Ⅲ年 「お呼ばれ」 (1)謀略

【ここまでの粗筋】

 主人公「駿河轟」は「応援団」で活動する中学三年生。

 団長就任から難局続きだったものの、年間の最大イベント「定期戦」も全員の協力で無事終了。

 それぞれの感慨を胸に会場を後にする中、意中の「ヨーサン」から「気になる存在」の有無を問われたものの、根っからの「天然」気質がそれを思い切り流してしまった。

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 冬服に衣替えとなる直前の日曜日、僕は、日覆いのかかった学生帽に白い開襟シャツ、混紡の学生ズボンといった夏の制服姿で、渋谷駅のフローリストに寄って花を選んでいた。

「女の子のお家にお呼ばれで持って行くもので、三千円くらいでお願いします。」


*    *    *中


 最後の定期戦の反省会が終わった後、コーコが少し離れたところに僕を呼んだ。


「今度、皆でベーデのお家に遊びに行こうと思っているんだけれど、駿河君ゴーチンも来るでしょう?」

「皆? どれくらい?」

「そうね、あんまり大勢でもご迷惑だから、数人ってところかな。」

内村さんおまえの所には、全員でお邪魔したけどな。」

我が家うちは別だよぉ、ベーデは普通のお家だし。」

「ふーん、ちゃんと、男女比合わせてるの?」


 一中母校では、男女交際については比較的寛容だったが、当然のことながら、密室で一対一になることや、男女比の大きく異なった外出、特に男子が多い外出など、交際のエチケットに関しては、日頃から事細かなアドバイスがあった。

「お友達は全員で六人来ます。全部で足は一八本で頭は一三個です。さてお友達のうち男の子は…。」

「つるかめ算になんか、すんなよ。それに何だよ、六人だってのに足が一八本とか頭が一三個とか。」

「まだまだ若いねぇ、駿河君ゴーチンは。」

「馬鹿言ってんじゃないよ。真面目に大丈夫なのか?」

「大丈夫、差が二人以上になるようにはしないから。」

「そう? じゃあ…数に入れて貰おうかな。」

「じゃ、約束ね。いい、キャンセルは絶っっ対に無しだよ。」

「やけに厳しいんだな。」

「そりゃ、ベーデのお家に行くんだもの。失礼があっちゃ不可いけないでしょ。」

「何処のお家にしたって一緒だよ。」

「まあまあ…、じゃ日時は後で連絡入れるから。」

「ああ。」


*    *    *


 貰った手描き地図を頼りに、通りを進んで行く。通り過ぎる人が自分を見ていることが分かる。そりゃ、夏服とはいえ、学生服で花束を抱えていれば目立つ。

 ベーデの家、ということが何やら頭に働いて、少し派手目の花束にして貰ったのが悪かったか…。

 衆目に晒されながらデパートを過ぎる。繁華街も終わり、段々とお屋敷町になってきた。


(まだ、暑いんだなぁ…。)

 制帽を取ってハンカチで汗を拭いながら、彼女の家を探した。好い加減大きなお屋敷に飽きてきた頃、漸く地図にあるそれらしき場所に行き当たった。


 『三条』

 表札に間違いはない。

 普段、見たこともないカメラ付のインターホンだ。

 緊張してボタンを押してみる。


「…はい。」

 スピーカから驚くほどはっきりした女性の声がした。


「あ…、第一中学校で、亜惟さんと同期の駿河と申します。」(亜惟さんって言い慣れないなぁ。)


「はぁい、少しお待ち下さいね。」

(お母さんだったか…、いきなりベーデか? なんて言わなくて良かった…。)


 インターホン横の門扉から玄関まで、長い階段が続いている。

 そもそも心の中がビクついているので、まるで天空へと上っていくようなイメージだ。

 夏の残りの強い日差しと緊張感で、玄関の扉がどんどん遠ざかっていくような意識の中、遙か先にも思える玄関の扉が開いてベーデが現れた。

 陽の反射で目が眩むほどに真っ白なワンピース姿は、学校での制服とは全く違った印象だった。校内では否応無しにピン留めでまとめている髪も、ブローで軽く流し、正直、教室や練習で見る姿の影も無いほど年上に見えた。


「いらっしゃい。」

(お姉さん…てことはないよな。)

 実際には十数段程の階段が、暑さと白さと緊張感の所為で、何十段にも思われた。


「どうぞ入って。」

「お邪魔します。」

 玄関に入った途端、クーラーの冷気に癒された。


「これは、暑い中、ようこそいらっしゃいました。初めまして。亜惟が普段お世話になっています。」

 室内の明るさに目がなれぬうちに、直ぐにお母さんが現れた。

 一瞬姉妹かと思うような似姿だが、ハーフというだけあってお母さんの方が、より目鼻立ちがはっきりとしていて、瞳の色も鮮やかな緑だった。

 黒いノースリーブのワンピースに薄いカーディガンを羽織っている。流石宝飾デザイナー、お家の中でもお洒落なのだな、と感心した、というかはなから圧倒された。


「あ…、いえ、此方こそ、大変お世話に、なっております。今日は、お休みのところ…失礼致します。」

 僕は何をどぎまぎしているのか、自分でも不思議に感じながら、制帽を脱いで挨拶をした。


「これは、あの、近くで求めてきたので珍しいものでもないんですが…。」

 何と言って花を渡して良いのか分からない上に、完全に我を失い、妙な口上になって了う。


「まあ、綺麗。季節らしい素敵なお花だこと。有り難う。早速飾りましょうね。」

 お母さんの絶妙なフォローで何とか救われた。


「ガチガチの挨拶は良いから、もう上がって頂戴。」

 案内された居間は、鳥渡した教室くらいの大きさだった。ソファがあり、奥にグランドピアノが置かれているというのに、まだ余裕がある。


「冷たいもので一息入れて下さいね。暑かったでしょう。」

 漸く周囲を見る心の余裕が出来た頃、お母さんが出してくださったアイスティーを手に取って、顔を上げると、矢張りワンピース姿のコーコが座っているのに気がついた。『今頃分かったか』というような顔をしている。


「やぁ。」

「おお。他のみんなはまだ?」

「ん?」

 コーコは、悪戯そうな目で笑い、ベーデの方を見た。


「他は? 今日は駿河あなただけよ。」

 ベーデが背中を向けてレコードを選びながら、呟くように言った。


「へ?」

 予想もしなかった返事に驚いた。


「みーんな都合悪いんだって。」

 コーコは、そう言ってアイスティーを飲んでいる。


「良いのよ。どうせ私は『鬼』の女子部責任者だし。」

 ベーデがツラッとした言い方でかわす。

「同期で『鬼』もないだろ。」

「良いんだってば、今日は。」

 コーコが(まだ分からないの?)とでも言いたげに眉をひそめ、声を落として此方を見つめた。


「あ…、やりゃがったな。」

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