Ⅲ年 「定期戦Ⅲ」 (2)任せた

【ここまでの粗筋】

 主人公「駿河轟」は「応援団」に所属する中学三年生。

 団長就任で、新方針で早くも直面した難局も乗り越え、特別練習も無事に終了。

 様々な思いを胸に、彼等最上級生にとって最後となる年間の最大イベント「定期戦」が始まった。

-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-



 応援が始まる。ケーテンとカーサマの目論見通り、相手校名を倒す叫びを入れた『チャンス・メドレー』は、充分効果を発揮した。これまで比較的応援に距離を置きがちだった三年までが大声で叫んでいる。そうなれば当然、相手校にもはっきりと聞こえる。

 最初のクレームは昼前に来た。中央で指示を出している僕の処に四中ビシ側に居たデンが走ってきた。


「駿河、四中ビシ一中うちのメドレーに問題があるって、彼方あちら渉外ネゴが来たよ。」


 四中ビシ側をチラリと見遣ると、確かに四中あちら渉外責任者ネゴシエータが此方を睨んでいる。とは言え、団長おだいりさまが直に来ていないということは、まだ余裕がある証拠だ。僕は先生をチラリと見たが、先生は聞こえていながら、何くわぬ顔で競技に見入っている。『任せたと言ってあるだろう』と。


四中あちらの渉外に伝えて呉れ、其方そちらも同様に遣って戴いて構わない、と。」

「良いのね、分かった。」


 デンは、走って行き、相手の渉外責任者ネゴシエータと交渉している。四中ビシ渉外責任者ネゴシエータは意外にすんなり頷くと、団長に主旨を伝えに戻っていった。事はそれで済んだかのように思えたが、昼休みに入る間際、再びデンが走ってきた。


四中ビシ二中ともえの名前もメドレーに入れたことで、今度は二中ともえが怒ってるって言うのよ。」

「あ? 二中ともえから四中ビシのコールがよく聞こえたな…? まあ、分かったよ。じゃあ、今から渉外会議があるだろ、其処で伝えて呉れ。内容は、昼休み終了一五分前に正面中央入口で団長・副団長会議サミットを開催するということ。」

「分かった。昼休み終了一五分前に正面中央入口で団長・副団長会議サミットね。」


 デンはまた走っていった。

 僕は、前夜に考えていた一発勝負に賭けた。


*    *    *


 正面中央入口、時間通りに各校の団長・副団長が集まった。


「駿ちゃん、あ~れ~は~無いってぇ。」

「慣例違反でしょ。」

「否、俺は前からやっても構わんと思ってたけどな。」

 意外に当番校である四中ビシの団長が賛同してきた。


「ただ、やるなら渉外会議ネゴコミで事前に言って欲しかった。最初コールされっ放しだと、一般生徒を抑えるのが厳しかったわ。正直。」

「で、どうするんだ、なし崩しじゃなく、統一見解を出しておかないと、俺らは良くても生徒同士のイザコザの原因となるぞ。」

 案の定、三中あおいの団長が火消しの案を出せと迫ってきた。


「元々スポーツはさ、闘いは闘いとして徹底的に闘う。そして、それが終わればノー・サイドだ。其の意識を徹底出来ないかな。」

 僕は、切り出した。


「具体的にどうすんだよ? ただでさえ勝ち負けに拘って血気に逸る奴らだって居るんだぞ。」

 最も団員の血の気が多いと言われている二中ともえの団長が難色を示す。


「そうだな、三中うちも正直、此のまんまじゃ責任もてん。」

 三中あおいの団長が同意した。


「其処が団長おれたちの腕の見せ所だろう。闘いに対する一般生徒の闘志を煽るだけが俺たちの仕事じゃないってさ。今でもお互いの学校のラスト・ランナーの奮闘を讃えることは出来るじゃないか。それと同じように、熱くなった一般生徒みんなの心を元に戻してやるクールダウンさせることも応援団おれたちの仕事じゃないのか? 火は点けっ放しにするだけのものじゃないだろ?」

 僕は、温めていた持論を持ち出した。


「まあ一理あるな、優越感に基づいた勝者の奢りにも近い奮闘を讃える行為許りじゃなく、悔しさや煮えたぎった闘志をクールダウンさせるのも俺たちの領分だな。」

 四中ビシの団長が助け船を出して呉れた。


「競技終了後の選手団応援があるよな。あれは、闘いを終えた者を讃える場だろう? 賞が獲れても獲れなくても、順位が何位になろうと。其の流れを使って、『闘いは終わった。ノー・サイドだ』ということを、一般生徒みんなにはっきり理解して貰うんだ。」

「で? 具体的には?」

 三中の団長が譲歩してきた。


「団長挨拶で『ノーサイド』の意義を簡単に説明して、全他校へのエール交換だ。」

目の前の三人が考え込んだ。


「此処で勝ち負けに終始する世界は終わった。闘志は競技場の外に持ち出すな、ということだな。」

三中の団長が上手くまとめて呉れた。


「そうそう。上手く言って呉れて本当に有難いよ。其の通り。メドレーのコールはコール。しかし、それは此の競技場の中でだけだ。競技が終われば、元々俺たちは仲間なんだ、という意識をもって貰う。俺たちは、元々『ライバル』であって『仇』じゃないだろう? 『仲間』であって『敵』じゃないだろう? そう考えられないか? いけると思うか?」

 僕は最終確認を迫った。


「…いくか。確かにそれが俺たちの仕事の領分だわな。」

「最後の花道に、やり甲斐ある良い仕事呉れたよ。」

 多少の皮肉とともに、結果を各校の顧問に報告することを確認し、四人で握手をして団長・副団長会議サミットは終わった。


 一中ぼこうのスタンドに戻り、先生ブッサンのもとに行く。


「ちは、失礼します。只今、団長・副団長会議があり、今朝程から渉外会議を通して懸案となっておりました事項について、結論を出して参りましたので、ご報告致します。」

「僕は良いよ。貴方あなた方で決着付けて来たんだろ?」

「はいぃ。」

「じゃ、任せた。後で全部の報告と一緒に教えて。」

「有り難う御座居ます。失礼します。」


ブッサンの信頼が嬉しかった。と共に、此の定期戦の最後に残った仕事の重大さを痛感した。


*    *    *


 昼食のための休みが終わろうとしていた。午後の競技の前には、競技開始前のように、三十分ほどのデモンストレーションがある。競技開始前との違いは、既に一般生徒が入っているということだ。応援団では、これを大規模なチャンス・メドレーということで、グロス・メドレーと呼んでいた。

 トラック上で競技が行われていない状態で応援のみを行う。応援だけが目立つ此の時間に、来賓諸氏もトラック上から各校の応援の様子を見学し、後々、会合などでの話のネタにもなるほどのものだった。つまり、応援そのものが競技目的であるかの如く、応援団にとっては別の意味で力の入る時間だった。

 展開の指示が済み、グロス・メドレーの用意が調った。下級生の定期戦で使用して以来、僕は久しぶりに眼鏡バンドを付け、身繕いを整えた。


「セージュン? 鳥渡ちょっとだけ我がまま言って良いかな。」

「あ? 何だぁ? お前眼鏡バンドなんか付けて。」

「グロス・メドレーな、メイン、トリオ(メドレー曲をつなぐ部分)、チャンスコール其の他、中身を全部入れて、サイドリーダーとチアは適当に混ぜて呉れ。他に必要があれば俺から逆指示で叫ぶから。タイム・キーピング宜敷く。」


 僕は、学生服の襟ホックが外れないように、指でホックを押し潰しながら、セージュンに伝えた。


「『叫ぶから宜敷く』って、お前…。」

セージュンは、いきなりのことに戸惑っていたが、僕は、

「良いんだ、俺が先陣斬っていかないで何の代表者よ?」

と言い残し、サイド・チアとしてリーダー板の左右両側下に控えていたベーデとショコに指でサインを出し、二人を従えて、リーダー板に上がった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る