Ⅲ年 「定期戦Ⅲ」 (3)在るべき姿

【ここまでの粗筋】

 主人公「駿河轟」は「応援団」に所属する中学三年生。

 団長就任で、新方針で早くも直面した難局も乗り越え、愈々彼等最上級生にとって最後となる年間の最大イベント「定期戦」が始まった。

 物議を醸した「新たな試み」も、渉外会議と各校団長の理解によって衝突の危機は回避され、それぞれの定期戦が進んでいく。

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「はい、学生注目ーッ!」

「なんだーっ!」

「皆さんお腹いっぱいになって、そろそろ眠いところ恐縮であるーっ!」

「そうだーぁっ!」

「我々応援団員の昼食は以前より、此の握り飯二個と決まっているが、何故かご存じかーっ?」

「なんだーっ!」

「それは、お腹一杯食べてしまうと眠くなったり、動けなくなったりするという、実はとても迚もつまらない単純な理由からであるーっ!」

「そうだーぁっ!」


「しっかーし、それを哀れに思って下さるのか、毎年、本当に沢山の差し入れを戴いているーっ!」

「そうだーぁっ!」

「先ずは、一年五組O.K.さんからレモンの輪切りの蜂蜜漬けフローズン、タッパで4箱ーっ!」

「そうだーぁっ!」

「次に二年八組M.A.さんほか十二名のみなさんから栄養ドリンク、なんと二十ダースっ!」

「そうだーぁっ!」

「さらに、三年四組Y.O.さんほか十名のみなさんからロックアイスをアイスボックスで2ケースっ!」

「そうだーぁっ!」


 ほかのリーダー幹部が、僕が披露したものを一つ一つ手にとって皆に紹介していく。

「其のほか、まだまだ此処ではご紹介しきれないほど沢山のご厚意を戴いているーっ!」

「そうだーぁっ!」

「我々は、こうした我々を見守って下さる皆さんの御蔭あって元気に応援のリードをとれることを先ず感謝し度いーっ!」

「そうだーぁっ!」


「さあ、闘いは愈々後半戦であるーっ!」

「そうだーぁっ!」

「素朴な疑問だが、応援は何様どんな時に必要だろうかぁっ?」

「なんだーっ!」

「勿論、力が必要な時の支えであるーっ!」

「そうだーぁっ!」

「負けているときこそ応援が必要なのであるーっ!」

「そうだーぁっ!」

「電光掲示板を見よーっ!」

「なんだーっ!」

「えー……、勝っているーっ!」

「そうだーぁっ!」


 此処で、スタンドから失笑が漏れた。

「あー…、しかも、大勝おおがちであるーっ!」

「そうだーぁっ!」


 スタンドからは更に失笑が漏れた。応援席全体の緊張の糸が大分解だいぶほぐれてきた。

「じゃあ、我々は此処で荷物をまとめて帰ってしまって良いのかといえば、決してそうではないーっ!」

「そうだーぁっ!」

「此のスタンドの下には、此の勝ちぶりに大きなプレッシャーを感じている選手諸君がいるーっ!」

「そうだーぁっ!」

「勝ち試合の時のプレッシャーほど支えが欲しくはないかーっ?」

「そうだーぁっ!」

「先に立ち、追われる立場の時こそ、心を一つとし、手を握って励まして呉れる友が必要ではないかーっ?」

「そうだーぁっ!」

「私は此の三年間応援団をやってきて、苦しいときも楽しいときも、友が居ることの心の強さを痛感してきたーっ!」

「そうだーぁっ!」

「それは例えトラックの上で一人になったとしても、試験で机の前に一人になったとしても同じであるーっ!」

「そうだーぁっ!」


「さぁ。そろそろ話が長くなってきたので、此処らで心を一つにして、今一度、我らが友らに勇気を与えようではないかーっ!」

「そうだーぁっ!」

「此処に第一中学一千の師弟あり、と、声を届けようではないかーっ!」

「そうだーぁっ!」

「其のために不肖私が此の身を焦がそうとも、皆さんの声をトラックに届けるお手伝いを全力で務めいーっ!」

「そうだーぁっ!」

「さぁ、気を張っていくぞーっ!」


 僕は水をかぶり、三連呼からメドレーへと入った。

チアのチャンステーマ曲の後に続いてリーダーによる手振りのトリオが入り、愈々リーダーの出番が始まる。母校のチャンス曲は二曲、トリオは三パターン、それに第一応援歌、第二応援歌、第三応援歌をフルコーラスで加えると、丁度グロス・メドレーの持ち時間三十分弱になる。練習では、センター・リーダーを適宜交代して行ってきた。僕は、此の三十分を自らセンター・リーダーとして交代無しで務めようと考えていた。


 団長は、普段、最初と最後の校歌斉唱、チャンス・メドレーの途中交代要員くらいでしかリーダー板に上がらない。専ら全体を見回しているだけだ。

 それ故に一般生徒から見れば、一日中身体を動かしているリーダー下級生よりも《楽そうな存在》と誤解されているふしも無きにしもあらずだった。それどころか、自分のリーダー新人時代に単純に見ても、そう思えることさえあった。それでも、これまで応援団で過ごしてきた二年半の記憶には、八幡さんにも、末長さんにも、夫々団長としての強烈な《姿》があった。

 特練以降、ずっと自分なりの団長としての《姿》というものを考え続けていた。他の幹部たちは、僕から見ても夫々に十分な『見せ場』を持っていた。下級生、そして一般生徒に「こうあれかし」と伝える場所を得ていた。団長・駿河轟としての《応援における姿》は、何処どこにあるのか。三部のまとめ役であり、対外的な顔であるという《縁の下》と《象徴》だけで終わるのか。

 セージュンたち、他のリーダー幹部にはセンター・リーダーの交代無しは伝えていなかった。サインの最終決定権限は団長にある。案の定、暫くしたところで、セージュンが交代のサインを出し「降壇!」と叫んできた。僕は「まだ!」と叫び、サイド・チアのみが交代し、サイド・リーダーが上がった。

 最初から十分ほど経ったところで、またセージュンが交代のサインを出してきた。僕は再び「まだ!」と叫んだ。通常、リーダー幹部が数人も居ればチャンス・メドレーの交代は長くても三~五分に一回行う。それが『通常の全力』の目安だからだ。僕がそれを二回否定したことで、セージュンは僕の考えに気が付いたようだった。


「行くんだなーっ?! 良いんだなーっ?!」 

 セージュンが叫んだ。

「オウ!」

 短く答えた。


 セージュンは、それを境に、メドレー曲に応援歌を挟み、サイド・リーダーとサイド・チアを頻繁に代え、センター・リーダーが一貫して降壇していないことを目立たせる手法に出た。二十分を超えようかという頃、セージュンに、

「水ッ!」

と叫んでおいた。


 サイド・リーダー、サイド・チアを夫々四人に増やし、トラック正面を向いて拳を突き出してリードをとっている最中に、セージュンが氷入りの水をバケツで背後から体中に向けてブチまけて呉れた。此の辺りで、一般生徒も、僕が一度もリーダー板から降りていないことに気づき始め、指笛やら歌舞伎よろしく級友が僕の名前を叫んで声援する声が聞こえ始めた。リーダー下級生は其の反応を上手く利用し、さらに一般生徒を煽り、盛り上げていった。スタンドでは、立ち上がるまでに盛り上がっている部分も出てきた。


「あと三分!」

 セージュンからサインが出され、最後となる第一応援歌へと移った。生徒も、リーダー板上の幹部も全員総立ちで肩を組んで歌い、まさに優勝の前祝いに相応しいグロス・メドレーとなった。第一応援歌が終わり、僕は、スタンド全体を笑顔で見渡しながら、一歩前に踏み出し、ショート・エールをリードした。

 全校生徒の声が他校のメドレーをかき消すほどに競技場にこだました。

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