第九話 紫の告白

「ごめんって……一体、どういうことだよ?」


 四人の男女が見えない場所まで移動してから、晃牙が、こわい顔をして言った。

 紫は、うつむいたまま話し始める。


「……夏休みに入る前、私が奏也に聞いたこと、覚えてる?」


『ねぇ、奏也。夏休みに、どこかへ行く予定はあるの?』

『うーん……とくにないかなぁ。親は、どっちも仕事だって言うし、じいちゃんばあちゃんちは、すぐ近所だから歩いて行けるし。なんかこう……キャンプとか海とか、胸がわくわくするような冒険がしたいよなー!』

『そうそう! 『無人島サバイバル』って番組だ! 海でして、無人島に着くんだ。自分たちで魚をとったり、火をおこしたり……あれ、かっこいいよなー。 男のだな!』


「……って、奏也が言ってたでしょう。だから、私……」


 あの時、紫は、夏休みを奏也と一緒に過ごそうと、旅行の話をもちかけたかったのだ。

 だが、奏也は、クラスメイトと『無人島サバイバル』というテレビ番組の話に夢中になっていた。そんな話を目の前で聞かされてしまったら、ただ海へ行って遊ぼうとは言えなくなってしまった。紫は、奏也をあっとおどろかしてやりたいと思ったのだ。


「お父様に、どこか夏休みを楽しく過ごせそうな無人島はない?って聞いたら、おじい様が無人島を持ってるって教えてくれたの。その時、お父様がその島のことを〝宝の島だ〟って言ってたのよ。それで私、おじい様にお願いして、この無人島に来ることを許してもらったの」

「じゃあ、あの宝の地図も、ウソだったのか?」


 晃牙の質問に、紫が「それはちがう」と首を横にふる。


「地図をおじいさまのくらから見つけたというのは、本当よ。おじいさまが私に言ったの、これは〝宝の地図〟だよって。自分たちで見つけてごらんって……」

「そんなの、信じられるかよ! この無人島が柏崎のじいさんのだってんなら、その宝物ってのも、どうせニセ物だろっ。やっぱり宝物なんて、最初からなかったんじゃないか!」 


 紫は、首を横にふるものの、晃牙の勢いに言い返すことが出来ない。そう言われることが分かっていたからこそ、この島が自分の祖父のものだと言い出せなかったのだ。

 そもそも、宝を探してここまで来たのだ。晃牙がおこるのも無理はない。

 晃牙が、はっと何かに気付いた顔で紫を見る。


「もしかして……オレたちが島でそう難したのは? それもウソなのか?」

「……ごめんなさい」

「まじかよ……ってか、一体どうやったんだ?」

「杠にたのんで、ねむくなる薬を食事に混ぜてもらったの。二人だけだと私があやしまれるから、私もいっしょに……」

「……薬って……そうか、ゆずりはもグルだったんだな」

ゆずりはは、悪くないわ! 私がゆずりはにお願いしたの!」

「なんでそんなことするんだよ?! わけわかんねーよっ!!」

「そ、それは……」


 紫は、奏也の顔色をうかがうように見つめた。

 先ほどから、晃牙ばかりがおこっていて、奏也は、ずっと口を閉ざしている。


「おい、奏也。お前からも何か言ってやれよ。こいつ、とんでもない女だぞっ! オレたちがそう難して、あたふたしているのを見て、ほくそんでたんだ!!」

「ほくそ笑んでなんかないわよっ!」

「そんな言葉、信じられないね」


 晃牙と紫が、にらみ合う。


「私は、ただ……奏也によろこんでほしかっただけよ……」


 紫の目に、なみだがうかぶ。晃牙に責められることよりも、さっきから何も言わない奏也のことがずっと気になっていた。

 晃牙が紫におこっているように、奏也もきっと自分のことをおこっているのだろう。それを確認するのがこわくて、奏也の顔を面と向かって見ることが出来ない。紫は、奏也にきらわれたくない思いでいっぱいだった。

 ところが、ようやく口を開いた奏也は、二人が予想もしなかった言葉を口にした。


「実はオレ……気付いてたんだ」


 晃牙と紫が、おどろいて奏也を見る。


「えっ、気付いてたって……それどういうことだよ?」


 晃牙がいらだった口調でたずねた。

 奏也は、頭をかきながら、何と言おうか、まよっているようだ。


「この島に来て、最初の日……オレ、海で魚をとろうとしたんだけど、全然とれなくてさ、それで……」


 あの日、奏也は、魚をとることに夢中になり、だんだんと元いた砂はまからはなれていった。気が付いた時には、だいぶ海の深い場所まで移動してしまっていたのだ。

 晃牙たちのいる砂はまが見えなくなったことで、不安を覚えた奏也は、あわてて戻ろうとした。 

 そこへ一際大きな波が奏也をおそい、海の中で引きずり込まれてしまったのだ。人間パニックになると、正確な判断ができなくなる。海の中で、どちらが上で下か分からなくなった奏也は、やがて意識を失った。

 ところが、しばらくして目を覚ましてみると、自分は、砂はまにあおむけになってねていた。そばには、立派な魚が三匹置かれていたという。


「偶然……にしては、できすぎてるだろう? さすがのオレでもわかったよ。だれかがオレを助けてくれて、魚までプレゼントしてくれたんだってな」


 奏也は、こまったような笑顔で頭をかきながら言った。人からもらった魚を、さも自分の手がらのように持ち帰り、それを食べたのだ。男として、はずかしい、と奏也は思っていた。


「ここの島のことを知っているのは、オレたち三人と、杠だけだろう? だから、杠が助けてくれたんじゃないかって思ったんだけど……そうなると、どうしてオレたちの前から姿を消す必要があるんだって話になる。オレたちに宝を探させて、あとから横取りするつもりなのかとも考えたけど……杠は、地図を見て、宝の場所を知っているはずだ。それなら、さっさと自分で宝を取って帰った方が楽だろ。これは紫も一枚かんでるんじゃないかって思ったんだ」


 奏也の推理すいりを聞いて、紫が何かに思い当たったような顔で言う。


「だから、あの時、私のことをじっと見ていたのね。でも、それならどうして、あの時すぐに言わなかったの?」

「何か事情があるんだろうなって思ったし、紫がオレたちにひどいことするはずがないって知ってるからな。それに、オレもまだ、この無人島生活を楽しみたかったんだ」


 奏也が、紫に向かって頭を下げる。


「だまってて、ごめんっ!」


 奏也の後頭部を見て、紫は、ぷるぷると顔を横にふる。


「私の方こそ、だましていて本当にごめんなさいっ。最初から、ちゃんと話していれば……」


 その言葉に奏也は、がばっと顔を上げて紫を見た。


「話してたら、こんな楽しい体験はできなかったよ! ありがとなっ、紫!」


 にかっと笑う奏也の顔を見て、紫が、ほほを赤く染める。


「奏也……私のこと、ゆるしてくれるの?」

「ゆるすもなにも、紫は、何も悪くない。だって、オレが無人島でサバイバルしてみたいって言ったから、こんな手のこんだことをしてくれたんだろう? つまり、オレの夢を一つ、かなえてくれたってわけだ。それなら、オレだって、全力でそれを楽しまなきゃな!」

「そ、奏也……」


 紫の目から、今度は、うれしなみだがこぼれ落ちる。

 見つめ合う奏也と紫を前に、晃牙がひきつった顔でかたを落とす。

 

「お前ら……バカップルかよ……オレがいること、わすれてねぇか?」


 さっきまでのいかりは、今の二人の様子を見ていて、どこかへとんでいってしまったようだ。

 紫は、晃牙を見て、はずかしくなったようで、なみだをぬぐって、おこったような顔を向けた。

 奏也が晃牙に向かって言う。


「晃牙だって、ここに来て、良かったって、言ってたじゃんか」

「うっ……それは……そうだけど……」


 晃牙は、ごまかすように頭をがしがしとかく。


「あ~もうっ! ……で、どうすんだ? これが茶番だってんなら、どっかに杠がかくれてこっちの様子を見てるってことだろ? ネタバレしたんだ、そう難は、これでおしまいか?」

「それが……実は、昨日の台風があった日から、杠と連らくがとれていないの。それまでは、わき水のある場所で、一日一回、杠と連絡を取り合っていたのだけど……あのひどい台風だったから、たぶん杠もどこかに身をかくしているんじゃないかしら……」

「なんだよそれ。じゃあ、とりあえず、そのわき水のある場所に行って、とっととこんな島から脱出だっしゅつしようぜ。杠に会えれば、どっかに船もあるんだろ」

「いや、オレは帰らない」

「はあ?!」「奏也?!」

「帰らない……っていうか、まだ目的のものを見つけてないだろう」

「おい、お前……まさか……今度は、宝探しを始めるって言うんじゃないだろうな」

「紫のおじいさんが言ってた宝物ってのが何なのか、気になるし。オレ、やっぱり最後までちゃんと納得してから終わりたいんだ」


 晃牙と紫が顔を見合わせる。こういう時、奏也に何を言ってもムダだと二人ともよく知っている。


「私は……奏也がそれでいいなら、ついて行くわ。おじい様の言ってた宝物が何なのか、私も気になるし」

「……~ああ、しゃあねぇなぁ~! ま、オレがいないと、お前ら、まいごになりそうだしな。ついてってやるよ。その代わり、宝があったら、山分けだぞ」

「よしっ! 今度こそ、宝探しのはじまりだ!」

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