Ⅲ年 「定期戦Ⅲ」 (6)脱いだもの

【ここまでの粗筋】

 主人公「駿河轟」は「応援団」の団長を務める中学三年生。

 年間の最大イベント「定期戦」でライバル心を煽りながらも衝突を回避する方向で各校団長と話をまとめ、一つの決意の下に応援のリードに立った駿河。

 最上級生が各々の想いを胸に最後のリードに立つ中、次は「ベーデ」がその想いの丈の限りで踊り終えた。

-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-



 定期戦も午後の後半になれば一般生徒もれてくる。其様そんな目を醒ますかのように、次に見せ場を作ったのはコーコだった。

 着物に羽織、袴姿でサイド・チア二人にサイド・リーダー二人の計四人を従え、センター・リーダー板上で、右手の指二本を立て、天空を指差した。


「はい、学生注目ーっ!」

「なんだぁーっ!」

「さぁ、競技も終盤になって、皆さん気になっているものがあると思うーっ!」

「そうだぁっ!」

「電光掲示板を見よーッ!」

「なんだぁーっ!」

「今や、各校の総合得点は、既に隠されているーっ!」

「そうだぁっ!」

「隠される程に、是が非でも見度くなるのが人の心情というものではないだろうかぁーっ!」

「そうだぁっ!」

「見たい! 其のためには、私が此処でもう一肌脱がないと不可いけないーっ!」

「そうだぁっ!」

「皆さんは、何故、私が此の人差し指と中指の二本の指を使ってお話ししているか、其の意味をご存知だろうかーっ?」

「なんだーぁっ?」

「此の二本の指が指し示すもの、それは、神の意志の象徴、即ち、私は神の言葉の預言者であるーっ!」

「そうだぁっ!」

「神は言われた。今此処ここに大洪水を起こし、選ばれし者のみを残すとーっ!」

「そうだぁっ!」


(あーーーーーーっ…。)

 また女子が水を被った…。


「これで、我が校の総合優勝は間違いないーっ! 神は今、保証されたーっ!」

「そうだぁっ!」


 濡れた着物では、リーダーのテクは到底振れない。

(どうすんだよ、此の馬鹿は…。)

と、僕らが考えている傍から、なんとコーコは、羽織を脱いでは投げ、あれよという間に、袴の紐を解いてストンと落とし、着物も脱いで投げ上げてしまった。


 中には、チア・ユニフォームを重ね着していた。スタンドの彼方此方あちこちから指笛が鳴り止まぬ中、コーコは下級生が出したスニーカーを素早く履くと、三連呼からチャンス・パターンへと入っていった。踊り終え、着替えて戻ってきた彼女は意気揚々と先生ブッサンの隣に座った。


「センセッ、どうでした? 私の晴れ舞台!」

「点数か? 三条は九〇点、内村は七〇点だな。」

 ブッサンは前を見た儘、二人の演技に点数を付けた。


「えーっ! 二〇点も差がありますかーっ!?」

「貴女のは、『二番煎じ』、かつ、『お下品』だからよ。」

 ベーデが普段いつも通りのポーカー・フェイスで言い放った。


「柳の下の二匹目にしちゃ、色々上手く洒落てはいたが、場所が場所だし、お前さんの性別を考えれば、『隠す』とか『脱ぐ』っていう表現さえ使わなければ同点位だったな。」

 ブッサンは実に機嫌良く評論しながら笑っていた。


(俺らから見れば、二人とも下品だよなぁ…。)

(女子は、良いよな、水を被るってだけで盛り上がる…。)

 彼女らがハプニングを起こした度に気を揉んでいた僕等リーダー幹部が、ブツブツ文句を言っていると、


「何? 悔しかったら、『だけ』でも良いから盛り上げなさいよ!」

 ベーデの一喝が飛んだ。


「おう、言われずとも、盛り上げてやるわ。」

 セージュンがリーダー板に上がった。


「脱いだら百点だぞーっ!」

 コーコが無責任に大声を上げている。


「イヤーッ、目が潰れる、そんなのソドムとゴモラだわ! 言うだけでも止めてよっ!」

 ベーデがコーコを叩いている。


「良いか、お前は冗談でも絶対脱ぐなよっ!」

 僕はサインを出す前に、一言、念を押した。


「やっぱ駄目か。」

 セージュンは笑いながら、オーソドックスな学生注目で、リーダー部責任者として見事に最後のチャンス・メドレーを仕切り始めた。

 其様そん此様こんなで進んだ競技の最後を飾るリレーでは、母校が見事にトップでゴールし、十四人の幹部全員がリーダー板に上がり、肩を組みながら勝利の校歌を心の底から熱唱した。


*    *    *


 各校の団長のしっかりとした統率力のもと、心配されたヒートアップのし過ぎも起こらず、競技は終了を迎えた。そして、母校が数年ぶりに総合優勝の栄冠を勝ち取った。

 選手団に対する最後のエール。そして、「闘いはこれで終わった。これから我々は、良き姉妹校ともとして、普段の良き仲間としてのライバル関係に戻る時である」と説明し、僕は四校分のエールを叫び続けた。

 他校席からも、母校うちに対するエールが聞こえてきた。各団長たちの、そして幹部たちの力によって、其の年の定期戦は一件の衝突事件も起こらず、幕を閉じた。

 一般生徒が全て帰り、団長がスタンド中央に集まった。


いや、良かった。うちの団員も納得してた。」

 一番気性が荒いといわれる二中ともえの団長が真っ先に握手を求めてきた。他の三校も団員が納得したとのことで、最終コールでの衝突も避けられそうだった。


「コールでも、エール交換があっても良いんじゃないか?」

 四中ビシの団長が提案した。


「あ、そりゃ良いわ。『元々仲間なんだ』という意識が高まるな。」

 三中ともえの団長が同調し、皆もそれに同意した。

 其の後、渉外会議ネゴコミが行われ、其の年の解散コールは、先ず、各校が他校のエールを全て終えてから、自校のコール、そして解散、ということで結着した。


*    *    *


 コール最終での祝勝歌に、下級生、幹部女子は涙を流していたが、僕はどうにか涙ぐむ程度で我慢し、無事、解散となった。

 片淵先生ブッサンが帰り際、ゆらりと寄って来られた。


「正直、僕はお前さんが垣根を越えて此処までやるとは思わなかったわ。よくやったな。」

「有り難う御座居ます。」

「みんなを気をつけて帰せよ。」

「はいぃ。失礼ーーーーーーしまーーーーーぁす。」


 次にデン。

「渉外は伝書鳩じゃないのよ。忙しいったらなかったわよ。」

「実際、手間かけたなぁ。でも、御蔭で良いエンディングになりそうだ。見てみ?」

「え?」

 僕が指す方をデンが見た。


 其処には、他校の応援団と会話を交わしながら握手をする団員たちの姿がちらほらあった。

「初めてね。下級同士で話をしているなんて。」

「元々『仇』じゃないんだ。『ライバル』なんだから。然も、俺らは同じ目的をもった『ライバル』だ。」

「そうね、来年以降も続くと良いわね。私も渉外責任者として、鳥渡嬉しい、かな。」

「遣り甲斐ってやつだよな。終わってみなきゃ、分からないってところが辛いけど。」

「うんうん。」

「ケーテン、カーサマの企画があって、皆の同意があって、渉外会議ネゴコミがあって、団長・副団長会議サミットがあってさ。夫々の役割を全う出来たから、だろ?」

「後悔の少ない定期戦になりそう、かな。」

「今日の団の主役は、俺じゃなくて、デンだったな。」

 僕等は、お互いの苦労を労いながら、国電の駅までゆっくりと進んだ。

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