第四話 だれのせい?

「あっ、あそこ。リュックサックが置いてある。もしかして、オレたちのかな……?」


 晃牙が林の方をゆびさすので、奏也は、後ろをふりむいた。

 一本の木の根元に、リュックサックが三つ置かれている。それは、船へ乗る前に、ゆずりはが用意してくれたリュックサックだった。


「見てみよう」


 三人は、自分たちのリュックサックの中身を調べることにした。船に乗る前と変わっていなければ、中には、冒険ぼうけんに必要な道具や、けいたいしょくが入っているはずだ。


「おっ、スマホも入ってる! ……あーでも、さすがにネットは使えないかぁ。これじゃあ、助けはよべないな」

「私のスマホも入ってたわ。……こっちも外ね」


 晃牙と紫が自分たちのスマホをさわっているのを、奏也は、うらやましそうな目で見つめる。


「いいなぁ、晃牙も紫も、スマホがあって。オレ、母さんが買ってくれないんだよなぁ~」


 奏也も、自分のリュックサックの中身を調べてみた。もちろん、スマホは入っていない。


 三人の持ち物を合わせると、次のようになった。

 水の入ったペットボトルが六本と、サバかんが三つ、カロリーバーが六本、生米が六ごう、米たき用のはんごう、つりざお、コッヘルが三つ、ロープが一本、防水マッチがひと箱、サバイバルシートが三枚、Lサイズのジップロックが三枚、方位磁針コンパス、タオルが三枚、万能ナイフが二本。

 どれも、冒険に行くと決めた後で、杠が用意してくれたものだ。船を出る前と変わった様子はない。


「とりあえず、この島をぐるっと一周して、様子を見てみるか?

 見たところ、そんなにでかい島じゃなさそうだし」


 晃牙の提案ていあんに、奏也と紫もうなずいた。

 その時、三人の頭の中には、もしかしたら、島の反対側に船があるかもしれない、という希望がまだ浮かんでいた。


 しかし、あらかた島の周りを歩き回り、元いた場所へ戻って来たころには、三人の顔から希望や期待といった文字が、海のあわのように消えていた。

 しばらく砂はまを歩いて行くと、海にせり出た岩かべにぶつかり、正確には、島を一周することが出来なかった。それでも、岩かべの向こう岸まで続く海はしっかりと見えていたので、船どころか、島かげ一つ見えないことが分かっただけだった。

 人が住んでいそうな気配もない。まちがいなく、ここは無人島だ。


「……で、これからどうするんだよ」


 晃牙が、ふきげんそうに言った。


「どうするって……」


 さすがの奏也も、海を見たまま、ぼうぜんとしている。


「ここで、こうしていても仕方ないでしょ。助けを呼ばなくちゃ」


 紫が言った。

 しかし、その言葉に、晃牙は、かっと目をつりあげる。


「助け? 今、助けって言ったか? 一体どうやって? 誰もいない、こんな海のど真ん中で、一体だれがオレたちを助けてくれるって言うんだ?!」

「そ、そんなにどならなくても良いでしょう?! じゃあ、他にどうしろって言うのよ? あんた何かいい案でもあるなら言ってみなさいよっ!!」

「あるわけないだろ! オレたちは、小学生なんだぞ! 何ができるって言うんだよ!」

「小学生だからって、何よ! 言い訳して負け犬の遠ぼえなんて、めめしい男ねっ!

 人間はね、こういう時に本性ほんしょうが現れるのよ! いつもすかした顔して、奏也のことをバカにしてるけど、中身はなんにもできないガキじゃない!」

「お前だってガキだろう! もとはと言えば、お前の船が悪いんだっ。

 ……いや、あの杠って女があやしい! きっと、あの女がオレたちをここに置き去りにして、宝をひとりじめするつもりなんだ!」

「なっ、杠がそんなことするわけないでしょ!」

「じゃあ、なんでこんなことになってるんだよ!」

「なんでって……そ、そんなこと私にわかるわけないじゃない!

 私だって、いっしょにねちゃってたんだから!」

「あーもう……こんな冒険ぼうけんになんか、来るんじゃなかったよっ!」

「なんですってー?! あんたが勝手について来たんでしょ!

 そもそも、私は、奏也と二人きりで……」


 最初は、ぼうぜんとしていた奏也だったが、目の前で、紫と晃牙が言い争っている姿を見ているうちに、だんだんと腹の底が冷えていくのがわかった。

 すぅーっと息を吸いこんで、腹の底にぐっと力を入れる。


「うわぁあーーーーー!!!」


 とつぜん、大声をあげた奏也におどろき、紫と晃牙が、思わずぴたっとケンカをやめた。

 そのまま奏也は、さけびながら海の方へと走って行く。現実を受け止めきれずに、おかしくなってしまったのだろうか。

 奏也と晃牙の二人が心配して見守る中、奏也は、服を着たまま、ざぶざぶと海の中へ入り、どぷんと頭から海にもぐった。


「きゃー! 奏也ー?!」


 目の前で海の中へ消えていった奏也を目にして、紫がさけんだ。奏也がおぼれたと思ったのだ。


「何やってんだよ、奏也!」


 紫と晃牙が、あわてて奏也を助けようと、海へとびこんだ。

 海の水は、冷たくて、二人の火照ほてったはだに気持ちが良かった。

 二人が奏也を探していると、海の中からひょっこり奏也が顔を出した。

 ほっとした表情をする二人に向かって、奏也がニコッと悪意のない笑顔を向ける。


「やべーっ! この海、しょっぱい! 本物だぞ!!」

「……なんだよ、びっくりさせるなよ。おぼれたのかと思ったぞ」

「そんなことを確かめるために、海へとびこんだの?」


 晃牙と紫が口々に奏也を責める。

 しかし、奏也は、そんな二人に向かって、ばちゃばちゃと海水をかけ始めた。


「きゃー! やめてよ、奏也っ!」

「うわっ、何すんだよ、このっ!」


 頭からずぶぬれになった二人を見て、奏也がおかしそうに笑う。

 紫と晃牙は、それを見て、なんだかくやしくなった。


「お前なぁ、かくごしろよっ!」

「お返しよっ!」


 そう言って、晃牙と紫が、奏也へ向かって海水をかける。

 奏也も頭から海水をあびながら、再び二人に向かって海水をかけた。

 海の水は、冷たくて、しょっぱくて、真夏の太陽の光をびて、光っていた。気が付くと、三人ともびしょぬれで、おなかの底から笑っていた。

 ひとしきり海水をかけ合い、息をつく二人を見て、奏也が満足そうに言う。


「三人いっしょだと楽しいなっ!!」


 その言葉に、晃牙と紫がはっとした表情で息を飲む。

 二人とも、ついさっきまでいがみ合っていた気分は、海水と共に流れて消えてしまったようだ。


「だれのせいか、そうじゃないか、なんて、どーでもいいことだろっ。

 そんなことよりも、今は、これからどうするか、が大事なんじゃないのか?」

「……そうね、奏也の言う通りだわ」

「奏也のくせに……なんかむかつく」

「よく考えてみろよ。こんなチャンス、二度とないぜ。

 無人島でそうなんした小学生が、オレたちの他にいるか?

 本当の冒険ぼうけんができるんだぞ。なぁ、わくわくしてこないか?」


 晃牙と紫は、たがいの顔を見合わせた。奏也にそう言われてみると、なんだかそんな気がしてくる。


「それに、オレたちは、仲間だろっ。ケンカするより、一緒に楽しく冒険ぼうけんしようぜ!」

「奏也……」


 紫が感心した声で、奏也を見つめる。

 晃牙も、奏也の言葉で、少し落ち着きをとりもどしたようだ。


「大丈夫。なんとかなるよ! オレたち三人なら。だって、一人じゃないんだからな!」


 奏也の言葉に、紫と晃牙は、強く勇気づけられたようだった。


「そう……だな。ここで、こうしていても仕方ないか……」

「そうね。まずは、できることから考えましょう」


 三人は、海から上がって、これからどうするかを話し合った。


「まずは、ここがどこだか分かればいいのだけど……」

「……あ、それなら分かるかも」


 紫の言葉を受けて、晃牙がスマホを取り出した。


「どうするの?」

「スマホのGPS機能を使うんだ」

「え。でも、ネットは使えないんだろう?」


 奏也が、さっき聞いた晃牙の言葉を思い出してたずねた。スマホを持っていないので、その仕組みは分からないが、ネットなら、学校のパソコン授業で習って知っている。


「GPSは、インターネットにつながなくても使えるんだ。人工衛星じんこうえいせいからの電波を受信して、その情報を元に計算しているんだ。

 ただ、屋内おくないとか、どうくつとか……衛星えいせいからの電波を受信できない場所なんかじゃ使えないけど……」


 晃牙が、説明をしながらスマホの画面を指で操作そうさしていく。


「晃牙、よくそんなこと知ってるなぁ。それも学校の授業で習ったのか?」

「これは、ネット動画で見たんだ。

 ……あっ、わかったぞ! ここの座標ざひょうが!」

「え、どこなんだ?」

「……え。待てよ、ここって……」


 スマホの画面を見ている晃牙が、むずかしい顔をする。


「なんだよ、もったいぶらないで教えろよ」

「柏崎、あの地図まだ持っているか?」

「え……あぁ、うん。

 確か、さっきリュックサックの中に…………ほら、あったわ。これよ」


 紫が地図を取り出して、晃牙に見せた。

 晃牙は、地図に書かれている何かとスマホの画面を見比べて、うなずく。


「……やっぱり」

「だから、何がやっぱりなんだよ」


 奏也がいらだった様子でたずねた。

 晃牙がスマホから顔をあげる。


「この地図に書いてある座標と、スマホのGPSが指している座標が同じなんだ。

 つまり……オレたちは、今、この地図にかかれてる島にいるってことになる」

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