Ⅰ年 「応援団とは」 (4)大好きで御座居ます

【ここまでの粗筋】

 主人公「駿河轟」は「応援団」に所属する中学一年生。

 男女十四人の同期と活動の厳しさに追われる日々。

 憧れの女子「小林先輩」の補佐に指名され、硬軟併せた指導を受ける。加えて、団長「八幡先輩」を始め、上級生の姿勢を見聞きする中で、自分なりに進むべき道を見出しつつある。

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 小林ヘルツさんと僕は、日誌を書き綴っている八幡さんを団室に残し、先に学校を後にした。


「駿河クンは、好きな女の子とか居るの?」


 並んでゆっくり歩きながら、小林ヘルツさんは、例の笑顔ともお澄ましともつかない顔で前を見つめながら、突然訊ねてきた。


「え…、あ…、いや、今は練習で精一杯で…。」

「好きな人が居ると、練習や勉強に、今一歩の張り合いが出来るよ。」


 至極当然でもあるかのようにそう言って、前を向いて歩く小林ヘルツさんの顔が、夕日に輝き、とても三年生という上級生には見えないほど可愛らしかった。僕は、数多く居る団員の中でも、小林ヘルツさんが僕を渉外責任者補佐ネゴサブに指名して下さったことに感謝していた。


「気になる人とかは?」

「気になる人…、ですか。」

「そう。恋は其処から始まるものよ。」

「失礼ですが、小林先輩には、いらっしゃいますか?」


 勇気を出して聞いてみた。


「え? 私? 私には居ない。という以前に、今、そういう時期じゃないよ。」

「失礼致しました。………私は、先輩が、小林先輩が、大好きで御座居ます。」


 何故か、突然、茫然自失の儘、告白とも尊敬ともとれる言い方で返答して了った。


「私ぃ? そうかぁ、嬉しいこと言って呉れるね。励まして呉れてるのかな?」


 小林さんは、普段ふざけている時のように、空いている方の手で僕の頭を自分の脇に抱え込み、『ヨシヨシ』とでもするように鞄で軽く叩いた。

 目の前にあるヘルツさんの制服の右袖は、平時のようにチョークの粉で汚れていた。それは、きっと何度クリーニングに出しても追いつかないほど、しっかりと繊維の奥深くまで入り込んでいるほどのものだった。八幡さんと並ぶ、紛れもない努力の証を間近にして、益々彼女に対する尊敬、否、尊敬というより畏敬の念からくる愛情を禁じることが出来なかった。


「…、失礼します。あの、私、真面目に心の底から申し上げました。」


 抱え込まれた儘、くぐもった声で返答した。

 小林さんは、一瞬動きを止め、ゆっくりと僕を解放した。


「お世辞でも、告白でも、『好き』の言葉はどちらも一緒。君の気持ち、確かに受け取ったよ。私は今とっても嬉しい。頑張る気力が湧いた…。此様こんな気持ち、どれくらい久しぶりか知ら。」


 僕に背を向け、学生鞄を持った両手で大きく伸びをしている。


「大それたことを申し上げ、大変失礼致しましたぁっ。」


 僕は制帽をとり、気を付けをして、上級生に対する非礼を詫びた。


「良いの。それでこそ、私の補佐役だわ。君を選んだ私の目に間違いはなかった。」


 小林さんは、恥ずかしさで真っ赤になっている僕を普段の優しい微笑みでゆっくりと頭の先から爪先まで見た後、再び前を向いて歩き出した。そして、少し満足そうに微笑んだ儘、『そうか、そうか。君は私が好きか…』と独り言を呟いていた。

 僕は再び少し遅れて歩いていた。すると小林さんは急に立ち止まり、クルリと向きなおると、


「前言撤回! 今、私が一番気になるのは君だ。私も駿河クンのことが大好きだよ。私には君がいていて呉れる。君には私がいている。相思い合う仲よ。私には今、大きな張り合いが出来た。だから、君も誇りと張り合いをもって頑張りなさい。何事にも負けちゃ駄目。先ず、三学期で成績を二〇番上げよう! 勿論、応援団を続けての話よ。そして、幹部になったら、一桁よ! 良い? 分かった?」


 僕は、此の突然の言葉が、彼女なりの下級生に対する発憤のさせ方だとは分かっていながらも、尊敬してやまない最愛の『努力の人』から発せられた直接の励ましの言葉であることに素直な喜びを感じていた。そして、それに思い切り応えるよう僕なりの精一杯の返事をした。


「はいぃ、有り難う御座居まーーぁっす。お言葉に沿いまして、私、誠心誠意、努力し、結果を出してご覧にいれます!」

「よしっ。それでこそ、覚悟の上で面と向かって私を好いたと言った男だわ。アハハ。其の度胸と決意。褒めてあげる。ウン、気持ち良い。今、私は最高の気分よ!」


 小林さんは、満足そうに笑うと、片手で僕を抱き寄せて背中を叩きながら、自分と、僕と、双方に言い聞かせるようにハッキリと口にした。

 駅の入口から吹き出て来る温かい風が、彼女の髪を靡かせ、上品なリンスの香りとともに僕の頬をサラサラと撫でていた。

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