Ⅲ年 「定期戦Ⅲ」 (5)透けたもの

【ここまでの粗筋】

 主人公「駿河轟」は「応援団」の団長を務める中学三年生。

 年間の最大イベント「定期戦」でライバル心を煽りながらも衝突を回避する方向で各校団長と話をまとめ、一つの決意の下に応援のリードに立った駿河。

 その姿に翌年の自らを考えた二年団員から、封じた鉄拳による「信念」の継承を請われ、人の「想い」と「行動」の難しさを考えた。

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 デンの奔走の末に実現した団長・副団長会議サミットの結果を受けて、各校ともに午後の応援ではチャンス・メドレーに他校名を入れることが解禁となり、いつになく盛り上がった応援の応酬となった。

 午後は、応援団も体力が下がり気味になり、例年であれば集合が掛かる頻度が増える。だが今年、セージュンは午後に一度も休養以外の集合を掛けなかった。ベーデは、二年女子部責任者兼女子監督に指名したソワカを時折センター位置から振り返りつつ、普段以上に眉を顰めて厳しい顔つきで女子部独自のサインを出している。リーダー板上では、専らコーコとヤーサン、イチ、ケーテンが一般生徒の心を捕らえる笑いを交えながら、リードを取っている。ショコ、カーチャンとタイサンは二年、新人の間を周りながら、一般生徒のリードに弛みが出ないように気を回している。ノスケは、全校中最大の団旗の竿頭の切っ先を微動だにさせず、九十度水平に倒す見事な旗手礼を見せ、スタンド中から喝采を浴びた。カーサマとヨーサンは、交互に指揮を交代しながら、炎天下のなか延々とバクセンと睨み合い、吹奏楽部の指揮を立ちっぱなしで続けている。

 十四人が夫々それぞれの仕事を精一杯にこなしていた。華和先生エビさん辻先生パヤさんは、時折団員の様子を見渡していたようだが、片淵先生ブッサンは、終始競技に見入っていた。


 其様そんな中、午後の中盤で、チャンス・メドレーが始まる前にベーデが近寄ってきた。


「駿河、次のメドレー、私にセンター・トップ貰えないかな? セージュンは良いって。」


 センターはリードをとる中心、トップとは、チャンス・メドレーの始まる前に学生注目で一般生徒を盛り上げる役のことで、リーダー部の幹部か、女子なら副団長の役割とされている。メドレーのトップ役は、学生注目の終わった後、学校名の三連呼で直ぐにリーダー板を降り、続いてチアだけの演技になるので、トップを女子部責任者が務めても、特に問題はなかったが、今まで見たことはなかった。


「何だ、小学生が親に頼むような物言いして。良いけど、三連呼のテクから、其のまま踊りに入るのは大丈夫なのか?」

「コーコに特訓受けたから大丈夫、任せて。」

「じゃ、良いぞ。」


 ベーデは普段いつもより高め、女性剣士かとでもいうようなポニーテール姿で、ジャケットを着込み、正装姿で待っている。


(コイツ、何する気だぁ?)

 ベーデが何をするのかは想像もつかなかった。同じような気持ちか、セージュンが同様に訝しげに見ている。


(馬鹿なことだけはしないで呉れよ…。お前は変なところで紙一重だから…。)

 そう、願っている中、愈々メドレーの時がやって来た。ベーデは、サイド・チア(脇侍となるチア)を左右夫々二人ずつ引き連れ、正装のジャケットを着た儘リーダー板上に上がった。一般生徒の観客席、特に三年生の席から指笛が飛んだ。


「ハイ、学生注目ーッ!」

 左手を腰に当て、高く掲げた右手の人差し指と中指の二本で天空を指さしたベーデの透き通った声がスタンドに響き渡っていく。


 女子の学生注目は、無いことは無いが珍しい。そして、学生注目とはいえ、ベーデがチアで踊る時以外、会話での笑顔はそれ自体が珍しい。それもあってか、スタンドが異様な盛り上がりを見せる中、彼女の話術は進んでいった。


「電光掲示板を見よーッ!」

「なんだーっ!」

「今や、我が校は、其の名に恥じず、破竹の勢いでトップを独走中であるーッ!」

「そうだぁっ!」

「私は今、此の胸の内に、熱い、熱い、一つの願いを抱いているーっ!」

「なんだーーぁっ!」

「今更言わないでも、…皆さんもう分かっていると思うーっ!」

「そうだあっ!」

「悲願の総合優勝は、既に目前であるうっ!」

「そうだあっ!」

「しかーぁし、此処で気を抜いてはならなーぁい!」

「そうだあっ!」

「古より、『百里の道は九十九里を持って半ばとせよ』であるーッ!」

「そうだぁっ!」

「私は、此れまでの三年間のす・べ・てを、此のレースにかけて踊りたーッい!」

「そうだぁっ!」

「此処ぃらで、兜の緒を締め直して、一気呵成に勝利に突き進もうではないかーっ!」

「そうだぁっ!」

「其のためにも、今こそ闘いに草臥れた此の古き衣を脱ぎ捨てようっ!」

「そうだぁっ!」

「身も心も清めっ、あかき姿にて、最後の戦場へと、イザ、軽やかに立ち行かーぁん!」


 ベーデは、此処でジャケットのボタンを外して脱ぐと、青空に向かって高らかに放り上げた。見事に宙に舞ったブレザーは、僕とセージュンの間に落ちてきた。


(おいおい、何する気だぁ?)

 落ちてきたブレザーを此方で回収し、畳んでいる隙に、チア・ユニフォーム姿になっている彼女は、目の前に置いてあるリーダー部員用の、なみなみと水の入ったバケツ、しかも大きい方を選び、両手で持った。


(あ、こらこら、止せ、それは、おい、おーいっ!…。)

 リーダー部の幹部が止める暇もなく、彼女は頭からザブリと、万に一つの迷いもなく水を被った。スタンド中から拍手と歓声と指笛が飛んだ。


(…あーーぁ、とうとうやっちゃったよ、コイツは…。)

 おそらく、座っていたリーダー幹部全員が同じ気持ちになったと思う。リーダー幹部が水を被ることは頻繁にあっても、チアが被るのは憶えている限り初めてだ。

 それはチアが水を被れば、多少下品な表現だが『透ける』からだ。当時はスポーツ肌着なんていう気の利いたものなんかなかったのだ。

 僕は頭を抱えた。セージュンは天を仰いだ。

(反省文だ。正座だ。三年にもなって校長室前で正座か?勘弁してくれよ・・。)


其様そんな僕らに構わず、ベーデは一歩踏み出し、三連呼を始めた。僕は仕方なく、チャンス・メドレーのサインを出すために顔を上げた。

 先生ブッサン許可ゆるしを得て常時ふだん身に付けているクルス以外、ベーデは『透けて』いなかった。いや、正確に言えばクルスだけが浮き上がるように綺麗に透けていた。考えた演出か、中にTシャツか何かを事前に着込んでいたらしい。

 文字通り狂喜乱舞のチャンス・メドレーが終わり、ベーデはショコに責任者代役を頼み、直ぐに新しいユニフォームに着替えて戻って来た。隣に座り、涼しい顔をして、髪の毛をタオルドライしている。


「お疲れ…というより、俺らの方が見てて肩が凝ったわ。」

「あら、私は『見せ場』が少ないのよ。此れ位しないと『示し』がつかないわ。」

「じゃあ、俺も『見せ場』が少ないから、何かするかな。」

「あなたは、先刻さっき私のセンター・リーダーのチャンスをとったし、それに団長・副団長会議サミットで最後の見せ場作ってきたんでしょ。だから良いの。真似はしないの。」

「あ、そうすか…、はい。」


僕は、只管ひたすらサインを出しながら、最終最後でのノー・サイドでの「落とし方」に頭を巡らせていた。

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