皮切り

突然の雨に降られながら

慌てて家に戻ってひと息つく。

今日は偶然にも依頼者が来ていたようで

事務所の方には入れず、

そのまま上階にある自分の家へと

駆け上がって行った。


七「うわーっびしょびしょだ。」


濡れた靴下を脱ぎ捨て、

廊下に足跡をつけながら自室に飛び込む。

外は生憎の天気だった。

雨の日の探検も好きだけど、

今日の私にはやることがあるのだ!


七「題して!友達の声奪還編開幕!」


そう。

古夏ちゃんが失ってしまった

声について調べるのだ!

昔は話せていて

いつの間にか話せなくなったと教えてくれた。

病気でも事故でもないとも。

じゃあ声を出せる見込みはあるんじゃないか!


声が出せるんなら出せた方がいいに決まってる。

書いたりフリックで文字を打ったりする

手間が省けて円滑にお話しできるし、

声が出せたらみんなの前で発表したり

合唱コンクールだって参加できる!

体育で声を掛け合ってバレーボールしたり

もし一緒に探検に行ったら

あれが面白そう、これも面白そうと

もっと楽しいを共有できる。

今の古夏ちゃんは、

字は綺麗だし書くのは好きそうだけど、

スマホにフリックで文字を打って

会話しようとするとものすごく

やりづらそうだった。

外で毎回紙とペンを出してたら

それこそ人にぶつかっちゃうかもしれない。

諸々を考慮したって、

どう考えても声が出せる方がいい。


七「よし!まずはてるのパソコンを…いや、スマホでいいじゃん!」


水滴を被った制服を乱雑に椅子の背にかけ

室内着を着てベッドに寝転がる。

椅子に座って調べるのもいいけど、

だらだらしてる中で

不意に見つけてはっとする!みたいなのも

探偵らしいシーンだから好き。

それに倣うようにして

ごろんと寝転がっては

スマホで検索エンジンを立ち上げる。


七「古夏ちゃんの名前で出てくるのかな?でもそれ以外ないし…。」


根岸古夏、と朧げながらに

覚えていた苗字、漢字を入力する。

検索をかける手前、一瞬手が止まった。

本当に調べてもいいのかなんて

らしくもないことを思ったから。

でも。






°°°°°





七「この前話した時、声が出ないって言ってたじゃん?」


古夏「…。」


七「それで、ちっちゃい頃は話せてて、でもいつの間にか話せなくなって、みたいな!」


古夏「…。」


七「病気でも事故でもなくて、でも原因がわかんないって!」


古夏「…。」


七「でね、いろいろ考えたんだけど、話せなくなるってやっぱりさ、絶対原因があるんだよ!普通お話しできるもん!」


古夏「…。」


七「だからさ、どうして古夏ちゃんの声が出なくなっちゃったのか、びびびっと解明しよう!」



---



七「それで、声出せるようにしようよ!そしたら古夏ちゃんともっとお話しできるしさ!」


古夏「…。」


七「やろうよ!」


古夏「…。」






°°°°°





古夏ちゃんは何も思ってなさそうで

これと言った反応はなかったけれど、

逆に言えば触れられても

特に問題はないと言うこと。

嫌だったら嫌って言うだろうし、

いくら私が突っ切って話しちゃっても

古夏ちゃんが話したいことがあれば

ちゃんと引き止めるって知ってる。

蒼先輩はTwitterで

「あの時特別教室で古夏と会ってなかったらそのまま杏が真の霊媒師として進んでたのかしら。」

と言っていた。

どうやって霊媒師だと開示したのか

その場を見ていないから

1から10まではわからないけれど、

必要とあればしっかり

発言しようとする意思は

見せると言うことは確か。


だから、声を出せるようになろうって言った時

反応を見せなかったと言うことは

少なくとも調べていいことだし、

むしろ古夏ちゃん自身も

声が出せることを願ってるように思えた。


なら、私ができるのはもちろん

声に関する問題を解き明かして

古夏ちゃんの声を取り戻すこと!


七「えいっ!」


意を決して検索する。

すると、根岸古夏では

今のアカウント情報しか出てこない。

やっぱりただの一般人を

こうして検索したって

何も出てこないじゃんか。

ネットで調べれば

万事解決だ!と思っていた。

普通の人の情報なんて

やすやすと手に入らないことを失念してた。

試しに藍崎七で検索してみる。

すると自分のTwitterのアカウントと

藍崎という名字の

全く知らない人たちのサイトリンクが

ずらりと並んでいた。


七「えーっ、パパの探偵事務所出てこないじゃん!」


探偵事務所の名前で検索すれば

もちろん検索に引っかかるだろうけど、

藍崎だけで出てこないのは

ちょっとショックだった。


ネットでの検索で

どうしても情報は出てこないものかと

もう1度根岸古夏の名前で調べる。


七「うーん。」


下に続く検索結果を

機械的にスクロールする。

根岸に続く土地についてや

別の根岸さんの情報ばかり

そこには並んでいるようだった。


七「ないじゃーん。」


せっかく早く帰ってきたのに

こんなに手がかりがないなんて。

なんだか走って帰ってきて損した気分。

ぶうたれながらもスクロールしていると

関連するワードに

不意に気になるものを見つけた。

そこには「前田古夏」の文字が表示されている。


七「前田…?」


また別の誰かかなと思ったけれど、

何となく指がその文字に引っ張られていく。

出会った時、古夏って珍しい名前だと思った。

耳で聞いただけじゃそうは思わないんだけど、

Twitterで漢字を見た時

多くの人は「小夏」って

書くんじゃないかなと思ったから、

古いの方なんだー、と

疑問に思った記憶があった。


自然とドキドキして

音を鳴らさないようにタップした。


すると。


七「…古夏ちゃん?」


前田古夏。

そして、元子役の文字。

そこにはあどけない笑顔を浮かべた

小さい女の子の写真があった。

前髪はセンターで分けているのは変わらないけど

昔は髪が長かったようで、

腰にまで届きそうなほどの写真も見つかった。


七「すごい!見つけた!」


てるに報告しようかと思い

ベッドから飛び上がるも、

今は家に誰もいないことを思い出して

今度はベッドの縁に座った。


本当に見つけた!

前田っていうのは

偽名か何かなのかな?

よく役者さんは偽名使うって言うし!


七「それにしても古夏ちゃん、子役だったんだ!」


愛らしさから一躍人気に、

テレビ番組やCM、ドラマにも

出演していたのだとか。

その下にはあまり聞き覚えのない

タイトルの作品が羅列してあった。

私が小さい頃に放映されたものだろうし

有名だったとしても見たことないだけだろう。


七「じゃあもしかしたらテレビで古夏ちゃんを見てたかもしれないんだ…!」


そう思ったらさらに

すごいことのように思えてきた。

テレビの向こう側にいるような人と

今友達で毎日会えるんだから!

しかもこの前は一緒に

未来の証明をしに行ったり、

猫カフェに行ったりもした。


でも、元子役で今は表舞台から

7,8歳の頃…小学2年生のあたりで

降りているといった旨も記載されている。

と言うことはやっぱりもう

役者としての活動はやめているのだ。

それはもちろん、

声が出なくなったからに違いない。

声が出るのに子役を止める

意味がわからない。

数年間役者をしてたみたいだし、

これだけいろいろなところに出演している。

嫌いじゃなかったはず。


小さい頃に声が出なくなった。

そして古夏ちゃんは子役をしていた。

苗字が違う理由は偽名なのかどうか

わからないけれど一旦放置!

そのことを考えれば、

古夏ちゃんが声を出せなくなった原因は

子役をしている時に

あったんじゃないかな?


七「前田古夏…。」


今度はそう検索しようとした時だった。

検索する手前、その候補がずらりと並ぶ。

その文字がたまたま視界に飛び込んできた。


前田古夏 子役

前田古夏 高校

前田古夏 年齢

前田古夏 ドラマ

前田古夏 子役時代


そして。


前田古夏 薬物


最後のひとつが異様なことには

流石の私もすぐ気づいた。


七「…薬物?」


そういうテーマが主軸となる

ドラマでもあったのかも。

そう思って無防備にそれを押した。

すると、そこに現れたのはニュース記事。


今度は良くない鼓動が

体を支配し始めていた。

もしかして、と思いつつ

好奇心は止められないままにニュースを開く。


それは、古夏ちゃんが子役時代に

薬物を所持していた疑いがあるとの噂が

立っているというものだった。

本人家族は否定しており、

持っている証拠も出てきてはいないものの

芸能界ではそのような話があったらしい。

現に誰かとつるんで

使用しているところを見ただとか、

運ぶ手伝いをしていただとか、

そう言ったテレビ局の人の意見もあるよう。

その揉め事を機に

古夏ちゃんは表舞台から

姿を消した…と。

記事にはそこまで書かれていた。


七「古夏ちゃん…?でも、ちっちゃい頃にそんなこと…。」


誰かが古夏ちゃんにやらせたんじゃ、と思った。

けれど、小学2年生だ。

なら少しの判別はつく。

私だって「あれやりたい、これやりたい」

くらいの意思があったのは覚えてる。

何かしらの理由があって

自分がやりたいと言った

可能性だって捨てきれない。


それ以降しばらくネットで調べていたけれど、

結局古夏ちゃんが子役時代に

薬物を所持していた、運んでいた等の

ものしか出てこなかった。

使用した可能性も、ともあったが

それは確認できていないだとか。

それでも「使っただろ」

「7歳で薬物依存」といった

心無い言葉が並ぶサイトだってあった。

あまりに無責任なことを

つらつらと書いてあるものだから、

次第に腹が立ってきた。

スマホを握りしめて

できるだけ弱くベッドに投げる。


七「古夏ちゃんはそんな子じゃないもん!」


おとなしい見た目をしていて

実は腹黒…なんてことはあるかもしれない。

けど、実際に話して一緒に過ごしてきて、

そんなことをするような子だとも思えない。

小さい頃と成長してからでは

性格が真逆になるような人だっている。

それもわかる。

だから古夏ちゃんは昔やんちゃで

好奇心旺盛で…という可能性だって

あることはわかってる。

でも、事実を知らない人たちが

ネットで憶測だけであーだこーだ

大切な友達のことをからかって

遊んでるのは気に入らない!


腹立たしいしこういう誹謗中傷にも

なるようなことを

言っている人を突き止めて

晒しあげたいくらいだけど、

今やるべきことは違う。

古夏ちゃんが本当に

薬物に関わることをしたのかどうか。

その真偽を確かめることが

過去の話だけれどネットの噂話を

止めるひとつの方法にもなり得る。


七「探偵らしくなってきた!」


古夏ちゃんに直接聞くべきか、

それとも別の人に聞いたり

他の方法で調べるべきか。

古夏ちゃんの声が出ない事件は

思っている以上に大きなことかもと

今更ながらに思う。


それでも立ち向かうのが探偵!

憧れのパパに近づく方法なんだ。

いつもパパは隠密に行動してる。

じゃあそれに倣うように

行動した方がいいのか。

それとも誰かに、

あわよくば古夏ちゃんにでも

手伝ってもらった方がいいのか。


七「うむむ…。」


唸りながらまたベッドに倒れた。

シーツが鼻をくすぐる。

その中で何度も脳裏をよぎるのは

やっぱりひとつ。

古夏ちゃんがそんなことを

するはずがないということだけだった。

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