浅薄

七「あ、古夏ちゃーん!」


昼休み、特別教室に走って行っても

偶然古夏ちゃんの姿が見えなかった。

見知らぬ人しかいなくて

教室から出てすぐ、

古夏ちゃんを探そうとしたところ

彼女の姿があった。

私の声にびっくりしたみたいで、

また肩をきゅっとあげてる。


七「ねねね、古夏ちゃん!今日の放課後空いてる?」


古夏「…。」


七「あのね、今日は前回と違うよ!探検でも猫カフェでもなく…探偵のお仕事をするの!」


古夏「…?」


七「ほら、前に言ったじゃん?古夏ちゃんの声が出なくなった謎を解き明かそうって話ー!」


古夏「…。」


古夏ちゃんはいつも

あまり目を合わせてくれないけど、

今日は一段と目線が合わない気がする。

左右に動いて彼女の視界に入るように動くと

観念したようにこっちを見てくれた。


七「やっと目が合った!」


古夏「…。」


七「それで…なんだっけ?あ、そうだ!放課後は探偵だよ!」


古夏「…。」


七「調査をするんだよ!」


古夏「…。」


七「昨日ね、まずは手始めにって思って古夏ちゃんのことをネットで調べたんだ!そしたらね」


いつもの調子で喋ってる時だった。

突如古夏ちゃんが

私の方へと1歩踏み出してきて

口を手で覆い隠された。

古夏ちゃんがこれほどまでに

俊敏に動いたところなんて

見たことなかったし、

どうしていつもみたいに

話しているだけなのに

話を止めようとしたんだろうと思った。

さっきまで目すら合わなかったのに、

今一瞬は本気で焦ったような目を

していた気がする。


きょとんとしていると

古夏ちゃんは慌てふためて目線を逸らし

咄嗟に手を退けてくれた。

廊下を歩く何人かの生徒が

ちらちらとこっちを見ている。

喧嘩だと思われたのかもしれない。


七「まあとにかくさ!」


古夏「…。」


七「放課後空いてるんだっけ?」


古夏「…。」


古夏ちゃんはしばらく考えた後、

小さく小さく頷いた。


七「じゃあ靴箱に集合ね!ホームルーム終わったらすぐに来てね!」


古夏「…。」


七「絶対!ぜーったいだよ!」


古夏「…。」


古夏ちゃんはそれ以降頷がなかったけれど、

やっぱり何も言わないってことは

そうしてもいいってこと。

だってさっきは止めてきたし。

あんなに強く止めてきたってことは

だいたい私の話すことは予測がついて、

そのことを話して欲しくなかったから

止めたってことなんじゃないかな。

廊下だし人目があったから

人見知りな古夏ちゃんは嫌だったのかも!

満面の笑みを浮かべて

るんるんと軽い足取りでその場を後にする。


今日の放課後は古夏ちゃんと

調査をしに行くんだ。

そう思うと午後の授業も居眠りせずに

ぱーっと乗り切れそうだった。





***





七「でね、先生がねー」


古夏「…。」


電車内は昼間だからか

幸運なことに座ることができた。

隣では相変わらず

聞いてるのか聞いてないのか

わからない古夏ちゃんがいる。

うつらうつらするわけでもなく、

だからといって

そっぽを向いているわけでもない。

ただ隣に座って

自分の手元をじっと見つめていた。


七「そういえば古夏ちゃんって部活入ってたっけ?」


古夏「…。」


何か文字を書く動作をする。

最初は勉強かと思って

口から出そうになったけど、

そういえば、と字が上手なことを思い出した。

これを結びつけられた私は

名探偵に違いない!


七「わかった、書道だ!」


古夏「…。」


古夏ちゃんは1度だけ

こくんと頷いてくれた。


七「でしょでしょ!やったー!」


古夏「…。」


七「じゃあ今日も部活あったんじゃない?」


古夏「…。」


七「ないの?おやすみ?」


古夏「…。」


七「ならいいや!」


古夏「…。」


興味のないことには

もしかして反応を返さないのかな。

時々古夏ちゃんは

質問をしても返事をしない時があった。

嫌だって意思表示するほどじゃないけど、

興味がなかったら答えないのかも!

私の質問に答えないのも

興味がないからだとしたら、

それはもうどっちでもいいってことだよね?


何度も何度も確認するように

頭の中で結論づける。

古夏ちゃんと会話していても

何も言わないんだもん。

聞いても答えないならどっちでも

いいってことだし、

嫌なら嫌でちゃんと動いてくれるから

この調査も嫌じゃないってこと。


今のまま突き進むのは良くないだの

ネットの人からもやーやー言われた。

じゃあどうすればいいのか。

調査をやめろって言うのか。

古夏ちゃんは一生声を出せないままで

いいって言いたいのだろうか。

今その時じゃないって言うならいつ?

いつまで声を失ったまま

古夏ちゃんは生活していればいいの?

大人になるまで?

結婚するまで?

子供ができるまで?

おばあちゃんになるまで?

じゃあ一生?


やめろって強い言葉で言われるんなら

ちょっとは考える。

でもみんなそうは言わない。


それに本当に辞めるべきならやめてる。

多分。

でも、そうじゃないと思うんだ。

だって古夏ちゃんの人生は

まだまだここからじゃん!


七「あ!ここ乗り換えだ!」


古夏「…。」


やっぱり私、古夏ちゃんと

声を使って話してみたい。

あわよくば古夏ちゃんの

演技とかも見てみたい。

学校には演劇部もあるんだし!

それで、蒼先輩と2人で主役張って。

それでそれで、またテレビに出て子役復活とか!

あ、でももう高校生だし

ネットでも元子役って書いてあったっけ。

じゃあもう女優になるのかな。


七「行こう!」


古夏「…!」


古夏ちゃんの手を引く。

走って電車を降りたせいで

人とぶつかりそうになった。

それでもまたもう1歩走ってみる。

今度は古夏ちゃんの手が

離れそうになった。


東京は横浜と比べ物に

ならないくらい人が多かった。

横浜も休日になれば

とてもとても人が多くて

走るには狭くなっちゃうけど、

平日の昼間なのに

ぎゅうぎゅうしてる東京ほどではないかも。


乗り換えてテレビ局のある方へ向かう。

まずは5大テレビ局と言われているらしい

場所のうちのひとつを選んだ。

調べるまで知らなかったんだけど、

テレビ局ってたくさんあるみたい。

チャンネルが違うのは

そう言うことだったんだ!って

新たな発見をして感動してた。

古夏ちゃんがどこにいたのか

聞いても教えてくれるかわからないから、

とりあえず大きいところに

突っ込んでみよう!と考えついた。


学校帰りだし電車に乗ってきたものだから

1時間くらい経ってしまって

もうしまっちゃうかも、と思ったけれど、

まだ人の出入りがあるみたいだった。


七「来てきて!」


古夏「…。」


七「ここまできたんだし、絶対情報もらえるよ!」


古夏「…。」


七「すみませーん!」


たまたまテレビ局へと

入ろうとした人に声をかける。

半袖のTシャツにラフなズボンの格好をした

少しふくよかな男性だった。

まだ若い人なのか肌がみずみずしい。


七「あの!古夏ちゃん…えーっと、根岸…じゃなくて、前田!前田古夏ちゃんのこと、知りませんか!」


「え?はぁ…急になんですかね。」


七「昔のこと聞きたいなーって!なんかあったんですよね?」


「さぁ…誰のことか僕は知らないっすね。」


七「え?ほら、子役の!あ、元子役だっけ?」


「急いでるんで失礼します。」


七「あ!待って待って、少しでもいいから!」


1人目はするすると

逃げるようにして建物の中に入ってしまった。

「もー!」と地団駄を踏む。

古夏ちゃんのこと自体は知ってたのか

それとも本当に知らなかったのかすら

私にはわからなかった。

これだから大人はずるい!


でも確かに古夏ちゃんが表舞台を降りてから

既に10年近くは経っている。

新しく芸能界に進出した人は

もしかしたら知らないかも。

でも古夏ちゃんみたいに昔は子役で、

今でも役者をしていて

若いけれど古夏ちゃんを

知っていると言う人も

いるのかもしれない。

じゃあやっぱりみんなに

聞いて行ったほうがいい!


七「ねねね、古夏ちゃんも手伝ってよー。」


古夏「…。」


七「隣にいるだけでいいから!」


古夏「…。」


いつにもないほど

怪訝そうな顔をしながら、

足取り重く私の影に隠れるようにして

建物の出入り口前まで来てくれた。


それからは来る人来る人に

声をかけては邪険に扱われての繰り返し。

前髪を伸ばしていた裏方っぽい男性は

「すみません、わからないっす。」と

すぐ背を向けてしまうし、

かつんかつんとヒールを鳴らす

高飛車そうな女性は

「ああ、あの薬物子役の。」と言い放って

鼻で笑って去って行った。


他にも邪魔だからお引き取りを、と

偉くもなさそうな人が言ってきたり、

制服だからかお遊びと思われて

子供扱いされて終わったり、

かと思えばどれだけ話しかけても

まるで私が見えていないみたいに

無視してきた人だっていた。

それから、古夏ちゃんを見ては

何かを悟ったのか言葉数少なく

そそくさと建物に入っていく人も

しばしば見受けられた。

もしかしたら古夏ちゃんが

前田古夏だってわかったのかも。

そしたら本人の前では

いえないようなことだからって我慢したとか?

でも、大人は本人の前で

噂話を教えてくれないことが多い。

だから言えないようなことが

あるっていうよりかは、

薬物関連のことを知った上で

本人の前では言わないほうが

いいなんて思ったのかな。


10人にも話を聞いていないくらいで

古夏ちゃんは服を引っ張ってきた。

「暑いし疲れたなら休んでて!」と言うと

少ししてから建物の入り口から離れ、

視界に入る場所にある椅子に座った。


それから何人にも聞き込み回った。

薬物関連で何かあったと知っている人は

たまーにいて、

暇なのか教えてくれた。

けど、そのどれもが

「薬物を使ったって噂でしょ」

「薬物を所持してたって話」

「親が暴力団と繋がってて」

「役者の間で流行ってたとか」

「自ら薬物取引の場所に居合わせた」

はたまた別の角度から

「名の知れた役者と揉めたから消された」

「壁にぶつかって伸び悩んだんじゃないの」

「色目使われて辞めたらしいよ」

だとか言う。

けれど、明らかに薬物の話は多かった。

その現場を見たことあるの?と聞いたら

「いいや、噂を聞いただけ」と

みんながみんな言った。

そうじゃなくて、と喉から出かかる。

「見たことがある人はいるの?」と聞くと

「さあ」って嘲るように返ってきた。


みんな本気で古夏ちゃんのことを

心配していないことだけはわかった。

大切に思っていたら

古夏ちゃんのために

何かしたいって思うはずだもん。


しばらくして警備員のおじちゃんに

「これ以上変なことを聞いて回るなら

親御さんに連絡する」と言われてしまって

調査は中断することにした。

テレビ局内部でも

私の話が共有されているのか、

明らかに人の出入りが少なくなっていた。

ふと視界に空が入る。

もう日が暮れそうな時間だった。

強い斜光が頬に当たる。

眩しかった。

待たせたままだった古夏ちゃんの元へ向かう。

彼女は背中から太陽の光を受けてて、

手前に真っ暗を抱え込んでるみたいだった。


七「みんなひどい!こっちはこんなに本気なのに!」


古夏「…。」


七「あのね、邪魔だから今日はもう駄目だって。パパに連絡するよ!って言われちゃった。」


古夏「…。」


七「古夏ちゃんのこともっと調べたいけど、パパに迷惑かかっちゃうのは嫌だし…今日は撤退!」


古夏「…。」


建物の周りはまだ僅かに人通りがあるものの、

すぐ近くには誰もいなかった。

まるで古夏ちゃんが

誰も寄せ付けていないみたいに見えた。


七「ねーねー。」


古夏「…。」


古夏ちゃんの座っている前に立って

その場でしゃがむ。

彼女の顔が見えると思ったから。

でも、さらに俯かれちゃった。


七「私ね、昨日調べたって言ったじゃん?古夏ちゃんのこと。」


古夏「…。」


古夏ちゃん自身に聞こうとしても

手で口を塞がれて終わっちゃうのかな。

でも、ちゃんと言わなきゃ

伝わらない気がするの。

こうして切り出しているけれど、

学校の時みたいにものすごい剣幕で

迫ってくるようなことはなかった。

話してもいいよと思っているのか、

それとも聞き込みをする中で

「そこまで知ってるんならいいや」と

諦めているのか。


七「いろいろあって子役辞めちゃったって見たけど、私ね、古夏ちゃんがそんなことするような人に思えないんだ。」


古夏「…。」


七「もし本当にいろいろあったことが噂じゃなくて事実なら…って考えたくない。」


古夏「…。」


七「だから、古夏ちゃんの口から聞きたいなーって。」


古夏「…。」


七「してない?」


古夏「…。」


ここで首を縦に振ってくれたら

私は古夏ちゃんの言葉を信じたいって

強く思ったと思う。

その上で、ちゃんと古夏ちゃんが

薬物云々をやっていないって

証明を探しただろう。

だから、頷いて欲しかった。

当たり前じゃんって言うふうに、

すぐにこくんって。


でも。


古夏「…。」


古夏ちゃんはゆっくり

遅れるみたいにぎこちなく首を傾げた。


七「じゃあそれに関わったかも知れないこと?」


古夏「…。」


この言葉にも

当然と言うように頷いてくれず、

またさらに首を傾げるだけ。


いつの間にか声が

出なくなっていたと言っていたし、

もしかしたら覚えていないのかも。

事故に遭って忘れちゃったとかがあるのか、

それとも小さい頃のことだから

ただ忘れているのか。


古夏ちゃん自身に何か

過去のことについて確と言えるような情報は

出てこないのかも知れない。

でも、学校でこの話をするのを

嫌がってたってことは、

少なからずその噂があったことは

わかってるんじゃないかな。

自分でも、声が出なくなった原因は

それだろうとは思っているけれど、

本当にそうだったのか

覚えていない…みたいな。


七「ま、いいや。もう遅いし帰ろう。」


古夏「…。」


七「あー!今日は疲れたー!」


古夏「…。」


古夏ちゃんは俯いたまま

私の斜め後ろについて歩いていた。

これまでずっと横浜にいた私にとって

段々と仄暗くなる東京は

あんまり接点がなかった。

なんだか別の街みたい。

怪獣が住んでそうだななんて思った。

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