第六話 星空と約束

「〝SOS〟って、砂はまに文字を書いたらどうかしら? これを使って」


 そう言って、紫が持っていたジップロックをかかげて見せる。

 空は、すっかり暗くなり、たき火のあたたかい光が、ジップロックの中にあるものを照らし出す。

 一日中、紫が砂はまを歩いて集めた貝がらだ。大小様ざまで、色も形もバラバラだ。それらがLサイズのジップロックの三分の一ほどをうめている。

 貝がらを見た晃牙が、あからさまに顔をしかめた。


「貝がらじゃ、目立たないんじゃないか? でもまぁ、砂はまに文字を書くっていうのは、いい案だな。流木で、文字を作ったらどうだ? たくさん落ちてたぞ」

「……そうね。じゃあ、明日は、流木を集めてみるわ」


 紫は、少し残念そうに言った。貝がらを使って、砂はまに文字を書くなんてロマンチックだわと思い、やってみたかったようだ。


「おっ、そろそろ米がたけたんじゃないか?」


 たき火の上に組んだ流木に、飯ごうがブランコのようにぶら下がっていた。フタのすき間から、白米はくまいのたけるにおいと、白いけむりが出ている。

 三人で相談して、なるべく食料を長くもたせるため、米は、一日一合を三人で分けて食べることに決めた。生米は全部で六合あるため、これで六日はもつ。それまでには、いなくなった自分たちを心配して、だれかが助けに来てくれるだろう、と考えていた。


「奏也、そっちは、どうだ? もういいんじゃないか?」


 晃牙が、飯ごうを火から外しながら話しかけた。先が二またに別れている流木を器用に使っている。これなら直接手で飯ごうをさわる必要がないので、火傷やけどをしなくてすむ。これも晃牙の考えた案だ。

 ところが、奏也は、ぼーっとした顔で、木の枝にささった焼き魚を見つめている。晃牙の声にも、魚が焼ける香ばしいにおいにも気付いていないようだ。

 紫が心配そうに、奏也の顔をのぞきこむ。


「どうしたの、奏也。つかれちゃった?」


 紫の声に、奏也がのろのろと顔をあげた。


「……え。……ああ、うん。そうだな……」


 そのままじーっと奏也に見つめられて、紫がほほを赤くする。


「なぁに? 私の顔に何かついてる?」


 たき火をはさんで、奏也と紫が見つめ合う。

 それを目の前にした晃牙が、苦いコーヒーでも飲んだような顔で手をはらった。


「おいおい、オレの前でいちゃつくなよ。それより魚、こげちまうぞ! 早く食べようぜ。オレもう腹ペコだよ~」


 晃牙の言葉に、紫は、ぱっと奏也から顔をそむけた。

 奏也は、まだぼーっとした顔をしている。

 晃牙が、たきたてのご飯を、三人のコッヘルに分けて入れる。その上に、焼き魚を木の枝にさしたままのせた。一日食べる量としては少ないが、無人島では、これがごちそうだ。


「奏也、早く食べて、もうねましょう。私たちのために、こんなに大きな魚を三匹もとって来てくれたんだもの、つかれて当然だわ。奏也、ありがとね」

「え……あぁ、うん……」


 ご飯は、少し炭の味がした。名も知らない魚は、枝にさしたままかぶりつくと、海の味がして、これまで食べたことがないくらいおいしかった。


「無人島って、最高だな! 宿題をしろ、ゲームをやめろ、フロに入れ、歯ブラシをしろ……って、口うるさい親はいない。海ぞくって、こんな感じなのかなぁ」


 奏也が、しみじみとした様子で言った。ご飯を食べたおかげで、少し元気が出てきたようだ。

 しかし、それを聞いた紫は、まゆをひそめた。


「やだ。私、おフロには入りたいし、歯ブラシもしたいわ。歯ブラシも、持ってくればよかったわぁ」


 紫は、残念そうだ。

 晃牙も、首をかしげて言う。


「オレの親は……オレがねてから帰って来るからなぁ。そういうの、あんま言われたことないな。……ってか、無人島にゲームはないだろ」

「お前ら……この自由のすばらしさが分からないなんて……!」


 それから奏也は、海ぞくについて熱く語りはじめた。奏也の知っている海ぞくは、おフロにも入らなければ、歯ブラシだってしなくても平気なようだ。

 晃牙は、面白いものでも見ているかのような顔で、奏也の話を聞いていたが、紫は、あまり興味がないのか、あくびをこらえている。


「……ねぇ、そろそろねましょうよ。私、つかれちゃったわ。

 あ、もちろん奏也は、私のとなりでねてね。まさか、ほかの男のとなりに、いいなずけの私をねかしたりはしないでしょう?」 


 そう言いながら、紫は、自分のすわっている場所のとなりを手でしめした。

 晃牙がからかうような目で紫を見る。


「結婚してない男女が、一つ屋根の下でらしちゃダメ……とかなんとか、言ってなかったっけ?」


 しかし、紫は、まるで気にしていない顔で上を見る。


「あら、おかしいわね。どこに屋根があるのかしら? 私には、見えないけど」


 晃牙が流木を組んで作った天井は、わく組みだけで、ぽっかり穴が開いている。


「……くっ……今日は、そこまで手が回んなかったんだよっ。その代わり、ゆかは、ふっかふかだろう。オレに感謝かんしゃしてねろよなっ」


 ゆかには、林の下草を切って集めたやわらかい草がしかれ、その上にサバイバルシートを広げている。

 サバイバルシートは本来、防寒用として毛布がわりに使うものだが、この暑い無人島には必要ない。そのため、しき物がわりに利用したというわけだ。

 これならば、草のちくちく感もなく、草についている小さな虫に身体をかまれることもない。晃牙としては、なかなかうまい考えだと思っていた。


「おい、上を見てみろよ」


 とつぜんの奏也の声に、晃牙と紫が空を見上げた。

 三人の頭上には、満点の星空が広がっていた。


「うわぁ……キレイ……」

「こんなすげぇ星空、初めて見たなぁ」


 辺りは真っ暗で、たき火の明かりしかないため、空の星がとてもよく見える。


「なんだか宇宙にいるみたいだな……オレたち……」


 そう奏也がつぶやく。

 晃牙と紫は、空を見上げながら心の中でうなずいた。


「ねぇ、奏也。覚えてる? 私と……いいなずけになるって約束した日のこと……」

「うん、もちろん。覚えてるよ」

「私のこと……奏也のおよめさんに……してくれるんだよね?」

「ああ、約束だからな」


 そこへ晃牙が、二人の会話に口をはさむ。


「そう言えば、オレ、その話ちゃんと知らないんだよなぁ。

 なんで、いいなずけになったんだ?」


 すると、奏也が気まずそうな顔をして、頭をかいた。


「あ〜……ほら、四年の時にさぁ……オレが、学校の校庭で野球をしてたら、オレの打った球がとんでって……校舎のまどガラス、割っちゃったことがあっただろう?

 あの時、紫がまどの下にいて、ケガさせちゃったんだ……」

「え、まじ?」

乙女おとめの顔にきずをつけた罪は重くってよ」

「え、それで責任とって結婚するってこと?」

「うん」「当然よ」

「ふーん。それじゃあ、もし、他に好きなやつができたらどうするんだ? するのか?」

「り、離婚りこんなんてしないわよ! そもそも、まだ結婚けっこんもしていないのに、どうして先に離婚りこんの話になるわけ?!」

「だって、オレたち、まだ小学生なんだぜ。この先、どうなるかなんて、だれにも分からないだろう。世の中に、絶対はないんだ」

「そ、そんなこと……」


 言葉では否定しつつも、紫は、不安そうな顔でうつむく。

 それを見て、晃牙が、にやり、と笑った。


「もしかしたら……オレと柏崎がつきあう未来もあるかもよ?」

「それはない。絶対にない」


 真顔で全否定する紫に、晃牙は、がくりとかたを落とす。


「……まぁ、じょうだんだけどさ。そこまできっぱり否定ひていされたら、さすがのオレでも傷つくぜ……」

「ちょっと、奏也からも何か言ってやってよ」


 奏也は、二人の話を聞いていたのかいなかったのか、気にしたふうもなく、星空を見上げたまま口を開く。


「約束だからな」


 そう言った奏也の声が、しんけんで、晃牙と紫は、息を飲んだ。


「……う、うん。そうよ、約束……なんだから」


 ほほを赤らめて、紫があごをあげる。


「約束は、守るもんだ」


 そこへダメ出しのように奏也が言いきったので、事情を察した晃牙が、ぷっと笑いをふきこぼした。


「あははは……! がんばれ、柏崎っ」

「ぐっ……あんたに言われると腹立つわ」


 腹を抱えて笑う晃牙を見て、紫がほほをふくらませる。

 その時、三人の頭上を一すじの流れ星がながれていった。


「……あっ! 流れ星!」


 奏也がそれを見て、立ち上がる。

 晃牙と紫も、とっさに上を向く。


「えっ、うそうそ、どこどこ??」

「もう見えなくなっちゃった」


 流れ星は、あっという間に通り過ぎていく。

 それでも、こんなにたくさんの星を見るのが初めてだった奏也は、感動で夜空から目をはなすことができない。


「流れ星を見ながら願いごとを三回となえると、願いがかなうのよね」

「本当かっ?!」

「そんなの、うそに決まってるだろ」

「あら、やってみないとわからないじゃない」


 紫の言葉に、晃牙がまさか、と言った顔をする。


「奏也は、どんな願い事をするの?」

「うーん……そうだなぁ~……たくさん願い事がありすぎて、まようなぁ。新しいゲームもほしいし、宇宙にも行ってみたいだろ? 宿題をなくして、学校の授業を全部体育にする、とか……」

「いや、それ絶対にかなわないだろ」


 横から晃牙が、冷静なツッコミを入れる。

 それでも奏也は、次に流れ星を見つけたら、どんな願い事をしようかと考え続けた。


「……あっ。宝物が見つかりますように! これだなっ!」

「ふつう、ここは家に帰れますように、じゃないのか?」

「ふふ、奏也らしくて、私はいいと思うわ」


 それから三人は、ねむるまでの間、流れ星を探して夜空を見上げていた。

 流れ星は、何度か流れるものの、三回願いごとをとなえることがなかなかできない。二回目の願いごとをとなえる時には、消えてしまうのだ。


「あー、またダメだぁ~……三回なんてムリだよぉ~……」

「それじゃあ、三人同時に同じ願いごとをとなえたらいいんじゃない?

 それなら、一度で三回となえられるわ」

「え、それオレもやるのか?」

「いいじゃない、べつに。信じてないんでしょ?

 それとも、ほかに何か願いたいことでもあるの?」

「んー……そうだなぁ……まぁ、いいか。オレも願ってやるよ」


 日中のつかれもあってか、あおむけになって空を見上げていると、三人をねむけがおそう。それでも三人は、けんめいに流れ星を待った。

 そして、晃牙がウトウトと目をとじかけた時、流れ星が光った。 


「「「宝物が見つかりますよーにっ!!!」」」


 三人の声を、流れ星は聞きとどけてくれるだろうか。

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