History of Kanbe Family


 現代において妖怪という存在は古い伝承や創作の産物などではなく、広く一般的に人間に害をなす存在と認知されている。洪水や台風と同じように災害の一つとして扱われ、妖怪保険などという保証を商品に据える会社まであり、悪物として社会に浸透していた。


 戦乱の時代に隆盛を極めていた魑魅魍魎たちは関ヶ原の戦い以後は鳴りを潜めていたのだが、幕末から明治維新にかけての混乱を契機に再び人の世に姿を現しては害をなすようになっていた。


 それでも今日まで日本という国が成り立ってきたのには理由がある。妖怪が悪事を働くその度に退治屋と呼ばれる祓い人の組織が活躍し、妖怪をその都度に滅してきたからである。


 それでも今まで大なり小なりの退治屋組織が生まれては消えを繰り返してきた。その中で妖怪退治の名門と呼ばれ、名声をほしいままにしてきた者たちも存在する。その筆頭がこの神邊家であった。


 神邊という家は凡そ五百年に渡り、代々妖怪退治を生業として暮らしを立ててきた家系である。


 その由緒は安土桃山時代にまで遡る。


 彼の時代にこの地を真鈴家という一族が城を築き、統治していた。国土は広くはなかったが豊かな土壌に恵まれ、質の良い米や作物を作ることができていたという。だが戦乱の世にあってはその平穏も長続きしなかったのである。多くの野心燃える者どもが日々、天下統一と勢力拡大とを目論み、画策と戦とに励んでいた。兵糧の問題を抱える武将たちには取るに足らない小国という事も相まって、真鈴の地は特に魅力あふれる土地に映っていた。


 真鈴家は自らの勢力が近在の家々と比べ劣っている事を十二分に理解していた。書状、使者、貢物、賄賂、果ては当主の娘を半ば人質として嫁がせてまで戦に陥る時局を避けようとしていた。だが時世は残酷にも真鈴家の努力を全て無下にしてしまう。


 領地に攻め入られた真鈴家は当然ながら兵を上げ抵抗の色を見せた。しかし勢力の差を埋めるまでには至らず、とうとう城への侵入まで許す事態にまでなってしまう。


 窮地に追い詰められた真鈴家には潔い自害か、さもなくばお家に密かに伝えられていた呪詛の術に縋る他なかったのである。


 時の真鈴家の当主は自身を除いた血縁の者の首を全て刎ねては、その頭と血を以って呪詛を施した。眉唾の呪詛であったがそれは成功した。家人の首は瞬く間に鬼の生首となり当主に向かって一つだけ願いを叶えると言った。


 当主はただ一言だけ告げた。


 鬼に首は命に従い、城に攻め入ってきた者たちを悉く噛み殺して行った。やがては誰しもが臆し、逃散し、恐々の内に戦には幕が下りた。


 だが彼は忌敵の破滅を願ったが、自身の不滅を願い損ねた。


 兵を悉く皆殺しにした鬼は自由と更なる血を求めた挙句、夜な夜な城を抜け出すようになる。そして鬼達の首は領民、獣、戦の残党などを手当たり次第に殺して周っていったのだった。そしてその祟りは近隣諸国にまで及ぶようになっていた。


 その時、真鈴の地から遠からん国で近々名を上げていた一人の退治屋がいた。巷で評判の退治人だったその男は、祟りを受けつつある国の城主に鬼退治を任されることとなる。その人こそが神邊家の開祖たる傑物であった。


 そして七日七晩ものせめぎ合いの末、鬼は討ち滅ぼされた。しかしながら、その際に鬼から流れ出た血は真鈴の土地そのものを汚してしまったのだ。血に誘われるように夜になる度にどこからともなく妖怪が現れ、やはり土地の人々を襲った。そこで神邊家の開祖は真鈴を新たに治めた城主に正式に抱えられ、その地に腰を下ろし妖怪退治請け負うようになった。


 鬼の頭を滅した功績から、始めは「こうべ」という名を賜り日々妖怪退治に明け暮れた。その頃になると子孫や退治屋家業の弟子も増え、一財を築く程になっていた。やがて戦国の時代が終わり徳川が世を治めるようになると、鬼封じの神社を建立し神主を勤めていたことから「神邊」と字を宛がうようになる。更に時が流れて江戸の中期頃になると津々浦々に妖怪退治屋としての名声が轟くことになるのだが、神邊の文字だけが独り歩きしてしまい、どこからか「かんべ」という読み方が始まり、定着してしまう。当時の当主は「世相に逆らうは、鬼に逆らうよりも怖い」と言い、自らの家名の読みを「かんべ」に改めてしまった。以後、それは名実ともに神邊家となった一族は、明治、大正、昭和、平成と時代が下っても尚、妖怪退治の名門として世に名をはせてきたのである。それは令和の時代になっても変わることはなかった。

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