第二話 宝の地図

 紫の家は、奏也の家から歩いて十五分ほど行ったところにある。

 大きな白い門の前で、奏也は、インターホンを鳴らした。

 すると、門柱の上部についているカメラが動いて、インターホンから女の人の声が聞こえてくる。


『……奏也さまですね。どうぞ、そのまま中へお入りください』


 奏也と晃牙の目の前で、門が内側に向かって開いていく。

 ここへ初めて来た晃牙は、口をあんぐり開けて、それを見ていた。


「ひゃー、柏崎って、まじでお金持ちのおじょう様なんだな~」


 中は、長いアプローチが続いていて、その先に、紫の住んでいる家が見える。

 四階建ての白いかべに、大きなガラスまどがたくさんはめこまれ、陽の光を反射して、光っている。見るからにお金持ちの家だと分かる、その〝お屋しき〟の中から、青色のワンピースを着た柏崎かしわざき ゆかり姿すがたあらわした。


「あら、奏也。どうしたの? 奏也がここへ来てくれるなんて、めずらしいわね」


 つん、と鼻先をあげて、すました顔で紫が言った。そのほほは、少し赤い。


「……って、なんで、あなたまでいるのかしら」


 紫は、奏也の後ろに、晃牙がいるのを見つけて、イヤそうな顔をした。


「紫、オノをしてくれ」


 奏也が、あいさつもせずに話を切り出した。


「オノ? どうしてオノ?」

「船を作るんだ」

「話がさっぱり見えないわ」

「だから、船を作って、海ぞくになるんだよ、オレは!」

「一体どういうことなのっ?!」


 紫が、晃牙をめるような目でにらみつけた。晃牙が奏也に何かをふきこんだと思ったのだ。

 あわてて、晃牙が両手を上げる。


「オレのせいじゃないぞっ」


 とりあえず落ち着いて話をするために、三人は、家の中に入った。

 紫に案内された広い応接間おうせつまで、ふかふかのソファにすわる。

 すると、黒いスーツを着た女の人が、ジュースとケーキを持って現れた。黒いかみをあごの下でキレイに切りそろえて、キリリとした目元が印象的いんしょうてきだ。


「おっ、オレの好きなチョコレートケーキだ! いっただっきまーす♪」


 奏也が、テーブルに置かれたチョコレートケーキへと手をのばす。

 となりに座っていた晃牙は、ケーキを見て、まゆをしかめた。


「……オレ、甘いのはあんまり好きじゃないんだよなぁ。柏崎んちって、ポテチとかねぇの?」

「あなたねぇ……〝遠慮えんりょ〟って言葉を辞書じしょで引いてごらんなさい」

遠慮えんりょしておくよ」


 紫のイヤに、晃牙は、すずしい顔で返した。

 晃牙と紫の間に、見えない火花がる。

 それでも、紫は、〝できない〟とは言いたくなかったようで、それ以上は言い返さなかった。


「……ゆずりは


  紫の呼びかけに、部屋のすみで背筋せすじをのばして立っていた黒いスーツ姿の女の人が、ていねいにおじぎをする。


「はい、おじょう様。十分ほど、お時間をください」

 

 その女性は、さっと音も立てずに部屋を出て行った。


「今の、だれ?」


 晃牙は、女性が出て行ったドアを見ながら紫にたずねた。


「私のボディガードの久家くげ ゆずりはよ。ボディガードの仕事以外にも、色々と身の回りのことをやってくれているの」


 紫は、何でもないことのように話したが、それを聞いた晃牙は、ますます紫のおじょう様っぷりに感心するのだった。


 それから十分後、ゆずりはは、できたてのポテトチップスを手に戻って来た。

 晃牙は、目の前に差し出されたポテトチップスを一枚つまんで口に入れる。厚みも塩加減も絶みょうで、スーパーで買うものよりも数倍おいしく感じた。

 ゆずりはが戻ってくるまでの間に、晃牙と奏也から、これまでのいきさつを聞いた紫は、うなずいた。 


「……なるほどね。ようは、家出をしたから、生活基盤きばんが必要というわけね。でも、だからって、どうして海ぞくなの?」


 紫の質問に、奏也は、きょとんとした顔で答える。


「だって、海賊ぞくだぞ? なんかカッコイイじゃんか!」

「どうせマンガかアニメで見たんだろ」


 晃牙が、ポテトチップスをつまみながら言った。

 その様子を紫があきれた目で見る。


「あなた、それを知っていたなら、止めなさいよ」

「だって、なんか面白そうじゃんか」


 にやっと笑って、晃牙が言った。


「ってか、海ぞくなんてめんどうなことしなくても、柏崎の家に住めばいいじゃん。

 こんだけ広い家なんだし、奏也一人くらい増えても平気だろ」


 晃牙は、さも当然だろうというふうに言った。

 しかし、それを聞いた紫の顔が、みるみる真っ赤にそまっていく。

 

「なっ、ななななな・なんてフシダラな! 許嫁いいなずけとは言え、まだ結婚けっこんもしていない男女だんじょが一つ屋根の下で生活を共にするなんて……そんなことっ、不潔ふけつですわっ!」


 紫は、耳まで真っ赤にして、おこった。

 奏也が、むっとした表情をする。


「なんだよ、オレは、ちゃんとフロに入ってるぞ」


 晃牙があきれた顔で、奏也を見る。


「……いや、そういう意味の〝フケツ〟じゃないと思うぞ」


 紫は、ティーカップから紅茶を飲んで、気持ちを落ち着かせた。


「……あ、そうだわ。ちょうど良かった。実は私、奏也に見せたいものがあったの」


 そう言うと、再び、どこからともなくゆずりはが現れて、持っていた木箱を紫にわたした。


「おじいさまのくらを整理していたら、見つけたのよ。これが何だかわかる?」


 紫が木箱を開けて、中から一枚の丸まった紙を取り出す。広げると、紙には、地図のような絵がかかれている。周りを海に囲まれた島の地図だのようだ。


「もしかして……宝の地図?!」


 その絵を見た奏也が、興奮こうふんした声で言った。

 ふふふ、と紫が得意げに笑う。


「あとで、見せに行こうとしていたのよ。奏也、こういうの好きなんじゃないかと思って」


 奏也と紫の二人だけで話が進んでいくのを見て、あわてて晃牙が口をはさむ。


「ちょっと待てよ、どうしてこれが宝の地図だって思うんだ?

 ただのどっかの島の地図なんじゃないのか?」


 晃牙が、うたがうような目で地図を見る。急に宝の地図だと言われても、信じられないようだ。


「よく見てみろよ。ここ、バツ印が書いてあるだろ。ここに宝があるって意味だ」


 地図のちょうど真ん中あたりに、黒いバツ印があるのを指さして、奏也が答えた。


「う~ん……確かに、バツ印が書いてあるけど、だからって宝の地図とは言えないんじゃないか?」


 晃牙は、首をひねって言った。

 奏也が口をとがらせる。


「じゃあ、これは一体、何のためのバツ印だって言うんだよ?

 ゲームのマップでも、ゴールには、こんなふうにバツ印が書いてあるだろう。

 地図にバツ印ときたら、これはもう絶対に宝があるに違いない!」

「そもそも柏崎のじいさんは、どうしてこの地図を持ってたんだ?」


 晃牙が紫に向かってたずねた。


「えっ……どうしてって……」


 急に聞かれた紫がとまどっていると、奏也が口をはさむ。


「宝の地図だからだろう?!」


 奏也の目が、キラキラとかがやいて紫を見ている。


「……そ、そうよ。これが、宝の地図だからよっ」


 紫がきっぱりと答えるのを聞いて、奏也は、ぱっと笑顔を見せた。


「ほらなっ、やっぱり! これが宝の地図かぁ……オレ、初めて見たよ。

 宝を見つけたら、一生、好きなことをして生きていけるな?!」

「宝があれば、な」


 晃牙は、冷めた口調で答える。まだ、宝の地図かどうか、うたがっているようだ。


「もう勉強もしなくていいんだ! ゲームだって、やりたい放題だぜ! サイコーじゃんか!!」


 興奮こうふんして語る奏也の言葉を聞いているうちに、晃牙も、それが一番いいことのように思えてきた。


「それ、いいな。よし、オレも乗った!

 ……でも、どうやって行くんだ? その島、周りは海だろう?」

「あっ、そうか! 島に行くには、船がいるもんな。

 紫、やっぱりオレに、オノを貸してくれっ!」


 真剣な顔で言う奏也に、紫が首を横にふる。


「オノなんか必要ないわよ。船を一から作っていたら、夏休みが終わっちゃうわ。

 船なら、うちの船を使って行きましょう」

「船、持ってるのか……」


 晃牙が、感心したように紫を見てつぶやく。

 紫は、得意そうに胸を張った。


「よーっし、オレたち三人で、宝探しの冒険に出発だーっ!!」


 こうして、ソーヤの大冒険が幕を開けたのだった。

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