Ⅲ年 「お呼ばれ」 (2)ご案内

【ここまでの粗筋】

 主人公「駿河轟」は「応援団」で活動する中学三年生。

 団長就任から難局続きだったものの、年間の最大イベント「定期戦」も全員の協力で無事終了。

 意中の「ヨーサン」からのアプローチ?も、根っからの「天然」気質で流してしまった駿河だが、コーコの謀略でベーデの家に「お呼ばれ」する羽目に。

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 はめられた…と悟った。


 最初から、他の人間みんなを呼ぶ気など無かったのだ。普段、僕の名前で勝手に成人雑誌に投稿したり、軽い悪戯をするのと同じように、今日も、二人で僕一人を肴に話をしようという魂胆だったに違いない。


「槍がどうかしました?」

「あ、いえ、何でもありません…。はい。」

「亜惟がネ、今日は駿河さんが見えると言うんで、それは楽しみにしていたんですよ。」

 お母さんが、脇に座って、話の輪に入られた。


(うわ、これは不可まずい…)

 女性三人に囲まれた男子の心中というのは、それは穏やかなものではない。何気ない素振りでも一挙一動全てを観察されているのと同じだ。言葉も相当慎重に選ばなければならない。

 一番の問題は、ベーデがお家で僕のことを、ご両親にどう紹介しているのかだ。


「普段は滅多にお友達のことを話さない娘なんですけど、駿河さんのことは『実直なことだけは確かだ』って。常時いつも話していてね。ほら、応援団ていうと、どうしても、泥臭くてバイオレンスなイメージがあるでしょう? 一年生の時に『応援団に入る』って言い出した時は、それは私も主人も驚いて反対したんですよ。そうしたら『一緒に入る男の子も普通そうだから大丈夫』って。其の時、ご一緒して下さったのが駿河さんだったんでしょう?」

「あ…、そうですね。一年の時、同じホームルームで一緒に入団しましたから。」

「団長さんだっていうから、今日は何様どんな屈強な男の子さんが見えるのか知らと思ったら、お花まで持ってみえる紳士的で普通な方で、あら、御免なさい。」

「…ママ、もう、良いから…。」

 ベーデが照れ隠しか、疎ましそうに眉を顰めている。


「そうね、じゃあ、どうぞごゆっくりなさって。此の娘の部屋でも此方でも、ご自由に寛いで下さいね。」

 お母さんは、キッチンを片付け、奥の方へと歩いて行かれた。


*    *    *


「良かったじゃーん、駿河君ゴーチン、気に入られてるよ。」

 コーコが冷やかしてきた。


「そうかなあ、そうなら嫌われなくて良かったぁ…」

 僕は正直なところを口にした。


「私の御蔭よ…。」

 ベーデがソファーにゆったりと座り、如何にも「御礼を言って頂戴」と言わん許りの下目遣いで此方を見た。


「そうだな。有り難う。」

「よろしい。」

「でも、今日の騙しは非道いぞ。」

「私は騙してなんかいないわ。コーコに『何人かでいらっしゃいよ』って言っただけ。」

 ベーデは涼しい顔だ。


「お前の所為せいか…。」

「え? 私? 私は『何人かで』って言われたから、何人かで来ただけ。」

「まあ良いじゃない…。たまには、少人数で話すのも。」

 ベーデは、アイスティーの氷をカラカラとかき回しながら、其様そんなことはどうでも良いとでも言うかのように、呟いた。


「いっつもいっつも、団室の中でさぁ、あーでもない、こーでもない、って出口の細い議論許りしてたのも、矢渡もう終わったんだし。後は、屋内水泳と駅伝応援くらいでしょ。」

 コーコも、もう過ぎ去った運営問題を疲れ切ったような表情で振り返りつつ口にした。


「駿河は、締めたわね。今年の定期戦。」

 ベーデが相変わらず此方を見ずに言った。


「締めた?」

「そう、締めたのよ。言い方を変えれば型にはめたとか、一つのパターンを作ったというか。」

「んー、そうか? 紛争の解決にはなったかな、と思ってるけど、別に最初から意図して何かパターンを作ろうとは思ってなかった。」

「え? なに、じゃあ、最初から、あの方向に持って行こうと思ってたんじゃない訳? 各校ぜんぶの最終コールとか他校よその団員同士の交流まで含めて。」

 コーコが目を丸くしながら聞いてくる。


「全~然。正直、彼処あそこまでいくとは計算してなかった。」

「最初は団内だって纏められなかったくせに、最後は定期戦全体まで『形』を創ったわよね。」

 ベーデは相変わらず厳しい批評で総括してくる。


「形に成るかどうかは、来年以降の評価で追々決まってくることだろう?」

「うーん、そうかも知れないけれど、デンから聞いた話じゃあ、他校でも可成かなり評価高いらしいよ。ブッサンも他校の顧問の先生と合う度に褒められて、ああ見えて内心ホクホクだってさ。」

 何処から集めてくるのか、コーコが女子のネットワークの強さを活かした情報を暴露する。


「何て言われているのか知らないけれど、他校の団長おだいりさまの指導力や渉外責任者ネゴシエータの交渉能力、あと副団長だいじんリーダー部責任者リーチョー女子部責任者ガーリー、内部の統制力あって実現出来たことだから、言うならば、今年の幹部みんな全員の能力が揃っていた偶然に因るものじゃないか。」

 僕は実際、周囲に可成かなり助けられたと思っていた。

 そして、今年が取り立てて特別な訳ではなく、これまでの数十年の歴史の中でも、夫々の幹部が悩みながら少しずつより良い方向へと変えていたのだろうということは、自分の経験からも分かっていた。


「ご立派な機関や組織はあっても、それを使いこなすに足る思考と意志、そして何より行動が無ければそれも働かないし、ましてや実現なんてしやしないわよ。」

 ベーデはアイスティーを飲み干した後、冷ややかに言い切った。


「へえ、それって褒めて呉れてるんだ?」

 僕は、冗談めかして聞いた。


「努力を正当に評価しただけよ。」

「此の人にとっちゃ、これが最高の褒め言葉だよ。有り難く受け取っておきなさいって。」

 ベーデのサラリとした一言のあと、コーコは僕の肩を叩きながら一人楽しそうにしている。


「あぁん、もう応援団の話は良いわ。思い出すだけで筋肉痛になりそうよ。」

「じゃあ、お部屋見せてよ!」

「部屋? っ駄目よッ!」

「なーんでよ、先刻さっきお母さんが良いって言ってたじゃん。今日、駿河君ゴーチンが来るのだって分かってたんだから、ちゃんと片付けてるんでしょ?」

「…んもー、家宅捜索みたいなことしないでよ!」

「分かった、分かったって。」

 ベーデに続く僕ら二人は、慣れないスリッパに戸惑いながら、取り込みの良い明るい階段を二階に上がる。


 明るい廊下の奥の突き当たり、白い扉を開けた。


「…! ゲゲ…なに、これ…。」

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