Ⅱ年 「御側役」 目の輝き
【ここまでの粗筋】
主人公「駿河轟」は「応援団」に所属する中学二年生。
先輩や仲間に支えられつつ成長する日々。
年間のメインイベント「定期戦」では、過酷な役割である「バクセン」を、同様に過酷な「フクカン」を下命された同期の女子ベーデと共に乗り越えた。
秋が深まり、まったりとした時間が流れるなか、今年はどんな日常生活が待っているのか。
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木の葉が舞い散って秋も深まる頃、応援団の練習も少し落ち着いてくる。其様なある日、数学の時間の後、吹奏楽部の幹部候補
彼女とはホームルームは違っても,英語や数学の習熟度別クラス編成で一緒だった。彼女は元々女子部志願だったのが、吹奏楽部からの女子の幹部候補立候補者が居ないということで、自ら手を挙げて女子部から吹奏楽部へと移った変わり種だった。
癖のない髪を心持ち真ん中から横分けにした、襟に矢渡届くほどの短めの髪、大きな目(驚くともっと大きくなるので、一部で『梟のようだ』とも揶揄されていた)、常に他人を惹きつけるにこやかな笑顔で、一年生の時から男子に人気があった。
「薄暗い音楽室に居てアノ人気なんだから、女子部に残ってたら、どれだけのものになっていたか、だな。」
リーダー部員の下世話な話は、あながち外れているものでもなく、下駄箱へのラブレター投函は、前年までアイドルだった
応援団では学年毎に定期的なミーティングがある。リーダー部員、女子部員は全員集まるのに対して、吹奏楽部員は幹部候補の二名(男子のカーサマと女子のヨーサン)だけが参加する。ヨーサンは元々女子部志望だっただけあって、気合、応援に対する考え方共に充分な意欲を持っていて、ミーティングでも積極的に発言し、リーダー部員、女子部員とも分け隔て無く、《応援団員》であることを自負していた。
新人の時の定期戦デビュー以来、吹奏楽部でありながら他校にいち早くファンが出来たくらいで、最早
男子では、彼女に話しかけられると、間近で見る彼女の可愛らしい容姿のド迫力に、まるで外国人にでも話しかけられたように一瞬言葉を失って了う者も少なくなかった。実際、僕も、まだ彼女に慣れていない一年生の時、吹奏楽部同期の女の子の怪我見舞いに行く際、一対一で話しかけられ、心臓が飛び出そうになったほど緊張したものだった。流石に二年生ともなれば、ミーティングの回数も重ね、普段の何気ない廊下でのハイタッチでの挨拶や、鳥渡した会話も多くなり、応援団の中では、互いに、ともに話す相手として、おそらく団員中で一番多いくらいになっていた。廊下のロッカーを机がわりに、休み時間に僕が一年生に勉強を教えている横を通りかかったヨーサンが、
「
と声を掛けて呉れるので、僕は、教科書とノートを見た儘で手だけ挙げ、
「おう!」
と、ハイタッチだけ応じた。
そういう様子を見ている級友たちからは、「駿河、お前、よく、三島さんと、気軽にハイタッチなんか出来るな?」と言われたが、「同じ団員だし。別に変じゃないだろ。彼女とだけしてる訳でもあるまいし。」と答えていた。それでも級友たちは、「お前、他校じゃ神にも近いアイドルだぞ。それをよくもまあ、毎日、パンパンと。何回も手に触ってるなんて知られたら、ファンから刺されるか、崇められるか、だな。」と言っていた。すっかり慣れて僕はと言えば、「彼女はアイドルである前に俺らの仲間だ。同級生に対して馬鹿か、お前らは?」で済ませていた。
* * *
其様な彼女が、今日は少し声を潜めて話しかけてきた。
「駿河君、あのね…お願いがあるんだけれど。」
「何?」
「
廊下の端から外に出ると、直ぐ横に屋上に上がる階段がある。其の裏で、彼女は用件を切り出してきた。
「あのね、今日、放課後、時間あるかな?」
「予定は何もないよ。」
「一緒に来て欲しいというか、離れて様子を見ていて欲しいことがあるんだけど。」
「何? どういうこと?」
「誰にも言わないで、ね?」
「おう、分かった。」
「塾の友達を通じて、
其の塾は、僕も、コーコも、カーサマもというか、団員の殆どが一緒に通っている所だった。
「あらま。」
「それでね。きちんとお断りのお返事をしたんだけれど、どうしてももう一度、直接会って、気持ちを伝え度いって手紙が来て、今日の四時に富士見公園で待っていて下さいっていうの。」
「ふーん。それは女の子一人じゃ怖いな。」
「でしょう? だから、何も無ければ無いで済む話だし。最初から誰かを連れて来ましたっていうのも相手の子に失礼だし、駿河君に変な噂が立っても不可ないし…少し離れたところで良いから、見てて呉れないかな。」
「いやぁ、俺は変な噂が立っても良いぞぉ。」
恐らく他の男子であれば絶対に言えないようなことを、半ば本気、半ば冗談で言うと、
「其様なこと言わないの。ね、お願い出来ない?」
彼女が片目をつぶって手を合わせて拝んでいる。
「事が事だから、俺一人が良いんだな?」
「そう。流石察しが良い! これは出来るだけ他の人には知られ度くないの。」
「そうだな。では、不肖私、駿河が、姫の御側役としてお供仕りまするか。」
「有り難う。助かるわぁ。じゃ、三時半に富士見公園手前の交番の前で良いか知ら。」
「はいな。」
午後三時半。交番の前に両手で鞄を持った彼女が待っていた。
「御免なさい。忙しいのに。」
「
「もう。有り難う、…気を楽にさせて呉れて。」
「じゃあ、何気なく、ヨーサンからは見えても、目立たない処から見ているから。」
「うん。お願い。」
公園には小さい子どもたちの他には誰も居なかった。彼女は、ブランコ横の小さなベンチに座って待っていた。僕は、其の対角線にある、丁度入口からは死角になるけれど彼女からは見えるベンチに座り、文庫本を読んでいるふりをした。
余程肝の据わった奴でもなければ、入口から一目みて彼女を見つければ、周囲までは気が付かない筈だ。
公園の時計が三時半を指した。少しすると肩掛け鞄の男子学生が現れた。鞄の校章は確かに
見る限り、凶暴そうな奴でもない。其の男子は、彼女に近づくと、帽子をとって頭を下げ、声を掛けた。
ヨーサンは立ち上がり、会釈を返した。男子が二言三言話しかけ、何か手紙を渡そうとしている。彼女は、両手の掌を相手に向かって広げて「貰えない」という素振りをしている。男子は仕方なく、手紙を鞄に仕舞い、帽子をとり、再び頭を下げて公園を駆け出して行った。彼女は、立った儘少し背伸びをして、其の男子が確かに駆け去っていったことを確かめたのか、ゆっくりと此方にやって来た。
「有り難う。済んだわ。」
「結構、紳士的な子だったじゃない。円満に済んだの?」
「うん。受験が終わるまでは、私はどなたともお付き合いや、新しいお友達は作らないんです、って言ったら納得して呉れた。」
「それはすんなり済んでよう
「冷やかしちゃいやよ。ご迷惑お掛けしました。」
彼女が深々と頭を下げて御礼を言った。きっちりと纏められて分け目のついた髪の毛が目の前でツヤツヤと輝いている様は、何か、普段目にしない不可ないものでも見てしまったかのような錯覚に襲われてドキリとした。
「えっと…行こうか。」
「ゴーチン、途中まで一緒でしょ。偶には歩きながらでも少し話そうよ。」
僕らは、普段、練習場所が違い、合同練習の時や同期での集まりの時くらいしか話をしないけれど、其の日は、ゆっくりと歩きながら、夫々の話をした。
「
「そういう
「え? そうだな、見た目の魅力と、身体を鍛えようと思って、かなぁ…。」
「私はねぇ…、目の輝き。」
「輝き? それはまた、えらく細かい処を、見ているんだなぁ。」
「見ようとしていた訳じゃなくて、眼力を感じたって言った方が正しいかな。なんていうか、上級生の団員の目の輝きでピンときた。迚も澄んで見えたから。」
「ふーん。それで
「どうか知ら、まだ、自信ないな。駿河君は?」
「澄んだ目なら『一途』ってことだろ? まだまだ、かな。」
「でも、此の間のバクセン、大変だったでしょ? あれは『一途』だよ?」
「ああ、でも二年部員は誰でも大変だぁ。部を問わず、それは一緒でしょ。」
「
「嫌だったら、もうとっくに辞めてるよ。」
「そうかぁ…。そういうのって竹刀で叩かなくちゃ分からないようなものなのかな?」
「まあ、竹刀はただの『きっかけ』と『象徴』だね。王権の杖みたいなものなんじゃない。実施、見た目ほど痛くはないし。」
「ふーん…。もっと実効性があって、前時代的じゃないものってないものかな、って私なんか考えちゃうけど。駿河君は、そういう因習的なものも必要悪みたいに存在しなければならないものだ、って思う方?」
「うーん、縛られるほどの強い象徴じゃないと思うから、三島さんが言うような『代わるべきもの』があれば、それでも良いのかも知れない。俺は拘らないな。」
「それに
「ふーん、そうなんだ。でも、流石に乱闘まではいかないよな。」
「それは…勿論ないけど、なんか可笑しいと思わない? オリンピックだって、競技が終わればみんな東西も南北もなく、選手は手をつなぐよ。塾でも
「そうだなぁ。定期戦って、闘争心許り強くて、必要以上に垣根を作っている感じはあるよな。」
「私は其様な競わせ方は、不必要な「心の中のベルリンの壁」だと思う。」
「随分突っ込んだ処まで考えてるんだなぁ。」
「でも、私一人じゃ出来ることは知れてる。理解出来る人、実行出来る人が居て呉れないと。そして、それが伝わっていかないと。」
「うーん。みんな、今の状態で精一杯の感が強いからなぁ。でも、そう言われてみれば、何とかし度い、って気もするなぁ。」
「はぁ、今日は本当に助かった。…あのね、凄く失礼なことを承知でお願いするんだけど…また、こういうことがあったら、お願いしても…良いかな? 全てを信頼して。」
「姫のお役に立てるのであれば喜んで。」
「有り難う。じゃあ、二人だけの秘密…絶対、約束ね。…あ、これ、最近、私が気に入ってよく聴いてるの。押しつけがましいけど良かったら今日のお礼だと思って聴いてみて。」
ヨーサンは、鞄からThe BeatlesのAll you need is love と Imagineのシングル盤を出した。
「お…、有り難う。」
僕はレコードを傷つけないよう、固めのバインダーの間に挟み、鞄を閉じた。彼女はにっこりと微笑んで右手を差し出してきた。僕は当たり前に握手をし、それでも何か少し得した気分で帰途についた。
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