Ⅲ年 「定期戦Ⅲ」 (7)区切り

【ここまでの粗筋】

 主人公「駿河轟」は「応援団」の団長を務める中学三年生。

 年間の最大イベント「定期戦」。各校のライバル心による衝突の危機を乗り越え、最上級生が各々の想いを胸に最後のリードをとる中、無事に大団円を迎えた。

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「お疲れ。」

 幹部の仲間みんなが自然と集まってきた。


「おう、お疲れ。家まで気をつけて帰ろうな。何だか今までと違う、目に見えない疲れがある。」

「お家に帰るまでが定期戦です、って?」

 僕が言った傍からコーコが悪気無く冷やかしてきた。此の娘の体力は本当に底無しだ。


「終わっちゃった…わね。」

 ベーデがポツリと呟いた。


「うん、終わった…」

 ショコも寂しそうに頷いた。


彼様あんあなに辛くて、此の苦しみから解放されるなら、と三年間願ってた定期戦が終わっちゃった。」

 デンが珍しく気弱な本音をはいた。


「あはは、もう無いんだな、俺たちの定期戦は。」

 タイサンが駄目を押した。


「…。」

 歩みが止まり、ショコがハンカチを出したのをきっかけに、女子が全員、競技場を向いて黙り込んだ。


 僕ら男は、彼女達を後ろから見守るしかなかった。

 後ろを他校よその応援団が通り過ぎていった。どの応援団も、最後を歩いている幹部の女子の多くは黙り込んでいた。

 僕は、各校の団長や知った顔と、軽く挨拶を交わし、無言で別れた。


「さ、名残は残るけど、区切りをつけようや…」

 僕は、今日という一日の終わりを告げる落日の西陽と涼風が彼女たちの頬を乾かした頃、帰りを促した。


 再び歩き出した時、隣から三島さんヨーサンの声がした。


「お疲れ様。」

「お疲れ。吹奏楽部なのに、喉、ガラガラでしょ? はい、飴。」

 指揮の最中、彼女が怒鳴り続けていたことは、其の前段に座っていた僕にも厭というほど聞こえていた。


「あら、有り難う。そうだなぁ、私なりに、皆の気力について行きかったから。」

「じゃあ、間違いなく、気持ちは一緒だった。文字通り三部全員で仕上げられたね。有り難う。一番難しい橋渡し役をしてくれたことに御礼を言うよ。」

「あのね…、私の単なる自意識過剰な思い込みだったらごめんなさい。今年のあの『変革』って、もしかして、去年から私が言ってた余計なこととかが関係していた?」

「ん? あったと思うよ。余計なことなんかじゃなかったし。あの後も、よく三島さんヨーサンと三部の在り方を話している時に、応援団としての在り方も話したでしょ、そういう中から自分なりの応援団っていうのを考えていったから。はっきり言うと、三島さんヨーサンが語って呉れたことが契機きっかけになったことは間違いない。今年の成功の理論的な立役者は三島さんヨーサンだよ。有り難う。」

「ううん、御礼を言うのは私の方。間接的にでも応援団と定期戦の在り方に関わることが出来て、私こそ嬉しかった。駿河君ゴーチンのお蔭だわ。」

「自分の主張は自分の成果だよ。俺の成果じゃない。三島さんヨーサンの主張は三島さんヨーサンの成果だ。俺は調整役で、代言者なだけさ。」

「そう言えるから、矢っ張り団長なんだ…。」

「『団長として就任するのではなく、団長となるんだ』って。小林ヘルツさんの受け売りだけど。推挙したのは三島さんヨーサンだし、選んだのは皆だ。俺は皆から託された役目を何とか果たしただけ。役職の重さは夫々皆一緒だろ。」

「そっか。…私なんかじゃぁ、手が届かない…かな。」


 最後の方は、矢渡やっとのことで聴き取れるか否かという位に、ごく普通の、少しはにかんだ言い方で彼女は呟いた。


「え? 何?」

「ううん、何でもない。…駿河君ゴーチンさ、今、好きな人、居る?」

「へ?」

 突然の発言に少し戸惑った。


 歩きながらさりげなく彼女を見る。競技場のスタンドを吹き下ろす風が自然のブローになったのだろう。普段なら丸顔に綺麗に整えられた髪が、今はふわりと浮き上がった感じになっている。それが平時ふだんとは余りに違う大人びた印象で、はっとするほど胸がどきりとした。

 彼女は少し俯いたまま照れたような困ったような笑みで、更にトーンを落としてもう一度、僕に訊ねてきた。


「…好きな人…」

「好きな人、かぁ…。皆だな。三島さんも他の皆も。皆大好きだ。」

 鈍感だったからではなく、正直、其の場での本心としてそう答えた。口に出てから、仕舞ったと感じたがもう遅い。


 もし彼女から「其様そんな風に良い子で逃げないで。」と一言あったら、或いは、「其様そんな意味じゃないって分かっているくせに。」と言われていたら、其の時ならば間違いなく、「君だ」と答えていたかも知れない。


 しかし、当然其の一言は無かった。彼女がそういう『攻める』タイプのではないということも分かっていた。彼女との関係が何か変わったかも知れない千載一遇の機会を、自分自身の判断で流してしまったことが、薄々感じられていたものの、不思議にそこに執着する心は起きてこなかった。。


「そうだね。皆の団長だものね。第一中学校千人のものだ。」

「団則にある『模範』は、皆に愛されることでもあるんだろうなぁ、って。」

「うわあ随分、ストイックなんだね。」

いや、何て言うのかな。単に不器用で、忙しくて自分自身のことをする暇がないから、そういう自分に対する言い訳半分みたいなものだよ、きっと。団長を務めている間の、俺なりの勝手なけじめ、というか解釈かな。」

「うん、よく分かった…。じゃ、お疲れさま。」


 お互いに、気持ちよく日焼けした顔で、普段のように笑顔でハイタッチをしてから、彼女は吹奏楽部の仲間の方に小走りに戻って行った。


 三島さんヨーサンに代わって、隣に来たのはベーデ。

「はぁ…。此の三年間、苦しむには余りにも長かったけれど、楽しむには余りにも短かったわ…。」

 彼女はポツリと言った。


「お前はまた、いっつも紋切り型だな。応援団、まだ終わった訳じゃないぞ。」

「あ・の・ね、これが私なの。其様そんな簡単には人間、変われないの。でも…そうね…確かにまだ終わった訳じゃないわね。」

 三島さんとは対照的に、普段の通り一言の下に状況を語ってスパッと収める。まさに『攻める』タイプの象徴。


 僕らは、前を行く、違う地で同じ心を持った応援団の後ろ姿を見ながら、顔を上げて歩み続けた。

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