【第二章】無人島でサバイバル?!

第一話 ソーヤ、家出する。

 青い空。白いすなはま。どこまでも続く、広い海。

 見たことのない景色けしきが、奏也の目の前にある。


「え……なんだよ、ここ……どこだ?」


 奏也は、手のひらに感じる砂の熱をにぎりしめた。どうやら夢ではないらしい。

 海の方を向いて立っていた晃牙が、奏也に気付いてふり向く。


「どうやらオレたち、そうなんしたみたいだな」


 晃牙が、まじめな顔をして言った。


「うっ、うそだろーーー?!」


 ざざぁーん……


 奏也のさけび声は、波の音に消えていった。



  ☆  ☆  ☆



 それは、紫の一言からはじまった。


「ねぇ、奏也。夏休みに、どこかへ行く予定はあるの?」


 五年三組の教室で、柏崎かしわざき ゆかりは、自分がクラスの注目を集めていることを気にもせず、奏也に話しかけた。

 一組である紫が三組にいることを、級友きゅうゆうたちは、気にしつつも、声をかけられないでいる。それだけのオーラが紫には、あった。

 聞かれた奏也は、とくに気にするふうでもなく、答える。


「うーん……とくにないかなぁ。親は、どっちも仕事だって言うし、じいちゃんばあちゃんちは、すぐ近所だから歩いて行けるし。

 なんかこう……キャンプとか海とか、胸がわくわくするような冒険ぼうけんがしたいよなー!」


 目をかがやかせて言う奏也を見て、紫がぱっと表情を明るくする。


「そ、そう。じゃあ、私と……」

「よっ、トムソーヤ! 今度は、どんな冒険ぼうけんをするんだ?

 どうくつか? 無人島か? ひまなやつはいいよなー」


 紫が何かを言いかけたところに、他のクラスメイトが口がはさんだ。奏也をからかうような目つきで、にやにや笑っている。

 しかし、奏也は、あっけらかんとした顔で笑った。


「無人島もいいなぁ~! オレ、あの番組好きなんだよな。えーっと……なんて言ったっけ? 無人島に行って、一からサバ……サバ……」


 言葉をつまらせる奏也を、からかったクラスメイトが、いぶかしげな目で見る。


「……あっ、サバかん!」

「サバイバルだろっ!」


 思わずツッコみを入れたクラスメイトは、いつの間にか、奏也のペースにのまれて笑っていた。


「そうそう! 『無人島サバイバル』って番組だ!

 海でして、無人島に着くんだ。自分たちで魚をとったり、火をおこしたり……あれ、かっこいいよなー。男のだな!」

「〝マロン〟じゃなくて〝ロマン〟じゃね?」


 その後、テレビの話題で盛り上がる二人を、紫がこわい顔でにらんでいた。



  ☆  ☆  ☆



 数日後、終業式が終わり、小学生たちは、明日から楽しい夏休みが始まる。

 しかし、奏也は、うかない顔で、ひとり家へと向かって歩いていた。


(これはまずい。マジで、まずい)


 今日、学校で配られた通知表のことだ。五年生になってから、がくっと学校の授業じゅぎょうがむずかしくなり、奏也は、勉強についていけていない。

 一学期の成績せいせきが悪かったら、夏休みにじゅくへ行かせるからね、と母親に言われていた。このまま家に帰って、通知表を母親に見られたら、楽しみにしていた夏休みをじゅくごすことになってしまう。


「あーっ! 夏休みに勉強なんか、したくないーっ!

 そんなのごくだーーーっ!!」


 奏也は、頭をかかえてさけんだ。家に帰りたくない。

 だが、いつまでも帰らないでいるわけにもいかない。


(こういう時、母親が家で仕事をしてるって、そんだよなー……。

 うちの母さんも、たまには会社へ行けばいいのに……)


 そんなことを考えているうちに、家の前まで着いてしまった。仕方がないので、こっそり音を立てないようドアを開けて、中へ入る。


「おかえり、奏也。通知表、もらって来たんでしょ? 見せなさい」


 ぎくっ!


 ドアを閉めた奏也が後をふり返ると、そこには、いつも以上に笑顔の母親が立っていた。なぜ、気付かれたのだろうか。


「えっと、あの……そのぉ~……」


 奏也は、しぶしぶランドセルの中から通知表を取り出して、母親にわたした。 

 受け取った通知表を見た母親の顔が、みるみるオニのように変わっていく。


「……なっ、何よ。この成績せいせきはっ?!

 体育と図工以外、全部〝もう少し〟じゃないのっ!」


 通知表は、各教科ごとに、〝よくできる〟〝できる〟〝もう少し〟の三段階で評価される。


「えっ、ちゃんとよく見てよ! 家庭科は、〝できる〟だよ!」


 奏也が、おこって言い返した。

 それでも、母親の表情ひょうじょうは、変わらない。


「お母さんとの約束やくそく、覚えているわよね?

 一学期の成績せいせきが悪かったら、じゅくへ行くって」


「うっ……わかったよ、じゅくに行けばいいんだろっ。オレだって、男だ。約束は、守るっ。……へんっ、じゅくくらい何だい。行ってやらぁ」


 奏也は、腹をくくって言った。

 しかし、そこへ母親が追い打ちをかける。


「それから、しばらくの間、ゲームは禁止きんしですからね!」

「ええーっ?! なんでだよ、そんな約束してないよっ!」

「ゲームばっかりしてるから、こんな成績をとるのよ!

 二学期の成績せいせきが上がったら、考えてあげるわ」

「それじゃあ、冬休みまでゲームできないってことじゃん!

 そんなのイヤだよ! 聞いてない! だっ!!」

「……なによそれ。〝寝耳ねみみに水〟って言いたいのかしら……この子は……」


 はぁ、と母親は、あきれてため息をつく。


「そんなんじゃ、中学生になれないわよ。まったく、遊ぶことばっかり考えてるんだから。宿題もしないで、マンガやアニメばっかり見て。授業だって、ちゃんと聞いているのかしら……」


 母親の小言を聞いているうちに、奏也の目になみだがこみあげてくる。のどのおくに、ぐっとつまった何かを、無理やり言葉といっしょにはきだす。


「オレだって、がんばってるんだ! ……もう、いいよっ! 母さんなんて、大キライだ!! こんな家、出てってやるっ!!」

「あっ、待ちなさい! 奏也!」


 奏也は、ランドセルを置いたまま、家を飛び出した。

 走って走って、かどを曲がったところで、奏也は、だれかとぶつかった。


「わっ!」「おっと」


 奏也が顔を上げて見ると、そこにいたのは、白山しろやま 晃牙こうがだった。


「なんだよ、あぶないな」


 晃牙は、めいわくそうにまゆをしかめて言った。


「……お前こそ、前見て歩けよな!」


 奏也がどなり返した。

 晃牙は、ぶつかった相手が奏也だと気付くと、目を丸くしておどろいた。いつもの奏也なら、へへっと笑ってすますのに、奏也らしくない、と思ったのだ。


「奏也じゃん、何おこってるんだ? 前見て歩いてなかったのは、お前のほうだぞ」

「うるせぇやい!」

「……なんだ、奏也。もしかして、泣いてるのか?」


 晃牙は、奏也の顔をのぞきこんで聞いた。


「泣いてなんか、ないやいっ!」


 奏也は、ごしごしとうでで目をこすり、赤い目で晃牙を見返した。


「一体、何があったんだ?」


 奏也は、家であったことを晃牙に話して聞かせた。


「……だからオレ、家出してきたんだ」

「家出?」

「もう家には帰らない。あそこにオレの居場所いばしょはないんだ」

「おおげさだなぁ。しかってくれるだけ、ありがたいと思うけどな。

 オレの親は、オレの通知表なんて、見たことないぞ」


 晃牙は、ふんっ、とつまらなさそうに鼻をならした。


「オレは、晃牙の親がうらやましいよ。なんて言われようが、オレは、絶対に帰らないからな!」

「帰らないって言ったって、お前これからどうするつもりだよ」

「そうだな……そうだ。海ぞくになろう! 悪いヤツらから金をうばって、自由にくらすんだ!」

「悪いヤツらって、だれだよ。海ぞくってのは、悪いヤツらのことを言うんだぞ。

 それに、海ぞくになんて、なれるわけがないだろ。船を持ってない海ぞくなんて、いるもんか」


 晃牙の少しずれたツッコミに、奏也が、うーん、とうなる。


「そういや、そうだな。海ぞくになるには、船がいるな。

 うーん……船って、どこで買えるんだ? それに、買うならやっぱり、お金がないとダメだよなー」

柏崎かしわざきのとこに行けよ、お前の許嫁いいなずけなんだろ?」


 晃牙は、奏也をからかうつもりで、にやりと笑いながら言った。

 柏崎 ゆかりが奏也の許嫁いいなずけを名乗っていることは、同級生の間でも有名な話だ。何せ、紫本人が言いふらしているのだ。


「え……紫のところに? うーん……でもなぁ……女にたよるのは、男じゃないだろう。……そうだ、自分で作れば良いんだ!」

「え、船を? どうやって?」

「その辺に生えてる木を切って作ればいいだろ。……あ、でも、オノがいるな。

 そうだ。紫のとこに行って、オノを借りてこよう」

「おいおい。女にたよるのは、男じゃないんじゃなかったのか?」

「借りて返すから、いいんだよ」


 そう言って、奏也は、紫の家へ歩いて向かおうとする。


「なんだよ、お前もついてくるのか?」


 奏也の後を、晃牙がついて来るのを見て、奏也がたずねた。

 晃牙の顔は、ニヤニヤして、うれしそうだ。


「ああ。なんか面白そうだし」


 こうして二人は、紫の家に向かった。

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