Ⅰ年 「応援団とは」 (1)渉外責任者補佐
【ここまでの粗筋】
主人公「駿河轟」は「応援団」に所属する中学一年生。。
男女十四人の同期と活動の厳しさに追われる日々。
活動最大のヤマ場「定期戦」では「集団乱闘」に巻き込まれるなど、予想だにしない毎日の連続。
果たしてゆっくり過ごせる中学校生活はやってくるのか。
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定期戦が終わっても、練習が終わる訳ではない。
週三回の定期練習に、連合での水泳大会、駅伝大会。夫々の前には、短いながらも
其の練習の度に、竹刀で叩かれ、怒鳴られ、帰りは遅くなり、眠い顔を自分で叩きながら学校からの課題をこなす。其様な毎日が続いていた。
一年部員同士が会えば、必ず「これが三年まで続くのかぁ?」と、嘆息まじりの後、無言の時間が続いた。
「辞められたらなぁ…」と考えるのも日常茶飯事だった。実際に辞めることは簡単だった。紙切れ一枚の届出だ。
それでも、なんとか張り合いがあったのは、呼び名が「新人」から「一年部員」に変わり、何より「部員」として認められたことが大きかったのだと思う。
一年部員の目から見ると、二年部員は常時ギラギラしている。男子も女子も。幹部からの指示を確実に実行することと、一年部員の面倒をきっちりみる、という双方の仕事を四六時中考えているからだ。応援団の上級生に限ってみれば、「中弛み」どころではなさそうに見えた。
一方、幹部、つまり三年生は、それを乗り越えた余裕なのか、あるいは何かを悟ったのか、自信に満ち溢れた堂々とした威厳を持っている。
二年部員と幹部の間の大きな違いは、一体なんだろうと、一年部員の間では
「経験した人にしか分からないのよ。未経験の評論家と現場経験者の決定的な違いよ。」
いつでもポーカー・フェイスを崩さない
「途中で道を外れたり未経験の者には、想像することしか出来ない。想像と経験は全く違う。経験は自分のものになるけれど、想像は決して自分のものにはならない。私は必ず経験してやり遂げてみせる。」
それがベーデの口癖だった。彼女はピン留めか結び結いした長い黒髪とエメラルド・グリーンの瞳、白く透き通るような肌という見た目の端麗な雰囲気の通りというか、非常にクールだった。理屈に合わなければ、上級生にだって反論する。少しでも理不尽なことが大嫌いで、常に生徒会や上級生に「喧嘩」を売っていた。
一方、ベーデとは好対照で、ショートカットというよりおかっぱに近く、常時何が可笑しいのかケラケラと笑っている
「二年経てば馬鹿でも成れる、なんて甘いもんじゃないってことは確からしいわ。」
と言っていた。
実際、進級につれて学習の課題も試験も厳しくなるので、二年部員から幹部へのハードルは可成り高いらしい。今の活動内容ですら、息つく暇もなく精一杯なのに、これ以上のハードルがあるのか、と目の前が暗くなった。
「まあ、兎に角やるしかねぇってこった。」
「身を捨ててこそ 浮かぶ瀬もあれ か? 其処までやらんと
考えれば考えるほど、辛くなるのは分かっていた。
確かに、流れに身を任せて了った方が、精神的には寧ろ楽だったというのも本音だった。此の段階では、「一年部員」と呼ばれても、僕らが一般生徒と違うのは、少しの体力と
* * *
其様な中で、僕にはこうした同級同士の語らいの他に、もう一つの励みがあった。それが幹部の
ヘルツさんとは、そう、入学式の時に僕にコサージュを付け、教室へと案内して下さってからの仲だった。
応援団では、二年部員は春から、一年部員は定期戦の特連終了時から、共に、幹部の補佐役を務める。補佐役は立候補ではなく、幹部からの指名で決まる。下級生に辞退の余地は一切ない。
幹部は下級生の資質を見極めて指名してくる。僕らは、誰に指名されるのか、食事も喉を通らないほど戦々恐々だったが、回覧されてきた一覧表をおそるおそる確認すると、『
(あぁ、助かった。ヘルツさんの補佐だ。)
と思ったのも束の間、一番背の高い
「ゴーチン、大変じゃん! 渉外補佐でしょ? あれって『喧嘩上等』の世界だって言うよ。」
「おうおう、俺も聞いた。連合他校との
「でも、ヘルツさんが責任者なんだから、其様な危ないものじゃないんだろう?」
「ヘルツさんは、連合で初の女子渉外責任者なんだって。」
「喧嘩が強いから? 空手三段とか、合気道五段とか?」
皆が他人事とばかりに無責任な放言である。
『
* * *
定期戦が終わってからは、其の渉外責任者会議も、「あの騒動」の所為もあってか、些程白熱することは無い様で、ヘルツさんは、大抵会議の翌日か翌々日、僕を団室に呼び出しては、其のおさらいと応援団のイロハ、普段の生活の工夫方法等を教えて呉れた。
「良い? 会議で決まったことは必ず守ること。それが無用の諍いを生まないための鉄則。」
「はいぃ。」
「そして、それは事細かに、きちんと
「はいぃ。」
「
「はいぃ。」
「
「次に、気に留めておくのが、連合の慣例。慣例集は頭にたたき込んでおいて、新しいことを何かしようと思ったら、渉外責任者会議にかけるのが一番無難。だけれど、応援のテクニック上、事前にかけないこともあるわ。」
「失礼します。難しいのですね?」
「そう。それを最終判断出来るのは団長だけ。」
ヘルツさんは、事細かに、連合全体の応援団像というものを教えて呉れた。
* * *
其の日、団室の外では、バレー部の練習が行われていた。一時、窓の外に気を奪われて、
「今、何をしている時?」
ヘルツさんが普段絶対に見せないような厳しい顔で睨んでいる。
「大変、失礼致しましたーーぁっ!」
僕は立ち上がり、気をつけをして、非礼を謝った。
「会話はね。二人の意思が通じて初めて成立するの。相手に横を向かれて了ったら、もう一人はどうすれば良いの?」
「ハイィーッ!」
「知らないことなら怒りはしないわ。今くらいの時期になって分かっていることが出来ない。其様なの、団だけに関わらず、気が緩んでいる証拠だわ。駄目だよ!」
「申し訳ありません!」
「分かれば良いわ。座って。」
ヘルツさんは、普段怒りの感情を殆ど出さない人だった。それが、こうしてはっきりと、自らの感情を出して下さったことが、僕は不思議と嬉しかった。それは、決して『特別扱い』として
「他に聞いておき度いことは?」
「何故、私を指名してくださったのでしょう?」
「ん? 貴男には全部を知って欲しかったから。」
「全部?ですか。」
「そう、何も知らないけれど、何かを知りたい、その好奇心から類推するに、何でも知りたいっていう顔をしていたから。」
「そう・・ですか。」
「自覚ないのかしら? 貴男、自分が居る場所で、自分が知らないことがあると、嫌でしょう?」
「あ・・。」
言われてみれば、ぼーっとして注意力が散漫であることは脇に置いて、最近は、自分の知らないところで何かが決まっていたり、さらに自分がそれに関与できないことがあると、妙に釈然としないことが多くなっていたことに気づいた。
「ほら。ね」
ヘルツさんは、してやったりとばかりに微笑んでいる。
「聞き度いことは、それだけ?」
「失礼します。小林先輩は、
「『怖い?』 そうね。
「失礼します。隙を見せない、ということでしょうか?」
「アハハ…そうかもね。言われてみれば、帰って来たらドッと疲れてるし。上手いこと言うわね。」
「失礼致しましたぁ。」
「じゃ、今回の会議の整理はこれくらいにして、少しお話ししようか。時間は良い?」
「はいぃ、まだ、大丈夫です。有り難う御座居ます。」
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