Ⅰ年 「定期戦Ⅰ」 (2)ぃ止ーめろー!

【ここまでの粗筋】

 主人公「駿河轟」は「応援団」に所属する中学一年生。。

 文武両立という応援団の厳しさに直面しながら、男女十四人の同期と共に、活動最大のヤマ場「定期戦」を迎えた。そこは「複数の附属校」という「似て非なるもの」の敵対心が渦巻く緊張の舞台だった。

-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-



 其の定期戦も何とか終了し、閉会式も終えた国立競技場を後に歩き始めた。僕たち新人は皆、何もかもが初めての経験の中で疲弊しきっていた。学生服は汗を吸ってズッシリ重くなり、搾れば軽くバケツ一杯程度にはなるのではないか、と思えた。誰も口をきかない。黙々と上級生の後を従いていくのが矢渡だった、というより歩いていることさえ不思議なくらいだった。


「よし、解散コール」


 団長が指示を出した。

 解散コールとは、一種の当日の解散式で、全員で声を出し、団長から最後の挨拶があって、漸く一人一人が帰れる解散となるのだ。

 定期戦の解散コールは、全校、国立競技場裏の公園で行うことになっている。渉外会議で公園内の場所まで指定され、学校同士の無用の接触などが起きないように配慮されている。

 しかし、公園が近付くにつれ、何事かただならぬ空気が漂ってきた。先頭を歩いていた八幡さんが全員を止めた。


「末長、鳥渡先に行って見てこい。見て来るだけだぞ。」

「はいぃ。」


 末長さんが、走って行ったかと思うと、直ぐに血相を変えて戻ってきた。


「失礼します。報告します。只今、公園内において乱闘となっております。」

何中どこ何中どこだ?」

「失礼します。機材カラーからして、おそらく二中ともえ四中びしと思われます。」

(各校には夫々それぞれ腕章の地色になっているスクールカラーがあって、機材も其の色で区別をしていた。)


三中あおいは?」

「失礼します。既に解散済みのようで見当たりません。」

「…。」


 八幡さんは目を瞑って考えている。

 競技場内での配置場所からして、本来なら僕らが真っ先に公園内に着いている筈でも、何分大所帯のため、機材の撤収など時間がかかり、既に三中はコールを済ませて解散して了ったらしい。


「全員か?」

「失礼します。女子は参加しておりません。男子のみのようです。」

「分かった。末長は、競技場に戻って先生に報告しろ。残りの者は連いて来い。」


 八幡さんは、皆を従え、ゆっくりと公園内へと足を向けた。木立が途切れ、広い園内の一角で、確かに乱闘となっているのが見えた。

 男子学生が十数人程度だろうか。其の両側に、両校の女子団員と思われる女子学生が立ちすくんでいる。

 八幡さんは、女子副団長を呼ぶと、


「三年の女子半分を連れて行き、彼処の女子を二手に分けて、乱闘からもっと離せ、そして落ち着かせて話を聞いてやって呉れ。」

「リーダー部の男は、俺に連いて来い。仲間か否か分かるように学生服は此処へまとめて脱げ、眼鏡を掛けている奴、時計は此処へ外せ。残りの者はそのまま荷物管理と待機。」


 何が起こるのか、不安と興奮が入り交じった感情が起きてきた。八幡さんは、自らも眼鏡を外し、リーダー部員を集めて指示を出した。


「すぐに二年は二年同士、三年は新人と対を作れ。良いか、絶対に手を出すな。決して殴ったり、蹴ったりするな。兎に角一人が一人にしがみついて引き離せ。彼奴あいつらの全員を合わせても、一中うちより人数は少ない。自分と同じくらいの体格の奴の「胸」辺りにしがみつけ。後から羽交い締めにしようとすれば顔を殴られる。腰にしがみつくと背中を殴られてどちらも危ない。分かったな、胸だぞ。体格の大きい奴には二人がかりでも構わん。何より乱闘を止めさせることだけを考えろ。殴られても殴り返すな。こ・れ・は・命令だ。絶対に此方からは手を出すな。引き離すことだけを考えろ! よし、行くぞ!」


 其の一言を合図に、僕らは乱闘の中へ入っていった。

「ぃ止めーろっ!」と叫びながら、学生服のまま殴り合いをしている両校の生徒に必死にしがみついて引き離し、殴られながらも必死で土の上に押さえ込んだ。興奮している相手は、此方も構わず殴ってくる。どれだけ頬を殴られ、身体を蹴られたか分からないが、何としても他の人間を殴らないように精一杯しがみついていた。そのうちに、競技場から先生方が駆けつけ、漸く争乱が沈静化した。各校の生徒は夫々の先生方によって引き離された。


 常時のスリーピース姿の片淵先生を前に集合をした僕らは、もしかしたら、乱闘していた両校の生徒より汚れていたかも知れない。


「一体、これは何事ですか。」


 ブッサンは、怒りを抑えているときに特有の至極丁寧な口調で八幡さんに尋ねた。


「失礼します。二中ともえ四中びし…いえ、二中と四中が乱闘をしていたので、仲裁に入りました。」


(応援団では、一中、二中、三中、四中、というほかに、様々な隠語や略語があったけれど、それは同級生や下級生に使うだけで、目上の人に使うことは禁じられていた。こともあろうに八幡さんがブッサンの前でそれを口にするということは、尋常ならず動揺しているということが僕らにも分かった。)


「私達がやって来るまで待てなかったのですか?」

「失礼します。末長の足で五分以上はかかると思いました。見たところ乱闘が始まって相当の時間が経っているものと思いましたので、これ以上の乱闘では両校に大きな怪我人が出ると思い、人数の多寡を考えた上で仲裁に入ることを判断致しました。」

「あなたの責任下にある団員たちが怪我をすることは考えなかったのですか?」

「失礼します。彼らの疲れ方と、先生方が来られる時間を考えると、両校の団員たちが負うと考えられる今後の傷よりは遙かに軽傷、転んだ掠り傷程度で済むと思いました。」

「…経緯は分かりました。処分は後日、職員会議で協議します。必要があればまた話を聞きます。今日は、此のまま解散しなさい。」

「失礼します。コールは無しということでしょうか。」

「この状況では無理でしょう。」

「分かりました。有り難う御座居まーーぁす。」


 八幡さんは、皆を集合させ、全員の怪我の状況と応急措置を確認すると、挨拶に立った。


「これまで長い間、よく従いて来て呉れた。お疲れ様だった。此の仲間で最後になる定期戦で、此のような思いを皆にさせて了ったことは俺の責任だ、済まない。しかし、一人も逃げ出さず、また、一人も手を出さず、各指示に従い仲裁に当たって呉れた君たちを俺は誇りに思う。有り難う。怪我をした者、それ以外の者、共に、家に戻ってからきちんと事情をお家の方に報告すること。以上だ。」

「っしたぁーーっ!」


 其の後、リーダー部には三好さんから挨拶があった。


「もう一度確認するぞ。誰も手を出さなかったな?」

「はいぃー!」

「大きな怪我をした者は居ないか?」

「いえーっ!」

「よし、安心した。みんなも厳しい練習によく従いて来て呉れた。明日からは、また、学校も普段通りにある。これまでの辛さを忘れずに、団員として、全力で努力するという信念だけは忘れないでいて欲しい。今日、此処にこうして立っている君達なら、必ずこれからもやり遂げられる筈だ。以上。」

「っしたぁーーっ!」


 最後の挨拶のあと、誰彼ともなく三好さんにしがみついた。涙が溢れて止まらなかった。

 幹部は普段、はっきりとした表現で下級生を褒めることは絶対にしない。それだけでなく、応援団は正面から「褒めて育てる」ことは決してなかった。「突き落として這い上がってきた者のみを育てる」パターンである。そうでなければ、確かに体力と精神力が勝負の舞台を乗り切ることは出来ない。だから、自ら去る者に対して「自分自身として後悔はしないか?」という「意思確認」だけはするが、無理して引き留めることは決してない。自信や確信を失った者には乗り越えられない。

 幹部が下級生を褒める時、それは一つの物事が終了した時だけに限られていた。《成果》が現れた時には、それに対して立ち向かってきた下級生に、幹部は惜しみない賛辞を与えて呉れた。一方、僕ら下級生の心と体には、其の《成果》が幹部からの厳しい指導を乗り越えた証であることが刻み込まれている。一つの《成果》が現れた時、其の時は、幹部と下級生が向かい合っている思いを共有出来る唯一の短い時間だった。


*    *    *


 一週間後、集団乱闘の処分が発表された。

 団長の八幡さん以下、三年幹部は全員校長室に呼ばれて直接の注意。たとえ仲裁行為のみであったとしても、下級生の身の安全を考えなかった行為を咎められてのことだった。一方で、両校の団員からの聴取では、確かに我が校の団員は全く手を出しておらず、無益な乱闘を中止させたことで、当事者両校からは評価された。

 結局、一中うちの幹部は注意のほか、処分というより事実関係を全団員の保護者に連絡する、ということだけで済むことになった。(高校進学への内申書等に影響のない「注意」で済んだことは、八幡さんの説明を片淵先生ブッサンが十分理解してくれたことを示していた)。

 そもそも乱闘の原因は、リレーの着順が最後まで揉めた末に僅差で総合二位、三位となった四中びし二中ともえの双方応援団内に蟠りが残り、最終集合の際に、四中びし生が二中ともえの機材を跨いだ、跨がないという言い争いから、殴り合いに発展したとのことだった。

 当事者の二中ともえ四中びしの応援団は、仕掛けた二中ともえが活動停止六か月、応じた四中びしが活動停止三か月となったと聞いた。六か月の活動停止は、卒業のための行事等も一切出来ない、可成り重い処分だった。


*    *    *


 僕らは、特練おいこみと定期戦を終えて漸く一人前の応援団員として認められ、自己紹介や挨拶でも『新人』から『一年部員』と口に出来るようになった。

 吹奏楽部では一年から幹部候補として立候補していなければ三年時に役職が付かず、腕章も氏名までで役職名は入らない。希望すれば何人でも吹奏楽部から幹部候補となれる。しかし、上級生になってから、吹奏楽部独自の雑務と応援団としての仕事の兼任がキツイので忌避されがちで、例年二名を越えることは殆どない。其の貴重な二人は、兄が二人応援団OBで『リーダー部、女子部、吹奏楽部という三部構成での応援』に詳しい川田肇カーサマと、女子部と吹奏楽部とどちらに入るか最後まで迷い、自分が吹奏楽部に入らないと吹奏楽部からの幹部候補生がカーサマ一人になって了うという理由で吹奏楽部を選んだ《生粋の応援団志願者》の三島耀子ヨーサンだった。二人とも、リーダー部、女子部に優るとも劣らない自己紹介や仕事のこなし方で、三部のよき架け橋として上級生からも期待されていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る