【第三章】新たな冒険のはじまり

第一話 たいくつな日常

「はぁ~……ひまだなぁ~……」


 ぼーっとした顔で、富瀬とみせ 奏也そうやは、つぶやいた。手には、デッキブラシを持っている。

 いっしょにそうじをしていた男の子が、おこった口調で言う。


「ひまなもんかっ! お前のせいで、おれまでトイレそうじをやらされてるんだぞ!

 適当にやって、さっさと終わらせようぜっ」


 そう言って、持っていたホースでゆかに水をまくのは、奏也と同じ五年三組の石田いしだ 厳太げんただ。


「オレのせいって……げんちゃんも、いっしょになって海ぞくごっこやってたじゃんか~」

「お前が乗せるからだろ!」


 厳太は、ぷんぷんとおこりながら、ゆかを水びたしにして、かたづけ始めた。


「厳ちゃん、個室がまだだぜ」

「……奏也って、意外と真面目だよな。ってか、お前もブラシがけちゃんとやれよっ!」


 奏也に注意された厳太は、しぶしぶ個室のドアを開けていく。個室は、全部で四つあり、二つめまではキレイだった。三つめのドアを開けた厳太がさけぶ。


「……げっ、う〇こつまってんじゃんっ!! くっせぇ~! だれだよ、個室でう〇こするやつぁ!」

「個室でう〇こしないと、どこでするんだよ。野グソじゃん」

「見なかったことにしよう〜」


 そっと個室のドアを閉める厳太に、奏也がスッポンを手わたす。


「厳ちゃん。それは、このスッポンを使って退治たいじするんだぜ」


 トイレそうじの先パイとして、奏也は、えらそうに言った。

 厳太が、うらめしそうな顔で奏也を見返す。


「……それ、スッポンじゃなくて、ラバーカップって言うんだぞ」

「え、そうなの? 厳ちゃん、物知りだなぁ。さては、トイレそうじのプロだな」 

「ちげぇよ! お前といっしょにすんなっ! ……おれんち、親がそうじ会社やってるんだ。はずかしいから、ほかのやつらには言うなよな」

「えーなんではずかしいんだよ。みんなの町をきれいにしてくれてるんだろう?

 それって、すげぇエライじゃん」

「そ、そうかなぁ……」


 奏也にほめられた厳太は、照れくさそうに目をそらした。気を良くしたのか、奏也からスッポン――あらためラバーカップを受け取り、便器のつまりを直す。


「さっすがぁ! うまいもんだなぁ」

「へへっ、たまに親の手伝いで、そうじするんだ。こづかいも、その分多くもらってるんだぜ」


 厳太は、鼻の下を指でこすり、手ににおいがついていたのか、へんな顔をした。

 奏也が感心した声をあげる。


「へぇ~! それいいな! なぁ、オレたちで、そうじする代わりにお金をもらうってのは、どうだ?」

「えーやだよ、めんどくさい。それに、未成年がお金をもらって仕事しちゃダメなんだぜ。労働基準法ってのに引っかかるんだってさ。だから、おれもこづかいもらってるのは、ないしょなんだ」

「なぁ~んだ、いい案だと思ったんだけどなぁ」

「奏也、金がほしいのか?」

「ああ。オレ、お金をためて、冒険がしたいんだ」

「そういや、トムソーヤになるのが夢なんだっけ」

「トムソーヤなんて、メじゃないさっ! 冒険家、富瀬 奏也だ」


 夏休みが終わり、二学期が始まったものの、奏也は、無人島で過ごした冒険ぼうけんをわすれることができないでいた。また、あんな冒険がしたいと思うものの、そのためには、お金が必要であると気付いたのだ。


「う~ん……なんとか楽にかせげる方法がないもんかなぁ」

「そうじじゃ、楽はできないだろ。ほら、さっさと終わらせようぜ。あとは、この個室だけだな」


 厳太が最後の四つめの個室を開けようとしたが、カギがかかっている。


「……はいってまぁ~す……」

「なんだ、だれか入ってやがる。おーい、う〇こなら外でしろよ!」


 厳太の声に、中から気弱な声が返ってくる。


「う、う〇こじゃないよ……おぇ……はいてるんだぁ~……」


 その声を聞いて、厳太は、その主がだれなのかわかったようだった。


「あーお前、井ノ原いのはらかぁ。ったく、しょうがねぇな。

 ……あいつ、いつもトイレではいてんだぜ。きしょっ!」


 厳太の最後の言葉に、奏也がまゆをしかめる。

 以前、船の上で気持ち悪くなった時のことを思い出したのた。


「厳ちゃん。そんなことを言うのは、よくないぜ。

 井ノ原くん、大丈夫か?」

「……う、うん……いつものことだから……おぇ……だいじょう……おぇ……」

「いや、全然大丈夫じゃないだろ。厳ちゃん、これ持ってて!

 オレ、保健室の先生呼んでくるわ!」


 奏也は、持っていたブラシを厳太にわたすと、トイレの外へとび出して行った。


「あっ、おい! ソーヤ! そうじ、どうすんだよー!!」


 しばらくして、奏也は、保健室の先生をつれて男子トイレへともどって来た。


「五年二組の井ノ原くんね。いつもの薬は、どうしたの? 持ってくるのをわすれたのかな?」

「……いえ、そのぉ~……」

「富瀬くん、先生を呼びに来てくれて、ありがとう。もう大丈夫だから、あとは先生にまかせて、君たちは帰りなさい」

「はーい。……じゃあ、井ノ原くん、早く元気になるといいな!」


 奏也は、先生にほめられて良い気分のまま、男子トイレを出た。


「厳ちゃん、いっしょに野球しようぜ!」

「オレ、これから部活なんだ」

「え、厳ちゃんって、部活入ってたっけ?」

「うん、まぁな。なんか入っておくと、中学受験する時に有利だからって」

「えー! 厳ちゃん、中学受験するのか?」

「まだわかんないけど……親に夏季講習へ行かされてさーそのまま……部活のある日以外は、ぜんぶじゅくだぜ」

「そりゃつらいなぁ。放課後、遊べないじゃん」

「奏也は、塾行かないのか?」

「あー……オレは、知り合いのお姉さんがさ、家庭教師してくれてるんだ。それで何とか」

「へぇー! 年上かぁ、美人なのか?」

「へ? う、うーん……どうだろうなぁ~……あんまり考えたことなかったけど……まぁ、美人な方なんじゃないかな」

「くーっ! うらやましいな! 今度、写真見せろよな! じゃあな!」


 厳太は、手をふって奏也と別れた。

 一人になった奏也は、首をかしげる。


「うーん……部活かぁ……あれ、待てよ? オレ、いいこと思いついたかも……」


 奏也は、にんまり笑うと、どこかへ向かって走って行った。


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