世間の口と現実味

蒼先輩と古夏ちゃんの

声奪還について話し合ってから

5日前後が経過した。

その間、私はテレビ局に調査にもいかず

ただひたすらこれまでの通りの

日常を過ごした。

家に帰ったら近所の探検をして

猫ちゃんの動画や画像を眺めるだけ。


でも、どうしても

最後に1度だけ調査に行こうと決心した。

このまま終わるなんて嫌だった。

やっぱり古夏ちゃんへの誤解を解かないと

古夏ちゃんの声を取り戻すには

至らないんじゃないか。

そう思ったらいてもたっても

いられなくなってしまって

日曜日の今日、テレビ局へと足を運んでいた。


七「すみません!ちょっとだけお話しいいですか!」


3つ目のテレビ局ということもあり

調査も慣れてきたけれど、

それでも得られる情報はほぼない。

多くの人が「わからない」

「知らない」を繰り返している。

けどたまに、ほんのたまに

「薬物の噂があってから見てないな」

「よくない噂があったよね」程度の

表面上のことを言っている人がいた。

けれど、やはりそれ以上のことは出てこない。


七「あーもう…全然駄目!」


何時間も聞き込みをして

足がくたくたになってきた。

なのに情報が全く集まらない。

持ってきていた残り少ないお茶を

勢いよく飲み干す。

日暮もだんだん近づいていく。

もうすぐやめて神奈川に戻らないと

パパが心配しちゃう。

あともう少しだけ、と思い

また聞き込みをする。


すると、1人の男性と目が合った。

頬がこけているわけでも

ふっくらしているわけでもなく

健康そうな見た目で、

清潔感のある人だった。

眼鏡を元の位置に戻しながら

歩いているところに声をかけた。


七「あの、ちょっといいですか!」


「はい?」


七「古夏ちゃんの、ね…前田古夏ちゃんのことでちょっと聞きたいことがあって!」


「君は前田くんのお友達かい?」


あ、この人は

珍しく会話してくれるタイプだ、と

一瞬にして心が躍った。

前のめりになって口を開く。


七「そう!古夏ちゃんの友達です。学校が一緒なんです!」


「そうなのか。」


七「古夏ちゃんのこと、何か知りませんか!」


「はは、必死なんだね。」


七「だって、だってどうしてもあの噂が本当だって信じられなくて。噂のこと知ってますか?」


「耳にしたことはあるよ。本人は…いないみたいだね?」


七「古夏ちゃんは…うん。今日は1人で調査に来たの。古夏ちゃんの迷惑になるって言われて。」


「そうか、そうか。」


その男性は物憂げな表情を

浮かべたような気がした。

前田くんって言っていたし、

この人は子役時代の古夏ちゃんを

知っているに違いない!


七「あの!古夏ちゃんの例の噂のことについて調べてて、私、古夏ちゃんは例の件絶対やってないと思うんです!だから、ちゃんと事実を調べなきゃ!」


「それは前田くんやそのご家族からお願いされたのかい?」


七「ううん…でも古夏ちゃん、調査しようって言った時肯定も否定もしてなくて。だけど古夏ちゃん、絶対喋れた方がいいからやらなきゃ!」


「喋れた方が…?」


七「…?古夏ちゃん、声が出せないの…知らないの?」


「それは知らなかったな。そうだったのか。」


この人に出会えて同様と同時に

興奮していることが自分でもわかる。

話していることが

いつも以上にぐちゃぐちゃに

なっている気がする。

でも、この人であれば

古夏ちゃんの過去のことについて

重要な情報を手に入れられる!

そういう確信があった。


もっと古夏ちゃんのことについて

聞こうとしたその時だった。


「例の件は…君は首を突っ込まないほうがいい。」


七「え…何で?」


「前田くんやそのご家族がよしとしたならまだしも、独断で動くのはよくない。前田くんの不信感にも繋がりかねないからね。」


七「いや、でも古夏ちゃんは!」


古夏ちゃんはいいって、

調べてもいいって言ってくれたもん。

そういえたらよかったけれど、

現状その場面を確認できてない手前

嘘をつくわけにもいかない。

そのまま黙ってしまうも

どうしても納得できなくて、

じっとその人を見つめた。


七「調査をしなきゃ、古夏ちゃんのしたことが事実ってことになっちゃうよ。」


「諦めてくれ。僕はこの話の全容を知っているわけではないし、噂以上のことはあまり知らない。けれど、間違いなく前田くんを傷つけることは確かだ。悪いが君の言う調査がどこまで本気のものかはわからないが、友達が大切ならこれ以上の詮索は辞めた上でこれまで通り接してあげてくれ。」


七「そんな…。」


もやもやする。

とてつもなくもやもやしてる。

薬物に関わった可能性はある、と

噂を否定しなかった蒼先輩にも、

噂ばっかりで誰も本当のことを知らないのに

あれこれ話している

聞き込みにあたった人にも。

絶対裏がある。

ないとは思ってるけど

もし本当に例の件に関わったのなら

薬物に触れてしまった理由とか、

関わってなかったとしても

薬物の噂が流された理由とか、

古夏ちゃんが声を失った理由とか、

絶対絶対たったひとつの事実が眠ってるはず。

古夏ちゃんは薬物に関わるような、

非道な子じゃない。

そんなこと考えればわかるじゃん。

関わってたらわかるじゃん。


でも。

でも、でもでも。

今はこれ以上やめろって多くの人が言う。

そう「今は」ってみんな言う。

古夏ちゃんへの噂の真実を暴いて

悪評を消そうと奔走していたけど、

それが古夏ちゃんへの

迷惑となるのなら、

ここで調査をやめた方がいい。

探偵として「解明できませんでした」なんて

言いたくはない。

ない…けど、それが古夏ちゃんのためなら、

声が出せるようになるよりも

古夏ちゃん自身を守ることの方が

大切なことだって

言いたいこともわかるから、ならば。


七「……わか、った。」


私は手を引くしかないんだろう。

結局、噂を前に古夏ちゃんのことを

信じることしかできなかった

自分が恥ずかしい。


「ありがとう、前田くんもその方が喜ぶよ。」


七「…うん。」


解かないことで感謝されるなんてごめんだった。

でも、これ以上できることは何もない。

俯いたまま固唾を飲み込んだ。


何にもできないまんま、

むしろ余計なことをしていたと知るって

こんなにも悔しいんだ。

余計じゃなかったって思いたい。

でも、目の前の人やネットの人に

何度も止める…とまでは行かずとも

忠告文みたいなのが送られてきたってことは

そういうことだろう。


とにもかくにも、

古夏ちゃんの声奪還編はここで終了だ。

目の前の人に深くお辞儀をして

その場を足がちぎれるほどに

がむしゃらに走って去る。





°°°°°





パパ「七っ!危なっー」





°°°°°





何故か今、パパがものすごい形相で

こちらに手を伸ばすような映像が浮かんだ。


七「でも、あれは夢だし。」


独り言を落とす。

てるに聞いてもパパに聞いても、

何度も何度も聞いても

「ただの夢だよ」って言われたんだっけ。

小さい頃のことだし忘れちゃった。

それでいっか。

こんなことを考え続けているより

動き続けていた方が絶対にいい。

足が止まるよりも

動かし続けていた方がいい。


あーあ。

こんなに自分が無力だって思わなかった。

謎をちゃんと解き明かせるような探偵に、

パパみたいな探偵になるなら、

もっと頑張らなきゃ!


何でかな、今に限って私を労うように

曇り空の間から光が差した。













覆い隠した喉の奥 終

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