Ⅲ年 「お呼ばれ」 (3)冷やかすなら話さない

【ここまでの粗筋】

 主人公「駿河轟」は「応援団」で活動する中学三年生。

 団長就任からの難局続きも、年間の最大イベント「定期戦」は全員の協力で無事終了。

 コーコの謀略でベーデの家に「お呼ばれ」する羽目になった駿河だが、徐々に彼女達の術中にはまりつつあり?

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「いやぁ…あたしの部屋の軽く四倍はあるな…。」

 コーコが目を丸くしている。


「俺の部屋の…何倍か分からない…。」

 開けた扉の向こうには、小さな教室くらいの部屋が広がっていた。


 白とダークオークを基調にした部屋には(どうやって掃除するんだ?)と思うような毛足の長いカーペットが敷かれ、奥の壁際にはステレオコンポとアップライト型のピアノ、その上に、マリア様の絵が飾られている。

 隅には、おそらく無垢の木で造られた勉強机があって、整然と片付いている。横には、平常ふだん着ている制服が掛かっていた。

 中央にはガラスのテーブルがあり、其の回りに簡単なフロアソファが置かれている。


「どーして、自分の部屋だっていうのに、応接間みたいになってる訳?」

 コーコが彼方此方見回しながら驚いている。


「知らないわよ。物心付いた時にはこうなっていたんだから。然る可き年齢になってお友達が来たら、きちんとお迎え出来るようにって。」

「確かにきちんとお迎えされてるな…。あれ、内村さんコーコは、来たことあるんじゃないのか?」

「ないない、初めてだよ。」

 二人揃って声を失いながら、目を泳がせていた。


「コーコ! 家宅捜索しないでって言ったでしょ?! 何探してんのよ!」

「あはは、いや、煙草でも隠してやしないかと思って。」

「欲しいなら机の二番目の引き出しの一番奥の辞書カバーの中よ! もう、良いから、座って!」

「あはは、欲しくない、欲しくない。」

 ベーデの一喝で、其処彼処そこかしこを眺めていたコーコが笑いながらソファに腰掛けた。僕はその横、そして正面にはベーデが腰をかけた。


「ねぇねぇ、どこで寝てるの? もしかしてお布団とか畳んで仕舞ってる訳?」

 まだ落ち着かない様子のコーコが不思議そうに尋ねた。確かに一見したところ、寝具らしき物が見当たらない。


「…。」

 ベーデが無言で指さした先、カーテンの掛かった一角がある。


「何?」

彼処あそこよ。ベッド。」

「へ? 何? 天蓋付き? うひゃあ、其様そんなの絵本でしか見たことないぞ。お姫様だぁ…。見て良い?」

 止める暇もなくコーコは立ち上がって覗きに行って了った。


「何か飲む? といっても、此処にあるのは缶ジュースくらいだけど。」

 ベーデが室内の小さな冷蔵庫を開けながら訊ねてきた。


「…あ、お任せー。」

「俺も。」

 何処へ行ったのか姿の見えないコーコの言葉に僕も従う。


 グラスにコーラを注ぎ、氷を入れて呉れる。

「コーコ、何処行ったの? 厭よ、変なとこ入っちゃ!」

「こっちの扉、何? 追っ手が来た時の抜け道?」

「此処は吉良邸じゃないわよ。パウダールーム。」

「開けて良い?」

「何も無いわよ。」

「ひゃあ、お風呂場だぁ!」


 パウダールームというものが何なのか、なぜ自分の部屋から直接お風呂場に行けるのか、座った儘の僕は、コーコの報告に頭の中が混乱していた。


「もう良いでしょ、戻っていらっしゃいよ…。」

「あー、いやいや前言訂正。私の部屋の八倍はあるわ。」

「部屋なんか何様どんなに広くたって、人間、自分が居る場所は半畳分くらいよ。」

「まあ、そりゃそうだ。」


 ベーデは全く意に介さない様子で、淡々としている。綺麗に拭かれて透き通った窓からは緑の木立が見え、つい先刻までハチ公の交差点に居たとは信じられない静けさだった。


「ねえ、駿河君ゴーチンってさ、誰か好きな女子居るの?」

 戻ってきたコーコが此方を振り向きざまに訊ねてきた。


「うぇ、なぁんだよ、藪から棒に。」

いや、こういう時の話題は、矢っ張りそれがお約束かな、と思ってさ。」

「そう言うお前は、内村イチと一緒なんだろ? ずーっと。」

「そうねぇ、小学校からだから、好きとか嫌いとかいうより、幼馴染み的な色彩が強いなぁ。」

 コーコは、動じることの微塵もなく、あっけらかんと話す。


「でも、もう『男』として見られるんでしょう?」

 ベーデがぐっと核心に迫る。


「『男』ねぇ…。勿論、まだそれらしい『経験』の片鱗かけらもないけれど、やっぱり、幹部として新人監督をきちんと務め上げているのを見るとさ、ああ、もう小学校の頃のような馬鹿じゃなくなったんだな、って見直すことはあるよね。く言うベーデは、色々と恋多き乙女だったよね?」

「良いの! 全部、終わったの。ていうか、始まりさえしなかったものばかり。私の最大の間違ミスティクだわ。もう、蒸し返さないで。」

 ベーデは忌々しそうに切り捨てる。


「で、駿河は?」

「え、また此処に戻って来るのか?」

「だって一巡したじゃん。ねえ、一応。」

コーコはどうしても、恋の話から離れ度くないらしい。


「『好き』か。」

「うんうん…。」

二人して身を乗り出してくる。


「一年の時、最初に気になったのは、ショコだったな。」

「おほほほほう。」

「お約束の毒牙に引っ掛かったねぇ。ショコの悪気のないコケティッシュな魅力に引っ掛かるのは男どものさがだぁ。」

 コーコは彼女と一緒の小学校のよしみだからか、普通以上にキツイ言い方をする。


「なんだか、存在が気になるようになってから、無意味に檸檬で歯磨きしたりしてさ。でも、彼女と小学校から一緒のデンに『悪いこと言わないから止めときな、彼様の女は』ってきつく諭されて、案外簡単に引き下がった。」

「おお。」

「うんうん、それは正解だ。火傷せずに済んだ。」

 コーコが後々問題になりそうな発言を繰り返す。


「それだけ?」

「次は、卒業式の時…。」

「何? 卒業式の時って、駿河君ゴーチンまさか先輩に告白したの?」

「嘘! 二年も先輩に? 誰? 誰?」

小林ヘルツ…さん。」

「ひぃー! 小林ヘルツさん? 無謀過ぎーっ!」

小林ヘルツさんって、男子だけじゃなくて女子からも人望厚かったもんね。憧れっていうか。何でも出来て。」


 入学式の時にコサージュを付けて貰って以来、小林ヘルツさんには淡い恋心というか、親近感を覚えていた。

 小林ヘルツさんも、入学式の縁から、団内でも何かと気を遣って呉れた。慣習や工夫、勉強から普段の生活、そして渉外責任者補佐ネゴサブを務めて応援団のイロハを学んだ、最もお世話になった先輩だ。そして、帰りみちでのあの・・告白の時以来、ずっと、想い続けていたのも事実だった。


「入学式の時の最初の案内からお世話になって、それからずっと色々良くして貰ったから。」

「なにそれ、スリコミじゃあないんだからさあ。」

「生まれて最初に見たものがお母さんだと信じ込んじゃうやつだ?」

「そうやって冷やかすんなら、話さないぞ。」

「あ、聞く、聞く、これは、鳥渡ちょっと聞き逃せないよね。ごめんごめん。」

 うわついたようにはしゃいでいる二人は、無理に真面目な顔を装って身を乗り出してきた。

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