Ⅲ年 「定期戦Ⅲ」 (4)継承されるもの
【ここまでの粗筋】
主人公「駿河轟」は「応援団」に所属する中学三年生。
団長就任で、彼等最上級生にとって最後となる年間の最大イベント「定期戦」が始まった。
ライバル心を煽りながらも衝突を回避する方向で各校団長と話をまとめた駿河は、一つの決意の下に応援のリードに立った。
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グロス・メドレーの後は、午後の競技準備のために、十分間ほど応援は一切中止となる。早い話が、来賓の皆さんと役員の用足しタイムだ。拍手と大歓声の中、リーダー板を降り、ゆっくりと観客席の間の階段を上がり、学生服の水気をとるためにスタンド裏に下りると、案の定、他校はリーダー部、女子部等の集合がかかり、幹部の叱咤激励が飛んでいた。それを横目に階段を下りきったところに、後から二年女子部責任者のソワカたちが走り下りてきた。
「失礼しますっ、大変お疲れ様でしたっ!」
「おうっ! 別に集合を掛けた
襟のホックを爪で弛めて上着を脱ぎ、ソワカから受け取った乾いたタオルをで
「失礼しますっ、タオルと上着は此方に!」
金曜には心が動揺していたロコがそれを受け取り、ソワカと一緒に、機材を置いた机の端で、上着の水気を急いで拭き取っている。代わりに今度は吹奏楽部二年目の幹部候補コマルが絞った冷たいタオルを出して呉れた。
「失礼しますっ! お顔と首をお冷やし下さい。」
「ぉお、ありがと…。」
眼鏡バンドを外して眼鏡を取り、氷のように冷えたタオルで顔と首を冷やした。生き返った心地がして、此方を『困って』見つめているコマルを見て微笑んだ。
「失礼しますっ! 体力補給に。」
反対側から二年責任者のネギが氷に浸かった栄養ドリンクを出して呉れた。クーラーボックスは二年リーダー部責任者のダコが持っている。
「何だい? お前ら、随分サービス良いなぁ。」
と、苦笑しながら冷たいタオルに再び氷水をかけ、腕まくりしたYシャツ姿で機材机横のパイプ椅子に座り、身の火照りを冷ましていると、目の前に彼らが整列した。何事かと目が丸くなる。
「失礼します。私共、まだまだ先輩方に
ソワカとロコ、コマルの目が潤んでいた。
「失礼します。普段大口を叩いておりながら、私どもにはまだ、恥ずかし
ネギはそう言うと、何か言葉が欲しいようにダコと共に立ち竦んでいる
僕は、黙ってYシャツの袖を下ろし、手にした栄養ドリンクをグイと飲みきって、立ち上がった。
「何か勘違いしてないか? 俺はお前等に、反省しろなんて一言でも言ったか?」
「いえーーーーーっ!」
「俺は三年間の成果をもって、役割を果たしただけだ。」
「…。」
「敢えてお前らに感じて欲しかったものを言葉にするならばだ、此れが俺が思っている団員の信念と、一般生徒・選手との繋がりだと、此の場を借りて表現したかっただけだ。」
「ハイーーーーーっ!」
「もし何かを感じたのなら、自分の此れ迄の成果を使って出来る最善を尽くして、これからに活かせ!」
「ハイーーーーーーーーッ!」
僕が戻ろうとする前に、コマルが立ちはだかった。
「お戻りのところ、失礼しますっ、本年度の綱領を曲げることを承知の上でお願いする無礼をお許し下さい。もし、宜しければ、先輩自らの手で、私どもに直に、其のお力を与えて戴けないでしょうかーっ。」
コマルは眼鏡を取って僕の目の前で叫んで願い出た。ソワカも眼鏡バンドを取り眼鏡をとっている。其の横に、ロコ、ダコ、ネギが気を付けをして並んだ。眼鏡を取って気を付けをするのは、上級生からの気持ちを受け取る覚悟を決めた時だけだ。
僕は、沈黙して目を瞑り、大きく深呼吸をした。
「失礼ーーーーしますっ。
再度、コマルが後ろに手を組み、僕の目の前で、下から顔を見上げてあらん限りの大声で叫ぶ、リーダー式の依頼をしてきた。
「よし…。お前らの気持ちは分かったっ!」
僕は、昨年までの先輩方が自分たちに対して全力でぶつかってこられた気持ちを思い出した。そして、自ら歯を食いしばり、コマルから順に一人一人の目をしっかりと見据え、右頬を平手で打っていった。
「どうもーーーーっ、有り難う御座居ましたーーーーーーーーーぁっ!」
全員を打ち終えたところで、五人が揃って目の前に顔を突き出し、大声で礼を叫んだ。
「おしっ。 以上だ。戻れ。」
「っしたーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!」
五人は全速力で夫々の持ち場に散って行った。
彼らを階下に行かせる許可を出したのが誰かは分かっていた。幹部席に綺麗に畳んで置かれ、ギラギラと照りつける太陽に乾いた上着を着込むと、ヨーサン、セージュン、ベーデの順に握手をして礼を言った。
ヨーサンは、
「言葉だけじゃなくて、敢えて身体のぶつかり合いを求め度い時もあるんだよ。」
と、目の前でまだ泣いているコマルを
セージュンは、
「必要な一発が全てを語るってこともあるわな。うん。」
と、使わない竹刀でコンクリートを叩きながら天を仰いでいた。
最後にベーデのところで僕が、
「人を打つっていうのは痛いものなんだな…。」
というと、彼女は相変わらず厳しい眼差しで僕の目の奥を見据え、
「何、貴男が目を腫らしてるのよ。救いのために打たれることを欲している場合もあるのよ。受け止める
と、僕を叱咤した。
「お前も、意外と…、鍛えたもんだなぁ。」
縁側で
「失礼します。役割がある限り、心身ともに鍛え続け、見る者、聞く者に勇気或いは元気を与えることが応援団の本質と、先輩方から学んでまいりました。」
「そうか。じゃ、これは其の先輩方からだ。」
先生は栄養ドリンクを一本差し出した。
「有り難う御座居まーーーーぁっす。」
僕は立ち上がり、両手で押し戴いた。
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