの難局続きも、年間の最大イベント「定期戦」は全員の協力で無事終了。

 コーコの謀略でベーデの家に「お呼ばれ」する羽目になった駿河は、彼女達の恋バナに載せられ、まんまと自己の経歴を白状させられることに。

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小林ヘルツさんだったら、卒業式の時、手紙待レタまち(想いを伝える手紙を渡す人間が列をなすこと)だったでしょ?」

「ん。凄かった。」

「だろうねぇ。私たちも、男子の先輩とか、一通り挨拶したから分かる。リーダーも女子部も列の長さには違いがあったけど、みんな手紙待レタまちだったから、容易に想像出来るよね。」

「それで、駿河は告白できたの?」

「三年の男子の先輩ばっかりだったから、少し離れて順番待ってたら、途中で小林ヘルツさんに呼ばれた。」

「『坊やは対象外だからお帰りなさい』って言われた?」

小林ヘルツさんだったら、人格者だから其様そんなこと言わないよ。もっとやんわり、先に『お疲れ様、頑張ってね』でお終いだよね?」

「否、『駿河君は一番最後にお話ししいから、座って待っていて』って。」

「げぇ?」

「凄いじゃん、特別扱い?」

「で、待ってたの?」

「かれこれ三十分くらい…。」

「其の間、他の先輩方が告白しては玉と砕け散っていくのを見ていた訳だ。」

「玉砕っていうか、手紙渡すだけの人も居るからね。」

いやぁ、手紙を貰うだけ、っていうのは、既に『お気持ちだけ戴きました』ていうことで×なんだって。OKの相手なら、其の場で返事するのがお約束なんだよ。」

「え? そうなの? うわぁ、厳しいねぇ。」

 僕のことなど其方そっちけで、コーコとベーデが盛り上がっている。


「で? 最後に駿河君ゴーチンは忘れられずに、ちゃんと話せたの?」

「最後の人が済んで、鳥渡ちょっと経って、もう周りに殆ど人が居なくなってから、改めて呼ばれたよ。」

「それから? どうしたの?」

小林ヘルツさんがベンチに座ってさ、両手をこう膝の上に置いて、背筋をシャンと伸ばして『はい、どうぞ』と仰有ったんで、其の前に立って、『失ー礼します。応援団リーダー部一年、駿河轟。小林先輩には、最初の入学式から、最終最後のご卒業に至るまで大変お世話になり、有り難う御座居ましたーーっ!』てやった。」

「一応、挨拶したんだ?」

「馬ッ鹿じゃないの? 最初からムードぶち毀し。」


「それで? 小林ヘルツさん、どうしてた?」

「きちんと膝の上に手を置いた儘、ニコニコしながら座っていらした。」

「そりゃあ、笑うしかないよねぇ。」

「まさか、それだけで終わった訳じゃないわよね?」

「『駿河君、よく頑張ったね。』て言われた。」

「まあ言うわね。其処までは。」


「それから、駿河君は?」

「『失礼します。小林先輩には、並々ならぬお気遣いを戴き、心の底からの尊敬と感謝を申し上げると共に、女性として深い愛情の念を抱いております。失礼します』ってやった。」

「言うじゃん!」

「『愛情』ときたか、一年坊主の分際で。」

小林ヘルツさん、今度はどうきた?」

「相変わらずニコニコしながら『私も駿河君のことは大好きだよ。応援団の一年生の男の子の中では一番好きだった。一緒だね。』て。」

「んーー、なんか上手く躱されているなぁ。」

「でも流石だね、大人だねぇ。『応援団の一年生の…』あたりは、上手い誤魔化し方だよ。」


「それで終わり?」

いや、『私は、君が今、見ていた通り、誰からの思いも受け容れなかった。それは、私が愛していたのは応援団だったから。高校に進学しても、屹度きっと同じ道を辿ると思う。私は此の儘併設校うえに進学するわ。約束通り、私は君のことを決して忘れない。高校で一緒になれたら、そして想いが変わっていなければ、其の時、もう一度、同じことを言って呉れるかな。』だって。」


「うーん、なんか凄く深いぞ。何?」

「でも、難しいこと言われて誤魔化されてない?」

屹度きっと、高校で告白したら、また同じこと言われるんだよ、『今度は大学で…』て。」


「俺もそうだと思う。」

「でしょう?」

「矢っ張り流石だな。咄嗟とっさ其処そこまでの事を言えるのって、小林ヘルツさんくらいだよ。」

「だから、連合で初の女性渉外責任者ネゴシエータを務めた訳でしょ?」

「…鳥渡ちょっとというか、可成かなり憧れるよねぇ。其の話術は。」

「決して相手を傷つけず、期待も少し持たせつつ、さらりと、か。」

 彼女達は勝手に感動している。


「ねえ? それで終わり? まあお約束通りっていうか。さっぱりしてるわね。」

いや小林ヘルツさんが立ち上がって握手したら、いきなり抱き締めて呉れた。」

「ひぇーーっ? 何それ? 鳥渡、どういうこと?」

「駿河、それでどうしたの?」

「どうするも何もないって。咄嗟のことで、気をつけした儘、固まってた。」

「そりゃそうだよ。当たり前だぁ。駿河君じゃなくてもそうなるわ。」

「抱き締めただけ? 何かされた?」

「ん? 抱き締めて、背中を叩きながら『よく頑張ったね、一番心配していた。無理だと思っていた。でも、ちゃんと此処まで来られたでしょう? 良い? 何様なに苦しくても、必ず、必ず最終最後まで遣り遂げるんだよ。』って、言いながら泣いていらした。」


「…そりゃ、完全に『母』の愛だわ…。」

「あぁ、恋じゃあないねぇ。」

「最後に廻されたのも頷けるわ。」

「矢っ張りそう思う?」

「それ以外、どういう愛の種類が当て嵌まるっていうの。」

「『出来の悪い子ほど可愛い』ってやつだわ。」

「そうだな…。」


「それから?」

「両手で堅く握手して、『来年も、再来年も、定期戦見に来るから。駿河君が居るかどうか確認しに来るから。』と仰有って帰られたんで、『失礼します。有り難う御座居ましたーーーっ。』て。」

「最後まで良いお母さんだったねぇ。」

「でも、考えようによっては、何様どんな愛にせよ、愛されていることが確認出来たんだから、良かったんじゃない?」

「まぁね。絶対に辞められないな、と思った。」

「成る程ねぇ。」

其様そんなことがあったとはねぇ。」

「さあ、次は? 二年生。」

 コーコが畳み掛けてくる。


「二年の最初は、香港帰りのカナちゃんに気を惹かれて。」

「なんだ、全部王道ばっかじゃん。」

「もしかして、駿河ってミーハーなの?」

「自分の気持ちに正直なだけだけどな。」

「ふーん、それで? 告白したの?」

「否、しなかった。意外と話が合わなくて、これも案外簡単に冷めた。」

「もっとつまらない結果だなぁ。」

 他人事だと思ってコーコが勝手なことを言っている。


「そうこうしているうちに…、此の辺なんか絶対オフレコだぞ。K2から告白された。」

「K2?!」

 コーコが素っ頓狂な大声を出した。


「何、何?」

 ベーデがコーコを叩いている。


「本名・小島景子、頭文字がK.K.で、然も小学校の時からの難攻不落で、だから登頂最難関・K2っていう渾名になったくらいなんだよ。なんだって其のK2が駿河君に?」

「ふーん。人気がある娘なんだ、それで?」

 ベーデが興味深そうに探りを入れてきた。


「科学の実験が同じ班でさ、何か実験の手際の良さを見ているうちにどういう理由か好きになって呉れたらしくて。でも本人から直接じゃなくて、同じ学級クラスの女子を通じて突然言われたんで、俺、全く状況を理解出来なくて、『ぇえ? 本当? いや、そんなことはないでしょ。』とか言って驚いちゃって。なんか、傷ついちゃったというか、冷めちゃったみたい。」

「馬鹿だねぇ…。K2をフった唯一の男が居るって聞いてたいけど、まさか此の馬鹿だったとは…。」

「大馬鹿者だわ。乙女心を何だと思っているのよ。」

 言葉の割には、二人とも至極機嫌良く喜んでいる。

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