第二話 まほうの言葉
――もう私たちでは、手に負えません。
――他のお友だちと問題ばかり起こすので、こまっています。
そんな理由から、
両親は、柏崎家の娘らしく、気の強いくらいがちょうど良いと言って、紫にいつも優しかった。紫に合う幼稚園に通わせたいという思いから、次から次へと新しい幼稚園を見つけてきては、転園をくり返し……そこで出会ったのだ。
その幼稚園でも、やはり周りとなじめなかった紫は、いつも一人で本を読んでいた。最初のころは、あそぼうと声をかけてくれる子もいたが、紫の冷たい態度に、だんだんとそれも減っていく。そのうち、だれも紫に話しかけようとはしなくなった。
ただ一人をのぞいては。
『いっしょにあそぼう』
そう言って、紫に手をのばす男の子がいた。
紫が顔をあげると、男の子の丸くて大きな目に、青い空がうつっていた。
『いや、わたしは今、ご本をよんでるの。じゃましないで』
紫がそう言えば、ほかの子たちは、いつのまにか紫からはなれていく。
でも、奏也はちがった。何度も何度も、しつこく紫をさそう。
紫は、そんな奏也のことが好きではなかった。むしろ、キライだった。
奏也は、いつもみんなの輪の中心にいて、だれに対しても笑っている。
どうしてほかの人に自分を合わせる必要があるのか、紫には理解できなかった。だから、奏也が紫に遊ぼうと手を差しのべてきても、いつもその手をつっぱねた。
しかし、奏也は、それくらいではへこたれなかった。どんなに紫がひどいことを言っても、奏也は、にこにこと、いつもうれしそうに笑っている。
(どうして、いつも笑っているの? 私にあんなこと言われて、どうして平気なの?
……きっと何もわかってないのね。ばっかみたい!)
紫は、奏也のことがキライでキライで、気になって……いつの間にか、奏也のことを目で追うようになっていった。
紫に向ける笑顔を、みんなにも同じように向ける奏也が、紫は大キライだった。
小学校四年生の時、奏也が野球のボールで校舎の
そのとき紫は、とつぜんのことにおどろいて、痛みとショックで奏也のことを考えるよゆうがなかった。
あとから両親に連れられた奏也が、紫の家にあやまりに来た時も、紫は、真っ赤な顔をして、奏也から目をそむけていた。
(ぜったいに、ゆるしてなんかやらないからっ!!)
奏也は、泣きながら自分のしたことを紫にあやまった。
『……ごめん……ごめんなさい……ほんとうに……ケガさせて、ごめんなさい』
『ふんっ。あんたって、ほんとーにバカねっ!!』
『う、うん……うん。ごめんね、ごめん……ごめんなさい……』
その時、紫は、奏也の泣いている顔を見て、なぜか胸がぎゅっとしめつけられた。
(いつも笑ってた、奏也が泣いてる……)
紫にケガをさせてしまったことをくやんで、紫のためだけに泣いているのだ。そう思った次のしゅん間、紫は、自分でも思いがけない提案を奏也に持ちかけていた。
『……べ、べつに、ゆるしてあげてもいいわよ。その代わり、私の言うこと、何でもきく?』
『……う、うん、きく』
『それじゃあ……私の
『……〝イイナズケ〟って?』
『将来大きくなったら、私と
お、女の子の顔にケガをさせたんだから、あなたが責任とりなさいよねっ!』
『……いいよ。オレ、紫とけっこんする。イイナズケになるよ』
『本当? 絶対の絶対? 約束よ?』
『うん、約束する』
その時になって初めて紫は、自分が奏也のことを好きになっていたことに気が付いた。
「柏崎さん、好きです。ぼくとつきあってください」
だれもいない図書室で、五年生の紫の目の前に、男の子の白い手が差し出されている。
いっしゅん、その手が、昔の奏也の手と重なって見えた。そのせいで、昔のことを思い出してしまったが、こんな男と奏也を重ねてみるなんて……と紫は、心の中だけで悪態をつく。
目の前にいるのは、紫がいっしょに図書委員をやっている、一学年上の先パイで、名前は、
委員会についての大事な話があると言うから来てみれば、とんだ時間のムダだったと、紫はうんざりした。
「無理です。私、
紫は、きっぱりとした声で断った。
それでも、史郎は、あきらめなかった。がばりと顔を上げると、ずれ落ちた眼鏡を直して言う。
「知っている。でも、あの男に君は、もったいない。あんなサルのようで何も考えていなさそうな鼻水こぞうよりも、ぼくの方が君にふさわしい」
「奏也のことを悪く言うなら、●●けりますわよ?」
「なっ……なんというけがらわしい言葉を使うんだ! それも、あの男のえいきょうだな。悪いことは言わない。あんな男とは、さっさとえんを切るべきだっ」
「
そう言うと紫は、無表情で足をふりあげ、目の前にいる男の急所を思い切りけり上げた。
「ぐはぁあああ……っ!!」
史郎は、まさか本当にけられるとは思っていなかったようだ。何の防御もしていなかったせいで、紫にけられた急所をおさえてうずくまる。
紫は、そんな史郎に背を向けて、図書室を出た。
「あんた、やるじゃない」
図書室を出たところで、見知った顔に会った。
紫と同じ五年一組の
お腹をかかえて笑っている。どうやら、今の一部始終を見られていたようだ。
「……のぞき見するなんて、しゅみが悪いわね」
「のぞき見なんて、してないわよ! 私は、夏休みに借りてた本を返そうと思って、ここへ来たら……だれかさんが告白されているんだもの。入っていけなくて、こまっていたのよ」
「……べつに、入って来て良かったのに」
「あんた、そんな態度だから友だちの一人もいないのよ。……ねぇ、奏也くんのどこがそんなにいいの? 全然、あんたと違うタイプじゃない」
「あなたに関係ないわ」
「ほかの男の子から告白されてたこと、奏也くんに言っちゃおうかなぁ~」
「私をおどす気?!」
紫は、思わず声をあらげたが、ふと奏也がどんな顔をするだろうかと想像して、はたと思い直した。
「……べつに。勝手にどうぞ」
そして、ふしぎそうな顔をしたままの加奈子を置いて、さっさとろうかを歩いて行く。奏也は、もう帰っただろうか、と考えたところで、ちょうど職員室から出てくる奏也を見つけた。
「奏也!」
紫の明るい声に、奏也が気付いて笑顔を見せる。
「紫、久しぶりだな!」
無人島から帰って来てからもいろいろあり、結局残りの夏休みは、奏也と過ごすことが出来なかった。夏休みが明けて学校が始まり、ようやく奏也に会えると思いきや、急に容態が悪くなった祖父のおそう式でしばらく学校を休んでいたため、奏也と会うのは久しぶりだ。
紫は、大好きな奏也に向かって、かけ出していた。
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