Ⅰ年 「応援団とは」 (2)be a leader

【ここまでの粗筋】

 主人公「駿河轟」は「応援団」に所属する中学一年生。

 男女十四人の同期と活動の厳しさに追われる日々。

 苦悩の「特別練習」、「集団乱闘」に巻き込まれた「定期戦」も終わり、憧れの女子の先輩の補佐に指名される。

 さて、彼にも漸く「思春期」はやってくるのだろうか。

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 応援団には二つの部室があてがわれていた。

 一つが団室、もう一つが機材庫と各々呼ばれていた。

 団室の中はとても綺麗に片付いていて、会議室、とでも言った方が通用するような感じだった。中には二十人ほどが座れる会議用の机があり、壁には書類が整然と並べられたキャビネットがあるだけの質素な感じだった。下級生が此処に入るのは三年生に呼びつけられた時くらいで、普段殆ど入ることはない。


「他校の団室はね、毛筆で書かれた団則の額が飾ってあったり、歴代の集合写真が額に入れてズラッと並べてあったり、大きな団長机があったりするところもあるけれど、一中うちはずっとこう。何故か分かる?」

「失礼します。深い所はわかりません。」

「あくまで一中うちの考え方だけれど、応援団というのは、心だからよ。結果として形が目立つけれど、最も大切なモノは心の中に存在するからよ。だから、団則きまりは団員の心に浸透していれば良いし、写真は見度い時に見られるように整理してさえおけば良い。誰かに見せるものじゃない、自分たちの心に生きるものだから。だから一中うちの団室の在り方はこうなの。但し、間違えては不可ないのは、他校には他校の考え方があって色々やっていることだから、それはそれで必ず尊重すること。ものに対する考え方は、場所や歴史で異なってくる『文化』だから。」


 ヘルツさんは、普段のように淡々とした調子で、軽い笑顔とも澄ました顔とも言えない、独特の穏やかな顔で話して呉れた。


「はいぃ。」


*    *    *


「ちはっ、失礼しますっ!」。


 席を立って姿勢を正す。

 団長の八幡さんが入って見えたからだ。


「お、珍しいな。何だ? あ、良いよ、駿河、座れ、座れ。」

渉外責任者会議ネゴコミの報告を駿河クンと整理してたの。其のほか、鳥渡ちょっと団についてのアレコレ。」

「ふーん。駿河、良いなぁ、ヘルツが先輩で。お前、一番ラッキーだぞ。でも、気をつけろ、こう見えてもな、ヘルツは手のスナップが、こう、何というか…。」

「失礼します。先程有り難く頂戴致しましたぁっ!」

「お、意外と遅いな、優秀、優秀。でも、平手打ちは叩いた方も痛い。愛されてる証拠だ。ハッハッハ。」


八幡さんは、そう言いながら掃除用具箱から箒を取り出し、室内を掃き始めた。


「失礼しますっ。掃除ならば私が致します。」


僕は、再び席を立った。


いや、良いんだ、良いんだ、これは俺の仕事だから。団室は、普段。幹部の会議くらいにしか使わないだろう? だから、幹部が交代で掃除をする。当たり前のことだ。お前らが機材庫を常時綺麗にしておけと、上級生から叱られるのと一緒だ。お前は俺にかまわず、ヘルツと話してろ。」

「そう。夫々に必要な仕事があって、それを全うするのが大事なのよ。」


 ヘルツさんは、八幡さんが掃きに来た自身の席を立ちながら続けた。八幡さんが、箒がけをしながら、独り言のように語り始めた。


「あのな、駿河。応援団は、決して特別な存在じゃあない。運動部は運動を楽しむ、文化部は文化的なものを楽しむ。一方で、どの部活にもルールや技術的な勉強は必要だろう? 応援団の何処に違いがある? 応援団は、一般生徒が応援を楽しむことをリードすることが喜びであって、其のためのルールや技術、体力を鍛える。何も特別な団体じゃない。挨拶が異様だとか、上下関係がどうとか、そういう特長は何処にだってある。外に見えるか内に隠されているかの違いかも知れない。少なくとも、応援団の外見的な特長に裏はない。俺は、敢えて応援団の特長はと問われれば、努力をすること、だと思っている。特別なことでもなんでもない。大切なのは努力する自分を信じることだ。だから、誰でも始められる。俺でもお前でも始められた。そして、お前も特練も乗り越えて、今、こうして此処に居る。」


 八幡さんは、其処まで語ると、今度は、バケツと雑巾を持って、団室を出て行った。


*    *    *


「駿河クンは、『女は女として生まれるのではない。女になるのだ』というヴォーヴォワールの格言を知っている? これは恋愛論に関して言われたものだけれど、一般論に広げて考えれば、男も同じだと思うし、そして応援団も同じだと思う。今の幹部だって、新人のときは、みんなちっちゃくて、怒鳴られて、叱られて許りだった。其処から毎日努力して、リーダー部員、女子部員、吹奏楽部員になり、悩んで、考えて、幹部になったの。応援団員になるということは、応援団に入ればそれで終わり、ということじゃなくて、それが始まりなの。私は、卒業するとき、それが応援団員になった時だと思ってる。」


 ヘルツさんは、例の淡々とした顔つきで僕を見ながら、語り続けた。


「練習、辛い?」

「いえぇ。辛くても何でも、努力することが今の私に唯一出来ることだと思っております。」

「良いんだよ。正直に言って。アノ練習が辛くない人間なんて居やしない。私もそうだった。」

「…。」

「毎回毎回、竹刀で叩かれてさ、目の前で怒鳴られてさ、倒れれば水かけられてさ、特練になればそれが毎日。然も、学校からは山のように宿題が出る。それで成績が下がれば団を休めと言われるし、一体、どっちを一生懸命やれば良いのよ! って、毎日、机叩いてヒステリー起こして泣き叫んでた。」

「失礼します。小林先輩でもですか?」

「私でも? 皆一緒よ! 此様なことに特別な人間なんかどこにも居やしない! 違いは、それをどう克服するかだけよ。」

「はいぃ。」

其様そんな…反射的に返事ばかりしていないで、少しは何か自分で考えて言って御覧なさいよ。」


 少しとはいえ、感情的になったヘルツさんを初めて見て、意外に思った。

 僕は竹刀で叩かれるということは辛くはなかった。それは、僕が出来ない、立ち上がれないからであって、叩かれる竹刀の力には、上級生の叱咤の念以上のものを感じなかった。そして、怒鳴られることにも嫌気はなかった。形式はどうあれ、其処にも上級生としての励ましの愛情を感じることが出来たからだ。努力をする力を振り絞らせるために、其のことを自分の口で再確認させるために、竹刀で叩かれ、大声で怒鳴られている、それが充分分かっていた。其処に一片の嘘も無かった。


「失礼します。毎回の練習に不満は御座居ません。しかし、勉強との両立に不安が御座居ます。」

「そう。練習に不満がないのは、充実している証拠ね、良かったわ。じゃあ、勉強のことで聞き度いことはあるか知ら?」


 丁度二学期の期末試験が終わり、成績が返ってきている時だったので、駄目で元々と思って聞いてみることにした。


「失礼します。小林先輩の成績票イエローカードを拝見してもよろしいでしょうか?」

「え? 成績票イエローカード? そうねぇ…、じゃあ、見せっこしようか?」

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