Ⅱ年 「特連Ⅱ」 期待に応えろ!

【ここまでの粗筋】

 主人公「駿河轟」は「応援団」に所属する中学二年生。

 憧れの女子「小林先輩」をはじめ、同期の仲間にも支えられつつ活動の厳しさを乗り越え、成長する日々。

 学年が進み、後輩も出来る春、今度はどんな試練と経験が彼等を待っているのか。

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 新年度を迎え、運動会に向けた応援指導クラス入りが始まった。実際にクラスで指導をするのは三年生だが、二年目の僕らは補助者として一緒に入る。一年生が恥ずかしがらずに声を出せるように緊張感を解すため、団員自ら明るく振る舞って、生徒を盛り上げるのが僕ら二年目の役目だ。僕は、リーダー部責任者の保科さん、同じ二年目ではショコと一緒に教室に入った。

 保科さんは、流石にリーダー部責任者だけあって、人の心を掴むのが上手い。直ぐに、硬い一年の表情を崩し、彼らが応援の世界に入り込める空気を作った。僕とショコは、精一杯、机の間を回り、一緒に声を出して、応援とは、こういうものだ、ということを身体で示していった。


 運動会は、定期戦と違ってお祭りだ。生徒が楽しめる応援が主たる目的なので、応援団としてもリードの仕方が若干異なる。其の分、リーダーとしては定期戦より気は楽だ。しかし、《応援としての》対戦相手の手の内が分かっていること、秋の定期戦に向けて新たなアイデアやテクニックを試す重要な場でもある。

 手を抜いているのが目に余れば、集合がかかり、裏で鉄拳制裁を受けることになって了う。何につけ気を抜くなというのが応援団の鉄則だった。


 春の夕暮れ、風が涼しくなってきた頃に運動会も終了し、一般生徒は皆帰り、応援団の集合も終了した。

 散った上級生の中から保科さんが、此方に近付いて来るのが見えた。


「駿河ぁ。」

「はいぃ!」

「今、末長とも話して来たんだが、お前、今年の定期戦のバクセンやれ。」

「…。」

「…返事っ!」

「はいぃ! 失礼致しましたぁ。失礼します。私、応援団リーダー部二年駿河轟、本年度定期戦のバクセンを務めさせて戴きますので、よ・ろ・し・くお願い致します。失礼します。」

「ぉし、分かったぁ! 頼んだぞっ!」

「はいぃ! 有り難う御座居まーーーーーぁす!」


 返事はしたものの、これは大変なことになった。


「何? 何? 駿河君、また叱られたの?」


 直ぐに、目元に好奇心と笑みをたたえてコーコが近寄って来た。


いや、今年の定期戦でバクセンやれって…。」

「凄~いじゃん。バクセンって二年としては独壇場はながただよ!」

「他人事だと思って、そう簡単に言うけどさぁ…。」

「あら、才能を認められたんだから、素直に努力して精進しなさいよ。」


 慌てふためいて騒々しくしている僕らの横を、ベーデが普段の通り、褒めているのか突き放しているのか分からない言い方で、さりげなく通り過ぎて行く。


「ベーデはさ、先刻女子部責任者の遠野さんから呼ばれて、定期戦の女子副監督フクカンを指名されたんだよ。」


 コーコが内緒ひそひそ話のように教えて呉れた。

 女子副監督フクカンというのは、女子部の実質上の現場責任者だ。応援中はリーダーバクセンからの指示を見てそれを女子部全体へ伝える「鏡の鏡」だ。女子の応援テクニックの流れを見極めつつ、指示を出す、一瞬の判断の遅れが集団としての動きが崩れる要因になる。考えようによっては、バクセンよりも複雑な仕事だ。バクセンが間違えば、女子副監督フクカンも連鎖的に間違える。まさに一蓮托生、死なば諸共の運命共同体。


 辞退は出来ないというのが伝統だったが、去年の保科さんの苦労を見ているだけに、定期戦のバクセンが、簡単に受けられるような仕事ではないことくらい充分分かっていた。通し練習、そして本番が成功するか否かは、応援の組み立てをする幹部の頭と、それをリーダーとチア、吹奏楽部に正確に伝えるバクセンと女子副監督にある。吐き気で胸が冷たくなるほどのプレッシャーが襲ってきた。前方には、半ばイヤイヤながら覚悟を決めつつ歩いている、其様な僕とは好対照に背筋をピンと伸ばし、普段のように意気揚々と帰って行くベーデの姿が見えた。

彼女は、常時凜としていた。チアとしての演技以外では団員ですら笑顔を見ないほどのポーカー・フェイス。無駄口はきかず、無駄な笑顔も漏らさず、其の分を全て状況判断に使っているかのように冷静で、適時に直球ど真ん中のストライクを剛速球で発言する。其様な彼女にだけは迷惑をかけられないと心配している僕とは正反対だ。いっそ役職を交換するか、とまで頭をよぎった。


*    *    *


一年ぶりの特連おいこみがやってきた。

今年のスローガンは「一人の脱落者も出すな」だった。

二年の立場は、一方的に従っていれば良い新人の時とは違う。幹部の意思を受け、それを一年に的確に伝え、指導していく。それが上手くいかなければ、責任は当然二年が負う。練習の最中に、何度もリーダーだけで集合がかかり、リーダー部責任者の保科さんから注意が飛び、竹刀で叩かれる。


今年の新人は、男子十八人、女子十五人。僕らは、去年の轍を踏むまいと、新人同士の結束力を今のうちから強めるように、指導してきた。

七人の二年で十八人の新人を指導するのは正直、可成りの無理があった。なかなか覚えられない応援テクニック、一般生徒の誘導方法、バクセンを見てのタイミング合わせ。人数が多くなれば多くなるほど、失敗は多くなる。


バクセン担当の僕は常にセンターリーダーに合わせてサイン指示を的確に全員に伝えなくてはならない。と同時に、自分自身の応援テクニックも磨かなければ、一般生徒の中に入っているリーダーは状況を見失うことになる。競技場のスタンドを想定してセンターリーダーから数十メートル離れた位置に机を四つ並べて置いた上に立ち、『鏡』となる。必死で練習するが、どうしても新人に過ちが出る。其の度に両手の指先で『前に来い』と集合のサインがかかり、センターリーダーから最も遠い位置から走って集合の列に駆けつけた途端、竹刀が飛んでくる。


「新人じゃねえんだから、きちんと指示をしろよぉっ!」

「はいぃーっ!」

「テクの動きをセンターに合わせろっ!」

「はいぃーっ!」


 一言一言に竹刀が飛んで来る。


「…展開っ!」


 保科さんの声で、また応援の体型に戻り、練習が続く。

 末長さんのサインで保科さんがリードをとる。僕がバクセンで其の鏡役となる。

 新人が崩れる。


「集合!」


 保科さんのサインでセージュンの声がかかり、またリーダー全員が集合する。僕はまた、最も遠い位置から集合の最前列に入り、竹刀で叩かれる。


「動きが小せぇと、みんな合わせられねぇだろうがっ!」

「はいぃ!」

「バクセン無しで、応援指導出来るのかよっ?」

「いえぇーっ!」

「動きを大きくしろよっ! 身体小せぇなりに工夫しろっ! 頭使え、頭!」 

「はいぃ!」

「お前は出来るんだよ! 出来るからさせてんだよ! 期待に応えろぉっ!]

「はいぃ!」

「…展開!」


 何度も何度も、リーダーでの練習が続く。リーダーが崩れれば脇で練習を合わせている女子部も崩れる。女子部が崩れれば、リーダー部の集合で僕が竹刀で叩かれていることと同様に、ベーデが女子部責任者から顔面スレスレで怒鳴られる。数十回とくり返されていたそれが、やがて十数回となり、数回となり、ようやく凡ミスによる集合だけはなくなった。


 ベーデと僕は、毎日顔を合わせていたが、決して僕を責めたりはしなかった。


「御免な、俺の所為で、お前まで怒鳴られて。」

「駿河がミスをしていた頃は、私もミスをしていた。だから、責めることなんか出来ない。そして今のミスは、駿河だけのミスでもなければ、私だけのミスでもない。リーダーとチア全体のミスよ。ただ、彼らと彼女らがミスをしない鏡になることが私たちの役目なだけ。」


 彼女はいつも前を向いて、誰に言うのでもない風に訥々とつとつと意見を口にした。

 バクセンは最後段で前方を向いているから、観客から見えることは殆どない。それでも「辛い顔を見せるな」と叱られる。反対に女子副監督は、最前列で観客に顔を向けているから「笑顔を絶やすな」と叱られる。どちらの方が大変かは、まだ幼い男子でもわかる。

 他愛のない馬鹿騒ぎより、理屈で議論する場の方を好む彼女は、まだ僕らのような《オンリーパワー》の男子にとっては「一体何、考えてるのか」分からない不思議な存在だった。


*    *    *


 あっという間に二週間が過ぎ、何とか新人の動きにもキレが見え始め、恒例の三部合同練習が始まった。

 二年目の僕らは「これからが正念場だ。此処で新人に脱落者を出すな!」と意識を確認し、踏ん張った。練習だけではなく、日中も、昼も、朝も、可能な限り、新人に声を掛けて回った。


 二時間を超える通し練習が始まった。

(俺が踏ん張らないと、ベーデも崩れる、リーダー、女子部全体が崩れる!)

 バクセンの僕は、其の思い一心で、末長さんのサイン、保科さんのリードに従いて行くのが矢渡だった。可成りの練習量を積んで来た新人でも、慣れずにどうしても立ち崩れる。幹部の竹刀が飛ぶ前に二年目が飛んでいき、水を飲ませ、目線まで下りて顔を覗き、励まし、立ち上がらせる。

 それでも、僕から見たリーダーの練習状態は、去年同様のものだった。ただ、昨年と違ったのは、僕ら二年の動きに対して、幹部が一定の評価を与えていて呉れることだった。闇雲に新人を竹刀で叩かず、二年の指導に一旦任せて呉れている。其の甲斐あってか、其の年の新人退団者は、男女夫々二名ずつと少数だった。


 最終練習での末長さんの挨拶は、


「一人一人が自らの成すべき役割を果たしていけば、自ずと結果は生まれてくる。」


だった。

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