Ⅰ年 「三百二十プラス一」 (2)…であります

【ここまでの粗筋】

 主人公「駿河轟」は、第一中学校の一年生。

 早くも世捨て人感の漂うコミュ障気味な彼でも、入学式でお世話をしてくれた女子の先輩に素直に心を惹かれる。

 「中学生」の違いに素直に反応した彼は、これから、どんな思春期を過ごしていくのか。

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 恐る恐る腰を落ち着けた教室の中では、小学校からの内部進学者がたまに言葉を交わしている程度で、残りは皆、神妙な顔つきのまま黙って座っている。

 小学校と大きく違ったのは、男女の席が全く離れていたこと。廊下側、前から後ろへと名簿順に一列目、二列目、三列目、…五列目の途中まで男子。その後に女子が名簿順に窓際の一列まで。

 小学校までは、女子と言えば喧しいものと思っていたが、女子も男子と変わらずに、寡黙だった。

 男女ともに「寡黙」で、「制服が若干緩め」であるのは、新入生の常なのだろうが、その「寡黙さ」も「緩さ」も、男女では明らかに違いがあるように感じられた。男子のそれが明らかに「幼さ」を現われであることに対して、女子のそれは「大人びた」雰囲気を醸し出していた。

 先程、案内して呉れた女子の上級生がそうであったように、そこには最早、小学校時代の女子達とは違う何かが存在している、六列の机が並ぶ中で、高々一列強しか占めていないにも関わらず、十分にそう感じさせる。そんな雰囲気が漂っていたのだ。


 あまり音質の良くないスピーカーで放送があり、入学式の開会が間近になったという知らせが入ったかと思うと、式服を着た担任と思われる先生が現れた。刈り上げの白髪交じりの頭で、分厚いレンズの入った丸眼鏡をかけている。大柄ではないが、何かしら《時代》を感じさせる威圧感があった。


「私が諸君の一年間を預かる担任の小沢孝である。詳しい自己紹介は入学式の後にする。」


 少しかすれながらも良く通る声に、教室の中の空気がピンと張り詰めた。

《諸君》、そして《…である。》

 こういう言葉を話す先生にも初めて出会った。小学校を通じて「です、ます」調が当たり前だと思っていたのに、時代がテレビで観たような一昔前に戻ったような思いだ。皆もそう感じたのか、教室中に急に背筋が伸びるような緊張感が走った。


「では、今から入学式の会場である講堂に向かう。男子の出席番号一番から、其の後に女子の出席番号一番から、順に間を空けずに遅れぬようにいて来ること。」


 無駄のない指示と、行動が続いた。

 小学校まで忘れ物と、注意力散漫が大の得意だった僕は、果たしてこれから始まる中学校生活に従いていけるのか。其様なことさえ考える余裕のない『隙のない』時間だった。


*    *    *


 講堂には数百人の人が居るとは思えない静けさが満ちていた。校舎と同じく堅牢な作りの一方で、此方は天井も窓も高く、大きくとられていて、今までの空間の中では最も自然な明るさに溢れていた。

 壇上に、一目見てお偉いさんと分かる来賓が着席し、式が始まる。

 吹奏楽部の演奏で式典の序曲、国歌斉唱、校歌斉唱と続く。

 小学校との違いにまたもや驚いたのは、国歌も校歌も、先生方が姿勢を正し、きちんと大きな声で歌っていたことだった。

 偶々たまたま最前列の端に座っていた僕は、斜め前で司会を務めている教頭先生の歌声に驚かされた。校歌の歌詞も小学校までの優しげなものではなく、一番、二番などという区別もなく、漢語調で最後に朗々と歌い上げる調子の非常に大人びたものだった。

 新入生の呼名が三百二十一名、淡々と続く。講堂の中に静かに一名一名の名前が響いていく。誰一人として欠席はない。長い単調な時間の後、入学許可宣言に続いて校長先生の声が響いた。


「本校は、日本国の将来に貢献する情操豊かな、知識に溢れた、礼節と良識ある生徒の育成を目標としております。特に、人としてあるべき礼節と良識の訓育については、自他共に認める日本一であります。」


 それまで結婚式くらいでしか見たことの無かった《燕尾服》姿の校長先生の話もまた《である》調だった。

 緊張していた所為か、長い式も記念写真の撮影もあっという間に終わり、教室では生徒手帳が配布され、写真の貼付や通学証明の記入等の諸事項の説明へと続いた。


「本校では、通常、一学級当たり四十名だが、此の学級は四十一名である。」


 小沢先生の一言で、また僕は「ああ、これはきっと矢張り自分なのだな…」と感じた。


「入学試験というものは、一定の基準を満たした者を合格させるものであるから、今年が一名多かったからと言って、其の一名が特に劣っているということではないのは言うまでもない。全員、初心に立ち返り…、これからの生活に全力を傾けること。」


 此処でもまるで心の中を見透かされたかのような言葉が続く。《初心に立ち返り》の部分では、先生が声を強めて強調し、レンズの奥から教室中をギロリと見渡したので、皆が背筋を伸ばす音がサワサワとざわめいた。


 そして、其の後、自己紹介。

「では、出席番号一番から順に自己紹介をする。これから、全ての教科で夫々趣旨に沿った自己紹介があるから、今日は全般的なことを一人二言、三言までで良い。終わりは《以上です》と締め括ること。」

 大抵、出身校(小学校名、内部進学者か否か)と出身地、趣味程度で一通りの自己紹介が済んだ。


「次に、級長を一名、副級長を二名指名する。級長は、佐藤、君がやれ。男子の副級長は、太田、君だ。女子の副級長は、横山、君だ。本校では、最初の級長と副級長は、原則、成績上位者が指名される。なお、副級長は風紀委員を兼任する。辞退は出来ない。以上である。」

 要するに、此の一年二組の中で、入試の順位が上位だった三人が指名された訳だ。小学校までの、どこにでも在り勝ちな緩い慣習に浸かってきた僕は、中学校はそういうものかと、指示に目をパチパチさせながら終始呆然としていた。


「明日以降は、対面式、部活動紹介、応援指導等の入校訓練である。鞄は正鞄で登校すること。持ち物は少ないが、補助鞄で来てはならない。」

 正鞄とは、男子は、多少赤味懸かったズック製で茶色の革の縁取りがされている肩掛け鞄のこと。女子は、少し特徴のある濃紺の学生鞄だった。補助鞄とは、革の手提げ・ショルダーのツーウェイ・バッグで男子は黒地、女子は紺地だった。さらに、それ以上の持ち物が必要になったときのためには、ご丁寧に校章入りの風呂敷があった。これは男子が濃紺、女子が緋紫。体操着や鞄に入らないものは、これに包んで登下校すること、となっていた。


「以上で、本日は終了する。明日、呉々も遅刻のないように登校すること。また、男子の場合は制帽の被り方、鞄の掛け方にも、よくよく注意すること。」

 鞄の掛け方は、登校時は左肩から右腰へ、下校時は右肩から左腰へと鞄を掛け、鞄の上端部が腰のベルト部分にくるように、と生徒手帳に図解されていた。発達期にある生徒の背骨が曲がらないようにとの配慮だそうである。

 後日、通学の電車の中で見かける他の中学生も、肩掛け鞄の男子生徒は、左肩から右腰、右肩から左腰の違いはあっても、必ずといって良いほど「たすき掛け」に鞄を掛けていた。登下校時ではどうかと、一つの学校に絞って見てみても、矢張り違えている学校が殆どだったようで、生徒手帳に規定されているか否かは別としても、どの学校でも成長期の背骨の曲がり具合には注意を払っていたのだろう。


【次回・・駿河君にとって、その後の人生を左右する出会いが・・】

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