第七話 台風

 次の日、三人は、朝日を顔にあびて目を覚ました。

 水平線の向こうから、金色に光る太陽が顔を出す。海は、朝日を反射して、宝石のようにきらめき、すばらしい一日の始まりをげているようだ。


 奏也は、目が覚めたら、これまでのことは全部夢だった……ということにならないだろうか、と考えていた。けれど、現実は、昨日と同じ夢のつづきを奏也たちに見せるのだった。


 ぼーっと三人は、無言で朝陽をながめていた。本当に自分たちは、無人島で三人きりなのだと、改めて実感したようだ。胸のおくがキリキリと家族に会えないさみしさをうったえている。それに気付かないふりをして、三人は、おはよう、と笑顔で言い合った。


 現実は、夢ではない。


 生きていれば、お腹はすく。


 三人は、だれからともなく、それぞれの仕事の続きに取りかかるのだった。



  ☆  ☆  ☆



 無人島生活、三日目。


 朝、三人は、とつぜんのはげしいカミナリと雨によって起こされた。目を開けて見ると、頭上を灰色の分厚い雲がおおい、そこからバケツの水をひっくり返したかのような大雨が落ちてくる。海は黒くまり、高い波がモンスターのように暴れて、あれている。昨日までの明るく美しい楽園は、どこにもない。

 台風がきたのだ。


「なんだなんだ、台風か?」

「そんな……昨日まで、あんなに晴れていたのに」

「おい、ちょっとこの雨、やばいんじゃ……」


 晃牙の言葉は、カミナリのはげしい音にかき消された。


「きゃーーー!!」

「うわっ!!」

「……っ!」


 耳元のすぐそばで、何かがばく発したような大きな音がした。

 三人は、それぞれ耳をおさえてうずくまる。頭上では、はげしい風にあおられて、晃牙の作った流木の囲いがギシギシといやな音を立てた。


「このままここにいたんじゃマズイ。林の方へにげよう」


 晃牙の声に、奏也と紫がうなずく。

 三人は、リュックを胸にかかえて、流木の囲いの中からとび出した。

 その時、ガラガラと音を立てて、流木の囲いがくずれ落ちる。はげしい風にたえきれなかったようだ。一秒でも囲いから出るのがおそければ、三人とも、流木の下じきになっていただろう。

 三人は、目の前でくずれ落ちた流木の山を見て、ぞっとした。

 林の中へかけこむと、多少の雨風はしのげたものの、それでも台風が来ていることに変わりない。


「どうする?」

「とにかく、どこか身をかくせる場所を探さなきゃ」

「そんなの一体、どこにあるって言うんだよっ」


 奏也と晃牙が言い合っている間にも、はげしい雨風がようしゃなく三人をおそう。

 その時、紫がはっと何かをひらめいた。


「……あるわっ。二人とも、私について来て!」


 まよっている時間はない。三人の頭上では、ゴロゴロとカミナリがはげしく鳴っていて、今にも落ちてきそうだ。

 奏也と晃牙は、はげしい雨の中、紫を見失わないよう彼女の背中を追った。

 紫は、時々、道を戻ったり行ったりしながら、何かを探すように歩いて行く。

 目的地も分からず、風雨の中をただ歩き続けるには、晃牙も奏也も幼すぎた。


「おい、どこに行くって言うんだよ?!」


 しびれを切らした晃牙が、紫の背中に向かって声を張り上げた。大声を出さないと、そばにいても聞き取れないほど、雨と風の音がはげしいのだ。


「今話しかけないで! 道が分からなくなる! いいから、だまって私について来なさい!」


 紫のけんまくに、晃牙は口を閉じた。

 それからしばらくの間、三人は、林の中を歩き回った。

 やがて、前方が開けた場所に出た。空からさえぎる木々の枝がないため、雨が一層強く三人を打つ。激しい風に横なぐりの雨。前がよく見えない。

 とつぜん、紫が目的のものを見つけて、走り出した。

 晃牙と奏也も、走って紫のあとを追う。


「ここよ! 早く、この穴の中へ入って!」


 紫の声にみちびかれて、晃牙と奏也は、わけがわからないまま、目の前にぽっかりと開いた穴の中へとびこんだ。そこは、岩のどうくつだった。

 中は、じめじめとして暗かったが、とりあえず、雨風はしのげる。

 三人は、ぬれていない地面を見つけて、サバイバルシートを広げた。そこに、ひざをかかえてすわりこむ。雨のせいで気温がぐっと冷えこみ、ぬれた身体がふるえている。三人は、自然とかたを寄せ合った。


「どうして、ここにどうくつがあるって分かったんだ?」


 晃牙が紫にたずねた。

 紫は、ふるえながら答える。


「地図に書いてあったのを思い出したのよ。おととい、島の周りを歩いて回ったでしょう。きょり的に、だいたいこのあたりかなって。まよっちゃったけど……見つかって、良かったわ……」


 ふぅ、と紫が息をつく。紫も、この台風の中を歩き続けるのは、こわくてたまらなかったのだ。


「地図って……ああ、あの宝の地図か」


 晃牙の言葉に、紫がうなずく。

 そして、リュックの中から地図を取り出して見せた。ねんのため、ジップロックに入れておいたので、ぬれてはいない。地図には、確かにどうくつの絵が描かれていた。


「よく覚えてたな。おかげで助かったよ」


 晃牙の素直な言葉に、紫が口角を上げる。

 危険な目にはあったものの、一緒ににげているうちに、三人の中で、連帯感のようなものが芽生えていた。


「おうちは、残念だったわね。けっこう居心地よかったわよ」

「そうだな。晃牙が、せっかく苦労して作ってくれたのになぁ……」

「まぁ、また作ればいいさ。今度は、かべも作って、台風にもまけない家にするよ」

「へぇ、あんたにしては、前向きなことを言うじゃない。いつもケチばかりつけるのに」


 紫が、めずらしそうな目で晃牙を見る。

 晃牙は、照れくさそうな顔で、ぽりぽりとほほをかく。


「うーん、なんだろう。この島にいるせいかなぁ。自分でもふしぎだけど、そんな気分なんだ。なんでも自分たちで一から作るって、大変だし時間もかかるし、つかれるけど……楽しいよな。なんか生きてるって気がする。家にいて、ただゲームしたり動画見たりしてるだけじゃ、こんな気持ちにはなれなかったと思う。ここに来れて、良かったよ。……って、オレ、なんか変なこと言ってるかな?」

「ううん、そんなことないわ。私も、すごくよく分かるもの。いつもは、何もしないでも、ご飯が用意されて、お腹をすかすこともない。お風呂だって、毎日入れて、キレイな服が着られて……水も飲める。それを当たり前だと思ってた自分が、今は、はずかしいわ」

「……ひとりで生きていくって、大変なことなんだなぁ」

「そうね。だから、人間は、集落をつくって、仲間と協力して生きてきたのよ。

 私たちがやったみたいに、作業をそれぞれ分担してね」


 紫の解説に、晃牙が顔をしかめる。


「おい、歴史の授業を聞いてるみたいだぜ。やめろよなぁ」


 しかし、そこに奏也が口をはさんだ。


「でも、勉強って大事なんだなぁ。オレ、家に戻ったら、もっとちゃんと勉強しようって思った。知らないことばかりで、全然なんの役にも立たないんだ。学校でも、もっと無人島で生活するための方法とかって、教えてくれりゃいいのにな」

「サバイバル授業か。それ、おもしろそうだな!」


 奏也の提案に、晃牙がひざをたたいて喜んだ。


「あら。理科や社会の授業も大事よ。どうやって私が、わき水のある場所や、このどうくつの場所をつきとめたと思うの? 社会の授業で、地図の読み方を教わったからよ。それに、飲み水だって、私がちゃんと理科の授業で、ろ過のやり方を覚えていたから助かってるのよ」

「あ~……散歩してて見つけたんだっけ?」

「散歩って……それじゃ、私がさぼってたみたいじゃないのっ。ちがうわよ。地図にわき水の絵が描いてあったから、それを探してたんじゃない! ……って、そうだわ。今のうちに……」


 紫は、話しているとちゅうで、何かを思い出し、リュックサックを開けた。中から、空になったペットボトルを一本取り出して、どうくつの前に置く。そのままだと風でたおされてしまうので、落ちていた石を積んで回りを囲った。

 晃牙と奏也も、紫に習って、同じことをする。二人とも、ペットボトルの中身は、空っぽだ。


「でも、よかった。これで飲み水にはこまらなさそうね。ねんのため、火にかけてから飲んだ方がいいと思うけど……この雨が止まないと、火はおこせないわね」


 どうくつの外は、変わらず雨風と、カミナリが続いている。

 三人とも、今が何時か分からないので、時間の感覚がなかった。

 スマホは、なるべく電池を使わないよう、電源を切ってある。

 他にすることもない三人は、ぼーっとどうくつの外をながめながら会話を続けた。


「……宝なんて、本当にあるのかな?」


 晃牙の言葉に、紫が反応する。


「あるわよっ。私のお父様が言ってたもの。この島は、〝宝の島〟だって」

「へぇ、じゃあ、柏崎の父さんは、この島にある宝が何なのか、知ってるってことか?」

「そうだと思うわ」

「柏崎は、知らないのか」

「私は……知らないわ。聞いても、教えてくれなかったのよ」


 その日は、一日雨が止むことはなかった。

 三人は、どうくつから出られないので、リュックサックの中に入っていたサバかんとカロリーバーをかじって、空腹をしのいだ。

 ペットボトルに残っていたわずかな水を、三人で分け合って飲み干した。

 のどもからからだった。

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