Ⅰ年 「応援団とは」 (5)最終最後まで

【ここまでの粗筋】

 主人公「駿河轟」は「応援団」に所属する中学一年生。

 活動の厳しさに追われるが、道の先を行く先輩の薫陶を受け成長する日々。

 憧れの女子「小林先輩」に指導を受ける中、入学式以来の想いを告白した彼に、先輩は上手に手綱を握り本来の道に戻していくのだった。

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 其の後、僕は、時間的な余裕が少し出来たことで、本来の勉強に身を入れ、小林ヘルツさんとの約束通り、何とか二〇番台まで上昇したが、今度は体調に異変を来していた。

 練習での過労と、順位が下がってはならないという緊張感で慣れない追い込みを自分に掛け、周囲を気にし過ぎた結果、周囲に対して壁を作って自分の殻に閉じこもって了ったような心持ちだった。誰にも会う気がせず、やる気も起きず、身動きもできず、一週間続けて学校を休んだ。

 応援団が嫌いなのか、勉強が嫌いなのか、学校が嫌いなのか、漠然と自問自答してみたところで、嫌いな理由など見当たらず、それでいて漠然とした孤独感に苛まされ、いたずらに日が過ぎていった。


 週が明けると流石に「行かないこと」による不安の方が勝ってきて、「これは行かねばもっと悪くなるな」との方向に考えが落ち着いた。

 学校に行くと、先ずベーデが此方を見つけるや否や、ガタガタと机にぶつかりながらやって来た。


「駿河、身体、どうなの? 大丈夫なの?」

「…其の前に、お前、今、机にぶつけまくってた腰の方が大丈夫か? 俺は、まあ鳥渡、何を考えてもまとまらなくって、やる気が出ないっていうか。」

「応援団…、辛いから? それとも勉強?」

「否、それだけって訳でもなくてさ。どっちも嫌いじゃないし。何て言うか、孤独っていうのかな。」

「そう。何かあったら同じクラスなんだし、リーダーとか女子とか関係なしで言ってよ。折角一緒に特練乗り越えて『一年』になれた同期なんだから、ね。みんなも心配してるよ。今日も出て来なかったらお見舞いに行こうかって言ってたくらいなんだから…。」


 其の言葉の通り、最初の休み時間はデンがやって来た。


「あんた、大丈夫?」

「ああ、流石にもう休む訳にもいかないし。」

「特練も小さい身体で一番頑張ってたって、末長さんが褒めてたよ。」

「有り難う。」


 続いて、いつものようにニコニコ笑いながらコーコ。


「ああ、居た居た。いやぁ、色々考えたんだけど、言葉にすると恥ずかしいから、はい、これ。」


 彼女は、綺麗な千代紙に書いた折手紙を呉れた。


「ゴーチンへ

 身体、大丈夫かな? ゴーチンは小さな身体で頑張ってるから、見ている方が心配だけど、私らなんかよりもずっとずっと強いんだよね。特練で同期を励まして回ってた回数が一番多いのはゴーチンだったの知ってる。勉強だって、常時上位二割以内だし。だから、無理しなくても大丈夫だよ。気を楽に行こう。最終最後までみんな一緒に。 亮子」


 セージュンとケーテンとヤーサンは一緒に来た。


「おい大丈夫か? 折角此処まで来たんだから、一緒に最後のコールまで行こうや。なぁ。」


 タイサンとカーチャン、ショコは昼休みに来て呉れた。


「何か力になれることが有ったら言ってな。」

「一人で許り頑張ってると倒れちゃうから。ね。」


 吹奏楽部のカーサマとヨーサンも一緒に来て呉れた。


「リーダー、大変だと思うけど、リーダーが居ないと俺たちも張り合いがないし。」

「ゴーチンみたいに、普通に見えて頑張れる人が居ないと、後に続く人も生まれないから、無理しないで頑張ってね。」


 僕は、皆が夫々それぞれ自分の考えで見舞いに来て呉れたことが心底嬉しかった。全員が相談して一緒、というのではなく、めいめいに考えて三々五々やって来て呉れたことに、団員としての結束力を感じていた。そう、彼ら、彼女らが、一人ずつ、一言ずつ声を掛けていって呉れる度に、自分の中で勝手に凝り固まっていた孤独感が解けていくことを感じた。そしてそれとは逆に、殻に閉じ籠もって逃げようとしていた勉強と、応援団と、学校生活のバラバラな塊が、『仲間』という者の存在で一つに固まっていく意識を感じられた。

 それが分かると、今度は、自分が気持ちを伝えに行かねばならぬ所があると思った。


 先ず、二年責任者の末長さん。


「失礼致しました。ご心配おかけ致しました。リーダー部一年、駿河轟、回復致しましたので、本日より、復帰させて戴きます。ご迷惑おかけ致しました。失礼します。」

「おう、本当に心配したぞ。大丈夫か? 何か有れば、必ず口に出して言えな? 黙って塞ぎ込まれちまうと、声の掛けようも無くなっちまうから。」

「はいぃ。有り難う御座居ます。失礼ー致しまーぁす。」


 次に、三年の八幡さんと小林さん。偶々たまたま一緒に居られたので、挨拶も一緒になって了った。


「失礼します。ご心配お掛け致しました。リーダー部一年、駿河轟、本日より復帰致しますので、これまで同様、よ・ろ・し・く、お願い致しまーぁす。失礼致しまーぁす。」

「おう、身体大丈夫か? お前、成績の方は大丈夫そうなんだから、身体ぁ気ぃ付けろよ。勉強も工夫していけ、工夫。な。分からんところが有ったら遠慮無く小林ヘルツに言え。」

「心配したよぉ。定期戦での乱闘の後遺症が今頃出たんじゃないかって、先刻も八幡君ヤッチに文句言ってやったんだから。でも、良かったぁ。また一緒に頑張ろうね。本当に、勉強も遅れてたら一緒にやろ、ね。君には、何て言っても私が従いているんだから。」

「お、何か意味深だな、おい。」

「良いの。八幡君ヤッチにはカンケーないの。私たちのことだから、ね?」

「お、二人はそういう仲か。羨ましいな。」

「良いでしょう? 年下のスレてないイイ人が居て。」


 小林さんは、わざと僕の肩を大袈裟に抱いて叩きながら、上級生としての安堵感と励ましから、嬉しそうに笑っていた。


「はいぃ、お気遣い戴き、どうもーーー有り難う御座居ました。失礼致しまーぁす。」


 最後は片淵先生ブッサンだ。

「失礼します。一年、駿河です。」

「失礼致しまーぁす。体調不良により一週間お休みを戴いておりましたが、本日より団に復帰致しますので、引き続き、ご指導よ・ろ・し・く・お願い致しまーぁす。」

「うん。正直、愈々駄目かと思ったけど、よく踏ん張ったな。仲間を大切にしていきなさい。」


 ブッサンは何もかもお見通しだ。伊達に十数年も応援団の顧問をされてはいない。


「はいぃ、有り難う御座居ました。失礼致しまーぁす。」


*    *    *


 小林ヘルツさんのことも、同期からの励ましも、応援団には、男も女も超えた心のつながりが本当に存在していることが実感出来た。其のことを考えるにつれ、練習の辛さ、勉強との両立が不思議と苦にはならなくなった。人の心の絆、相手のことを思いやる。心が通い合った人の集団は強い。

 自分の殻に閉じ籠もり、家で寝ている時は、一時退団もちらりと考えたが、全員が全員のことを考えていることが分かった今は、全く其様な気にはならなかった。

 こうして、バタバタと一年の幕が閉じようとしていた。

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