第三話 船出と、そう難(なん)
青い空の下、真っ白な大型クルーザーが
「おえぇ~……」
奏也は、船の上で、かん
これが、〝
「こまったわね。お薬を飲んでも、はいてしまうし……奏也、大丈夫?」
紫が心配そうに、奏也の背中をさする。紫は、動きやすいショートパンツスタイルに着がえていた。上は、白いえり付きの半そでセーラーに、UVカット用にうす手のパーカーを
奏也は、青白くガイコツのようになった顔を紫に向けた。船出したところまでは順調だったのだが、
「……あと、どれくらいで着くんだ?」
奏也に聞かれて、紫が、
「
「はい。紫おじょう様。目的の島までは、あと三時間ほどでとう着する予定です」
杠が、
「……だ、そうよ」
「あと三時間~? マジむり……」
それを聞いた奏也は、たましいの抜けたような顔で、その場にしゃがみこんだ。
晃牙があきれてため息をつく。
「おい、奏也。船よいくらいで情けないな。そんなのでよく海ぞくになろうなんて言えたよな」
奏也が、うらめしそうな目で晃牙を見る。
「あのな、海ぞくが船の上で酔わないのはな、いつも酒を飲んでて、よっぱらってるからなんだよ」
「あー奏也は、酒を飲んでも、よってはいてそうだよな~」
「うるせぇ~……」
晃牙にからかわれて、奏也が言い返すも、その声は弱々しい。
「どうしてお前らは、平気なんだよ~……」
「あーオレ、乗り物よいしないんだよな。それに、この船でかいから、そこまで気にならないぜ」
「そうね。私もあんまり……それに、小さいころから何度も乗っていて、慣れているのかもしれないわ」
「ってか、お前がはしゃいで、かん
奏也は、くやしくなって、晃牙の言葉を無視した。そのまま海の水面に目を向ける。すると、波間に、何かが光っているのを見つけた。
「……あれ? なんか今、水面が光らなかったか?」
「太陽の光が水面に
晃牙が興味のなさそうな声で答えた。
「ちげぇよ。ほら、見ろよ。あれ」
奏也が指さす方を、晃牙と紫が目で追う。
「……うん? なんだ、あれ」
海の白い波間から、キラキラ光る小さな宝石のようなものがたくさん浮いている。
「ああ。あれは、トビウオよ」
紫が何でもないことのように答えた。何度も船に乗っているので、知っているのだろう。
大量のトビウオたちが海面上をとびながら泳いでいるので、そのウロコが太陽の光を反射し、光って見えるのだ。
「うわぁー、ダイヤモンドが光っているみたいだな!」
奏也が目をかがやかせながら言った。
「イルカが見れることもあるわよ。私は、何度か見たことがあるわ」
「えっ、本当か?! すげぇ、オレ、イルカ見たい! 探そうぜ!!」
奏也の言葉で、しばらく三人は、海の波間にイルカの姿が見えないか探す遊びに熱中した。海は、キラキラとかがやいていて、三人の笑顔もかがやいている。
いつの間にか奏也は、すっかり船よいのことを忘れてしまっていた。
「夕食のご用意が
みなさま、
空に青と赤がにじんで紫色に見えるころ、杠が三人を呼びにかん
その時になって初めて三人は、自分たちがお腹をすかせていることに気が付いた。
「うめぇー! これ、杠が一人で作ったのか?」
奏也は、スープを一口食べて、さけんだ。
エビや貝などの海の
テーブルの上には、他にも、白身魚のアクアパッツァや、ぶた肉のスペアリブ、サーモンのカルパッチョ、ピザ、サラダなどが用意されている。
三人では食べきれない量だ。
「杠は、なんでもできるのよ」
杠の代わりに、紫が鼻を高くして答えた。自分をほめられたかのようにほこらしそうだ。
この船の
「なぁ、そういえば、今オレたちって、どこに向かって進んでるんだ?
島がある場所って、知ってるのか?」
スペアリブを食べ終わった晃牙がたずねた。
それを聞いた紫が、杠から地図を受け取り、テーブルの空いたスペースに広げて見せる。
「ここに小さく数字が書いてあるでしょう。これがい
紫が、地図の右上あたりを指して言った。そこには、数字とアルファベットが横一列に
「……ああ。〝N〟が
「井戸? ケイドロ? お前ら、なんでそんなことが分かるんだ?!
オレは、何かの暗号かと思ったぜ……」
紫は、そんな奏也の反応を予測していたかのように、ていねいに説明を始めた。
「い
い
……って、私の言ってること、ちゃんと伝わっているかしら?」
話しながら奏也の顔を見た紫が、心配になってたずねた。
奏也は、きっぱりした声で言う。
「さっぱりわからん」
見かねた晃牙が、助け船を出す。
「ほら、
真ん中の
「あー……それなら、なんとなくイメージできる気がする」
「英語で北は、〝North〟だろう。その頭文字をとって〝N〟。
東は、英語で〝East〟だから、その頭文字をとって〝E〟だ。
でも、地図の読み方は、社会の授業で習ったはずだけどな。
お前こそ、なんで知らないんだよ」
晃牙があきれた口調で、奏也にたずねた。
奏也は、さっと目をそらす。
「え、そうだっけ? ……あっ、でも、このマークなら、オレにも分かるぞ。この時計の矢印みたいなのが北を
奏也が、地図の右上にかかれている方位マークを指さして、うれしそうに言った。
「まぁ、そうだな。……小学三年生で習うけどな」
晃牙は、最後の方を、ぼそっと奏也に聞かれないような小声で言った。
たくさん食べて、お腹がいっぱいになったからだろうか。
三人は、急にねむくなってきた。
「ふわぁ……あれ、なんだろう……なんか急にねむく……」
奏也が大きなあくびをした。そのままテーブルに顔をふせて、ねむってしまう。
つられるように、晃牙と紫も、イスに
「……ふぅ。ようやく薬が効いたか。これだから子供は……全く、手をやかせてくれる」
子供たちのね息だけが聞こえる静かな部屋で、杠がつぶやいた。
それに答える声はない。
「まずは、計画どおり……か」
杠の目があやしく光った。
☆ ☆ ☆
奏也は、波の音と、目をさすように熱い光をまぶたの上に感じて、目を覚ました。
青い空。白い砂はま。どこまでも続く、広い海。
見たことのない景色が、奏也の目の前にある。
「え……なんだよ、ここ……どこだ?」
奏也は、手のひらに感じる砂の熱をにぎりしめた。どうやら夢ではないらしい。
その時、海の方を向いて立っていた晃牙と紫がふり向いた。
「あっ、奏也! よかった、目が覚めたのね!」
紫が、笑顔で奏也に向かって走り寄る。
見知った二人の顔を見て、奏也は、少しほっとした。
「あれ、オレたち……たしか、船にいなかったっけ?」
奏也は、何が起きたのか分からず、きょろきょろと周りを見回した。
しかし、船の姿は見えない。
「……どうやら、どっかの島にいるみたいだな。オレたち」
晃牙が、奏也の後ろに目を向けて言った。
「島ぁ?!」
奏也があわてて後ろをふり向く。そこには、こんもりと山のようにしげった林が見えた。ぐるりと頭を回して辺りを見る。
林は、少し行った先でなくなっており、周りを海に囲まれているのが分かった。
「え? え? え? オレたち……もしかして……」
周りを海に囲まれた島にいて、船はない。つまり……
「そう
晃牙が、まじめな顔をして言った。
「うっ、うそだろーーー?!」
ざざぁーん……
奏也のさけび声は、波の音に消えていった。
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