Ⅲ年 「選任」 (3)自覚を持ちなさい

【ここまでの粗筋】

 主人公「駿河轟」は「応援団」に所属する中学三年生。

 辛い二年生時代を乗り越え、男女を越えて信頼関係を築きつつある日々。

 団活動の幹部としての役職決めが始まるなか、「団長」に推される中、気になる存在であった「ヨーサン」との交流の中で得たイメージを基に方針案を疲労する。しかし、今一つ踏ん切りがつかない彼の背中を押す一言が飛んだ。

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 考え込みそうになった途端、ピンとした声でベーデが駄目を押してきたのだ。


「わかった。やる。」

「では、当年度団長を駿河轟君ゴーチンが務めることについて異論のある人は? ない? では、何か付帯意見のある人は?」

「はい。」


 ベーデが手を挙げた。


「駿河は、最初、強く立候補しいようには見えなかったけれど、間違っても《押しつけられた団長》にはならないで欲しい。皆から推挙されただけの理由と、自分の団長としての在り方を持っているんだから、徐々にでもそれを踏まえた自信のある運営をして欲しい。勿論、私達もそれを支えていく。」

「他には? ない? じゃ、駿河は、それで良いかな。」

「分かった。」


*    *    *


 団長決定の過程が「議論」になった所為せいか、自分自身がよもや団長になるとは思ってもいなかった所為せいか、急に、団長というものが《極めて事務的》なものに思えて仕方がなくなってきた。

 八幡さんも末長さんも、僕から見ると十分にカリスマ的で、単なる事務的なモノには思えなかっただけに、余計に自分の立場が異質であるかのように思われた。

 しかし、ベーデの言う通り、推挙された理由と、自説により団長に選ばれたのであれば、そこに拒否する理由もなく、そこに基づいて淡々と誠実に団長職をこなすことこそが勤めであるとも感じた。

 団長としての最初の仕事は、自分が口にした改善項目等を当年度の綱領としてまとめ、幹部一覧とともに顧問ブッサンの所に提出することだった。

 慣例に則り、和紙に筆で書く。


「あぁあぁ、見ていらんないなぁ…。代わりに筆耕してあげようか?」


 横で目をキラキラさせて面白気に見ているコーコが口を出す。


「駄目だよ。これは俺の仕事なんだから。内村コーコ、自分の仕事しろよ。色々あるんだろ?」

「今は無いよ。私は補佐職サブ居ないし、リーダー部のテク覚えるだけだから」

「あ、そうやって、また、リーダーを馬鹿にしてるだろ? 大体言うに事欠いて『だけ』ってなんだ『だけ』って。」


 セージュンが窓際の席から不服そうに口を挟んだ。


「だって、リーダーはチアのテク覚えられないけど、逆は楽だもの。」


 確かに、チアの複雑な動きは、基本の動作を2~8拍で刻んでいる僕らにとっては、「すぐに覚えろ」と言われても一朝一夕にいくようには思えなかった。それ自体は反論の余地無しである。


「でもな、持久力とか、トメハネとか、単純なりに使うところが違うんだぞ、甘くみて貰っちゃ困る。」


 セージュンが飽くまで食い下がる。


「そうそう、此処を使うか、コッチを使うかの違いだね。」


 コーコが頭と力こぶとを指さして、直ぐに逃げ出した。


「待て、コノヤロ!」


 セージュンが椅子を蹴飛ばして追っかけて行った。

 他の皆は夫々、自分の仕事の引き継ぎ事項を確認し、補佐役サブを指名していた。


「えーっと、馬鹿二人は放っておいて…と…。」


 ベーデは早速二年の女子部責任者補佐ガーリーサブに細川を指名し、呼び付けて指示を出していた。


「ぇえーっ? 女子部責任者ガーリー、ベーデさんに決まったんですか? ショコさんじゃないんだぁ…。」


 二年部員にとって、これから一年の方針が決定される幹部の選任は此の時期最大の関心事だ。


「二年目に成ったというのに、団室に呼ばれて挨拶も無しで、其の口聞きは何? 最初からやり直しなさいっ!」


 去年までなら女子部とはいえど、これくらいのことをやらかすと、いきなり平手打ちくらい飛んでいる場面だった。それでもベーデは、手を上げずに、鋭く響く言葉だけで済ませた。


「ぁ…失礼ーしますっ。応援団女子部二年細川絵美。本年度女子部責任者補佐を務めさせて戴きますので、以後、よ・ろ・し・く・ご指導ーーの程、お願い致します。失礼ーーーーしますっ。」

「それで良いわ。貴女も指名された自覚を持ちなさい。 良い? 私が女子部責任者になったことを、女子部の皆に伝えて頂戴。また、女子技術責任者は岡山翔子さんだから。それも併せて伝えて頂戴。」

「失礼します。応援団女子部二年以下全員に、女子部責任者には三条ベルナデート亜惟先輩、女子技術責任者には岡山翔子先輩が就任されたことを連絡致します。失礼ーーーします。」

「はい、じゃ、すぐにお願い。」


 女子部責任者ガーリーは、男子で言えばリーダー部責任者だ。『示し』をつけ、また『隙』を決して見せてはならないのだ。まさに『鬼』役である。一方の女子技術部責任者テクデリは、男子で言えば新人監督フレカンに相当する。テクニックの指導や諸々の相談事にのるのが仕事のお姉さん役だ。好対照の二人だが、此の二人の天秤が吊り合うことで女子部特有の心身ともに難しい運営を乗り越えていた。


*    *    *


 矢渡やっとの思いで、和紙に当年度綱領と幹部一覧を書き上げ、皆の最終確認も貰い、夕方の職員室を訪れた。


「失礼します。三年、駿河です。片淵先生に用務があって参りました。」


 片淵先生ブッサンの席に近寄り、身なりを正して、団長として最初の外仕事を始める。先生は机に向かっていたが、


「ん? 用事があるなら、良いよ~。御免、其の儘続けて。聞いてるから。あ、先生方、鳥渡ばかり儀式でウルサクなりますけど、すみませんね、直ぐ終わりますから。」


 僕は、両手を一旦大きく広げ、大きな音を立てて気をつけをする。他の先生方は、「おうおう、恒例の儀式が始まったか。」とニヤニヤしている。


「失礼ーー致します。応援団三年、駿河轟、当年度、団長ーーを務めさせて戴くこととなりましたので、ご報ー告に上がりました。これより先、これまでにも増しまして、一っ層ーーっご指導のほど、よ・ろ・し・く、お願いいたしまーーぁす。」

「はい、分かったぁ。お前が団長になったんだな。」

「はいぃーーっ!」

「引き受けたからには、頑張りなさいよぉ。」

「はいぃーーっ!」

「んで、あとは?」

「失礼ーーします。当ー年度幹部一覧並ーびに幹部会で協議の結果、活動ー及び指導綱領を纏めて参りましたので、ご一読の程ーっ、よ・ろ・し・く・お願い致しますっ!」


 三つ折りにした和紙を両手で先生に手渡す。


「ん? どれ。」


 先生は、僕の下手くそな毛筆のことには触れずに、じっと読んでいた。


「これで幹部全員が納得したんだな?」

「はいーーっ!」

「一つ聞くけど、今やってる、お前さんのそれは此処に書いてある《過度の挨拶》てやつじゃないのか?」

「失礼ーします。これは《儀式》ーですので、謂わば行事の一貫です。従って《過・度・の・挨拶》には…。」

「よしよし、良いよ。これも分かった。皆で身体に気をつけて、頑張りなさい。副顧問の華和さんと辻さんは今日、外勤務だから、僕から伝えておく。保健室と音楽室はウルサイの駄目だから、改めての挨拶は要らないって言ってたから良いよ。明日、軽く、普通に報告だけしておきなさい。あぁ、これは十四人分のバッヂ。」

「はいぃーーっ。有り難う御座居ましたーーーーーぁっ。失礼致しまーぁっす。」


 礼をして職員室を後に、いそいそと団室へと戻る。


「先生に挨拶と報告して来たよ。エビさんとパヤさんは今日は居られなかった。」


 団室には、先刻駆け出して行った二人も含めてみんなが揃っていた。


「先生、何か言ってた?」


 コーコはいつだって興味津々である。


「取り立てて何にもなし。皆で決めたことなら、最後まで頑張りなさい、だそうです。はい、これお待ちかねのバッヂ、替えは無いから、皆失くさないようにねぇ。」

「もう、いっつもそうなんだから。一言だけ。『任せる』、『頑張れ』、『何ですか、コレは!』ばっかり。」


 デンが、多少不服そうだったが、女子は皆して漸くセーラー服の胸に付けることが出来た応援団のバッヂをハンカチで拭き、姿見に映して照れくさそうにしている。


「自分でしてみると…、これって結構大きいんだ…。」

 ショコが感心している。


「これが経験と責任の大きさってやつ?」

 コーコは相変わらずケラケラとはしゃいでいる。


「折角なんだから、真鍮なんかじゃなくて銀とかプラチナで作れば良いのに…」

 ベーデが的外れなことを言って失笑を買う。


「漸く貰ったバッヂだって、生徒手帳の赤文字が増えたら没収、退団なんだからね。」

 デンが釘を刺す。


「はいはい、遅刻しません、寄り道もしません…。ねーっ? もうここから外れないもんねー?」

 団内では一番赤文字が多いケーテンがバッジを学生服の袖で磨きながら呟いた。


「あ、カーチャン、みんなの役職決まったから、幹部の腕章発注お願いね?」


 僕が言っている最中に、


「もう、先刻さっき頼んだ。特急で。来週には十四人分、校正初版が出来るって。」


と返事が返ってきた。将来は実家の会計事務所を継ぐのだという小柄なカーチャンは、微笑みは絶やさないものの、一日、いや一週間に何回声を聞くだろうかと数えられるほど寡黙で、其の分、仕事については決して抜かりが無かった。


 其様そんな個性に溢れた皆が、夫々それぞれに将来像を思い描くなか、来たるべき新学期が幕を開け、文字通り「手探りで新たな」活動が始まった。

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