第八話 食べ物をぬすんだ犯人は?

 台風が島をおそった次の日の朝。どうくつの入り口を、明るい日の光が照らしている。

 一番に目を覚ました紫がさけんだ。


「きゃー! なによこれっ?!」

「うう~ん……なんだなんだ? どうしたんだ?」


 奏也が紫の声を聞いて、ねぼけまなこをこすりながら起きてきた。


「リュックサックの中身があらされてるの!」


 どうくつの入口に、チャックの開いた三つのリュックサックが無造作むぞうさに転がっていた。しかも、中身が派手はでに散らばっている。

 生米は、地面にこぼれてどろまみれになり、雨水をためるために置いていたペットボトルは、たおれて水がこぼれ、中身がほとんど入っていなかった。


「うへぇ~……こりゃひどいなぁ……」


 奏也が、ねぐせのついた頭をかきながら言った。


「うわっ、なんだこれ?!」


 最後に晃牙が起きてきて、おどろきの声をあげた。


「昨日の台風のせいかな。米は、水であらえば食べられるよな」


 晃牙は、話しながら地面にこぼれた生米をひろい始めた。

 たとえ、どろまみれになった米でも、この無人島では、貴重な食べ物なのだ。ひとつぶだってムダにはできない。


「……ない。なくなってる!」


 リュックサックの中身を確認していた紫がさけんだ。顔が真っ青だ。


「ないって……何が?」


 奏也が心配して、紫にたずねた。


「カロリーバーよ。まだ一本残っていたの。それが消えてなくなっているわ」

「ぇえー、よく探したのか? もしかしたら、風でどうくつの外に飛ばされたのかも……」


 晃牙は、どこかにカロリーバーが落ちていないかと、あたりに目をこらす。

 しかし、紫の考えは、ちがったようだ。


「風でリュックサックのチャックが開くわけないじゃない!

 私、たしかに昨日、チャックを閉めてたわ。きっとドロボーのしわざよ!」


 奏也と晃牙は、おどろいて顔を見合わせた。


「ドロボーって……だって柏崎。この島は、無人島なんだろ? オレたち以外、だれがいるっていうんだよ」

「それは分からないけど……とにかく探しましょう! 犯人をつかまえるの!

 食べ物のうらみは、こわいんだからぁ!」


 晃牙と奏也は、かたをすくめた。紫のかんちがいなのではないだろうか、と思ったが、紫があんまりおこっているので、口には出さないでおいた。

 三人が手早くちらばった荷物をまとめていると、奏也が、地面にある何かを見つけて、声をあげた。


「……なぁ、これ。何かの足あとじゃないか?」


 晃牙と紫も、奏也が指さすものを見て、あっとおどろいた。雨でぬかるんだ土の上に、小さな動物の足あとがいくつもついている。それは、点々と林の中へ向かって続いているようだ。


「追いかけましょう。きっと、この足あとのぬしが犯人よ!」


 三人は、まとめたリュックを背負い、林に向かって歩き出した。

 紫を先頭に、奏也、晃牙とあとに続く。

 台風は過ぎたものの、代わりに真夏の太陽が、じりじりと三人の身体から水分をうばっていく。木々にさえぎられているとは言え、それでも、重たいリュックサックを背負いながら歩き続けていると、はだにじっとりと汗が浮かぶ。

 やがて、いくらも経たないうちに、晃牙と奏也が弱音をはき始めた。


「はぁ……のどがカラカラだぜ……暑いし……」

「オレも……なぁ、紫。まずは、わき水のとこに行ってからにしないか?」


 しかし、紫は、二人の方をふり返ることなく歩き続ける。


「だめよ! 足あとが消えちゃう前に追わなきゃ!

 少しくらいがまんしなさいっ」


 女の子にそう言われて、弱音をはき続けるほど、奏也と晃牙も男をすててはいない。ぐっと自分のツバを飲みこんで、必死に暑さと、のどのかわきにたえた。

 しばらく林の中を進んで行くと、先頭を歩いていた紫がとつぜん立ち止まった。こまったように、あたりをきょろきょろと見回している。


「どうしたんだ、紫?」


 心配してたずねる奏也に、紫は、青い顔をしてふり返った。


「……どうしよう。足あとが消えてる……」

「えっ」「うそだろ?」


 三人で辺りの地面を探して見たが、やはり足あとは見つからない。足あとの主は、こつぜんと姿を消してしまったかのようだ。


「どっかで道をまちがえたとか……」

「そんなこと……っ」


 晃牙の言葉に、紫が顔をゆがめる。言い返したいけれど、足あとを見失った原因は、先頭を歩いていた自分にあると思い、責任を感じているのだ。

 そんな紫の様子を見た奏也は、なんとかしてやりたい気持ちで、足あとが消えたあたりに目をやった。こしまでのびた下草をかきわけながら、よくよく目をこらして探す。

 すると、奏也の目に、何かがきらっと光って見えた。


「……ん? ……あっ! これ、カロリーバーのふくろじゃないか?!」


 奏也がしゃがんで、それをひろいあげた。たしかにそれは、カロリーバーのふくろのようだが、すでに開けられていて、中身はない。辺りに中身が落ちていないのを見ると、だれかが中身だけを食べて、ふくろをここにすてたのだろう。

 それが、ちょうど木の根元にある下草にかくれていて、見えなかったのだ。


 キィキィ……


 その時、何かの動物の鳴き声が聞こえてきた。三人は、木の上を見上げる。声のする方を目で追って探してみると、葉っぱのすき間から何かがチラチラと動いているのが見えた。がいる。

 しかも、その気配は、ひとつではない。いくつもの正体のわからないものに見張られているような気がして、三人は、無意識にかたを寄せ合った。


「……あっ、見て。あれ!」


 紫が声を上げて、木の上を指さした。奏也と晃牙も、紫が指差す方を見る。

 枝の上に、一匹の小さなサルがいた。まだ子ザルのようだ。


「「「さ、サルぅ~?!」」


 子ザルは、三人に気が付くと、さっと枝から枝へとび移り、葉っぱのかげにかくれて見えなくなった。


「もしかして、あいつが犯人か?」

「追いかけよう!」


 三人が走りだそうとした、その時、頭上からってくる、たくさんの鳴き声に取り囲まれた。


 キィキィ……

 キィキィ……

 キィキィ……


 一匹ではない。見ると、何十匹ものサルたちが、木の上から三人を見下ろしている。いつの間にか、周りを囲まれていたようだ。

 見た目は、リスザルににているが、もっと大きくしたようなサルだった。動物園でも見たことがない種類だ。


「あっ、私のカロリーバー!」


 紫が、一匹のサルを指さして、さけんだ。手に何かをつかんでいる。


「え、あれが? バナナじゃないのか?」


 晃牙が、目を細めてサルの手元てもとを見る。


「バナナじゃないわ! ……バナナ味よ!」


 それを聞いた奏也が、ほっと息をつく。


「なんだ、サルが犯人だったのかぁ~……ドロボーじゃなくて良かったな、紫!」

「ドロボーよっ!!」


 その時、三人の耳に、かん高い女の人の声が聞こえてきた。


「やだぁ~チョーかわいいぃ~~~♡

 なんか食べてるんだけどぉ~……え、バナナかなぁ?」


 三人は、おどろいて、たがいの顔を見合わせた。聞いたことのない声だ。無人島に人がいるなんて……もしかしたら、助けてもらえるかもしれない。

 そう思った三人は、声のする方へ向かって走った。


「私、パンやってみよう~♪ 食べるかなぁ」

「あ、私も私も! ……あ、チョコレートしかないや。やってみていい?」


 女の人だけでなく、今度は、低い男の人の声も聞こえてくる。


「こりゃあ、いいがとれるぞ。無人島に、こんな可愛いサルがいるなんて、思わなかったなぁ。見たことない種類だけど……もしかして、新種かもしれないぞ?

 動画サイトにアップしたら、バズんじゃねぇ?」


 そこには、四人の男女がいた。

 二人の女の人が、木の上にいるサルに、おかしの包みを差し出している。

 一人の男は、細長い棒のようなものの先にスマホを取り付けて、二人がサルにおかしをやるところを、動画にさつえいしているようだ。


「サルにチョコって……やっても大丈夫なのか?」


 晃牙がつぶやいた。しかし、その声は、小さくて、彼らには聞こえていない。

 そこへ、紫が一歩前に出て、声を張り上げた。


「あなたたち、だれの許可をとって、この島に上陸しているの?!

 許可も取らずに上陸することは、法律反になるわよ!」


 カメラを持った男の人が、おどろいた顔で、紫をふり向いた。自分たちの他に人がいるとは思わなかったようだ。


「なんだ、お前? 別に許可とかとってねぇし。無人島なんだから、だれのものでもないだろ」

「ってか、あなたたち、だれ? そっちこそ、無許可なんじゃないのぉ~?

 おたがい様じゃ~ん」


 すると紫は、奏也と晃牙がおどろくようなことを口にする。


「ここは、私の祖父、柏崎 正幸まさゆきが所有する島よ。

 あなたたちは、人の私有地に不法侵入ふほうしんにゅうした犯罪者よっ!!」


 動画をさつえいしていた男の後で、だまって立っていた男が、不安げな表情で言った。


「……ま、まじかよ……おい、やべぇんじゃねぇのか?」


 しかし、スマホを持った男は、構わず動画をとり続ける。


「なに言ってんだ、こいつ。頭おかしいんじゃねぇのか? そんながどこにあるって言うんだよ。土地の権利書けんりしょか何か、持って来て言えっつーの」

「そうよ、そうよ! 子供が遊ぶようなところじゃないのよ。さっさとママのところに帰りなさい!」

「……っ!」


 紫がそれ以上何も言おうとしないので、四人の男女は、笑いながら動画の続きをさつえいし続けた。


「おい、柏崎。一体、どういうことなんだ? ここがお前のじいさんが持ってる島だって?」

「紫、大丈夫か?」


 晃牙と奏也に聞かれて、紫は、顔をうつむけた。


「……ごめんね。私、二人のこと……だましてたの」


 紫の目には、なみだがうかんでいた。

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